河田英正の主張

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2001/07/03 私たちの“プロジェクトX

(この文は中島みゆきの「地上の星」のメロディを口ずさみながら読んでください)

20001年6月29日,東京霞ヶ関の法曹会館で,山口(東京弁護士会)中村(新潟弁護士会)大神(福岡県弁護士会)平田(同)河田(岡山弁護士会)は,郷路(札幌弁護士会)の到着をいまかいまかと待ちわびていた。郷路は,事務所から千歳空港までタクシーを飛ばし,空路東京へと向かった。午後6時40分ごろ,その日言い渡されたばかりの521ページにもわたる判決書を手にし,満面に笑みを浮かべて力強くドアを開けた。一斉に,そこにいた男たちから「おめでとう! 」の声があがった。前日まで,敗訴を覚悟していた郷路の生き様をかけた元祖「青春を返せ裁判」の1審勝訴判決だったのである。

郷路は,霊感商法の被害回復を最大のテーマに集まった全国霊感商法対策弁護団(山口が事務局長)の会議において「物を売るのでさえ,訪問販売法によって規制されて,虚偽の事実を告げてはならないとなっている。人の心を売るのに嘘が許されて良いわけがない。統一協会の伝道,教化活動の実態はこうした法制度からみても違法である」と主張した。河田は,訪問販売法と対比させる郷路の例えに違和感を覚えながらもどこか共鳴するところを感じていた。藤森(静岡弁護士会)は霊感商法の被害回復だけでなく,被害の再生産を防ぐ統一協会の活動の違法性を問う裁判こそ必要であると元信者の統一協会を相手方とする裁判を提起した。まだマインドコントロールという言葉は一般化されてなく,「洗脳」という言葉がつかわれた。藤森はこの裁判を「青春を返せ裁判」となずけた。岡山で脱会したAはまだ脱会できないでいる人たちのために統一協会の責任を明らかにしたいという強い責任と義務を感じていた。こうして,札幌,静岡,岡山で統一協会の伝道・教化活動のありかたそのものを問う「青春を返せ裁判」が始まった。岡山での提訴は1989年秋であった。郷路の提訴は1987年のことであった。その後,同種の裁判が新潟,神戸,東京で提起された。こうして,カルトの違法性を司法の場において明確にさせる壮大な男たちの闘いが始まった。

この闘いのなかで,「マインドコントロールの恐怖」が出版された。社会心理学者西田公昭の学会で高く評価される研究論文が発表された。マインドコントロールの言葉が日常用語して使用される状況が生まれた。郷路の統一協会の勧誘・教化を心理学的に分析する貴重な出版もなされた。棚村の法律学の新しい分野での先駆的な研究が波紋を呼んだ。日弁連の反社会的宗教活動の判断基準の公表がなされた。浅見定雄の冷静な研究成果は我々を勇気づけた。これらは,宗教界に問題提起する内容であった。欧米・ヨーロッパ調査も実施され,そのなかから,カルト問題に取り組む国際的なネットワークもできてきた。多くの弁護士が,統一協会の実態を明らかにするために資料の熟読・分析の困難な作業に関わった。宗教学会,心理学会,法律関連学会にも大きな影響を及ぼした。しかし,この闘いはきびしいものであった。岡山においては裁判官から「こんなものが裁判になりますか」などといわれ,十分な審理を拒否されるようなできごとがあった。静岡地裁での和解,名古屋地裁での敗訴判決,岡山地裁での敗訴判決が続き,献金問題などでは,次々と勝訴を重ねているなかで重苦しい雰囲気が漂った。

2000年9月17日この閉塞感をうち破る広島高裁岡山支部の逆転勝訴判決がなされた。慰謝料を請求の全額を認め,勧誘と教化の違法性を認めた日本で初めていや世界で最初ともいうべき画期的な判決であった。河田はうれしいというより,ほっとした感覚をもった。敗訴判決となった場合の逆作用の重大性を考えていたからであった。しかし,最高裁で確定したこの勝訴判決の意義は大きかった。新しい司法における指針を手に入れたからであった。この苦しい闘いを,楽しかるべき人生の貴重な時期に希望を棄てないで貫き通した原告の強い意思があったことも忘れてはならない。この判決の後に今回の札幌判決が勝訴となった。流れはできてきた。新潟,神戸,東京の判決もこの流れを汲むものとなって欲しい。

6月29日の郷路の報告を待っていたなかに宗教学者もいた。宗教的人格権についてひとしきり議論をした。判決のあったことをしらないまま民法の学者も途中からその場に参加した。その日,喜びで張りのある声で判決に至る経過を報告する郷路の目も潤んできていた。大神は興奮してその夜眠れなかったという。河田は,何度も判決の概要を読み返し,岡山判決をさらに発展させている判決論理を確認し,岡山判決の意義の大きさを改めて心に刻んだ。日本においてカルトの被害がなくなるよう,そのために宗教的人格権が認められるような権利関係が確立されるよう今後の青春を返せ裁判に勝訴していくこと,新たな法制度の実現など,私たちの プロジェクトX≠ヘまだ続く。

追伸 岡山においてこの闘いに参加し,支えてくださった全ての方とともに,意義ある岡山判決を喜び,さらなる闘いの力としていきたいものである。


河田英正の主張

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