今日は朝、自宅2階のベランダに出てみると、白の百日紅が満開でした。空には、雲の切れ目に鰯雲が見えていました。古今集の藤原敏行の「秋来ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる」や長塚節の「馬追虫の ひげのそよろに 来る秋は まなこを閉じて 思い見るべし」を思い出しました。
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ベランダからの白百日紅 |
10時前に妻と共に、ご近所の黒田雅代さんをお参りしました。若過ぎるご逝去は、やはり辛いものです。その後、岡山県3区の初盆まわりに出掛け、渋滞に巻き込まれながら、まず12時20分ころ、岡山県の北東隅に当たる美作市大内谷の織田忠宜さんのお宅に伺い、奥さんのご母堂、阿部すみえさんをお参りしました。先月半ばには従兄の阿部雲魚さんも103歳で亡くなられたそうです。合掌。
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初盆まわり - 黒田雅ちゃん |
13時前に、奈義町の那岐山麓「山の駅」で昼食を試みたのですが、長蛇の列で断念。若い親子連れが何組も、手掴みであまごを捕っていました。13時半過ぎにやっと津山市の「むぎわらぼうし」でピラフの昼食にありつきました。
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あまごの手掴み |
むぎわらぼうし |
14畤半前に、長森勇さんをお参りしました。長く機関車を動かして労働運動にも参加され、米寿を祝って逝かれました。ご親族が集まって、賑やかに故人を偲んでいました。14時40分に、小川温さんをお参りしました。教職を退かれて30年近くになり、その後も大学で教え、享年90歳で逝かれました。ご親族がお集まりで、賑やかでした。
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同 - 長森さん |
同 - 小川さん |
そこから久米郡美咲町に入り、15時に、楢本美知子さんをお参りしました。ちょうどご主人が帰ってこられたところで、お話ができました。ご主人のお姉さんが、私たちの中学時代の恩師で一昨年他界された越海義孝先生の奥さんだそうです。15時15分ころ、久米郡美咲町の清水一郎さんを、同半ころ、同町の正親辨さんを、それぞれお参りしました。清水さんは河原太郎さんとご親族で、昭文さんを懐かしんでおられました。 正親さんは集まりにもよく出てきてくれ、最晩年にはソーラー発電に取り組まれました。16時前に、山田克己さんをお参りしました。神道なので、初盆ではありませんでした。
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同 - 楢本さん |
16時過ぎに、トイレ休憩に寄った道の駅「久米の里」に巨大なガンダムがありました。明日から2日間、コックピットに乗る特別試乗会が行われます。さらに真庭市に入り、16畤40分に藤木寛さんを、同45分に池田武明さんを、それぞれお参りしました。藤木さんは久世町長をされ、池田さんは教職員運動で奮闘され、お世話になりました。
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道の駅のガンダム |
17時から3時間、真庭市勝山の西蔵で、「文豪なべ『すき焼き』を囲む会」という企画に、妻と共に参加しました。まず1時間弱、山口二郎さんの「永井荷風『断腸亭日乗』を語る」という講演を聞きました。70年前の今日、つまり戦争終結の前日、この地に疎開していた谷崎潤一郎を永井が訪ねて、津山の山本精肉店が調達した牛肉ですき焼きを食べたことから、当時を追体験しながら戦争と歴史を考えようと、「戦争をさせない1000人委員会まにわ」が参加者50人の会を企画したものです。山口さんによる荷風の戦争への醒めた目の解説が実に面白く、例えば荷風による日中戦争開戦当時の世界情勢分析や太平洋戦争勃発直後の時点での敗戦とその後の米国による対日支配の洞察など、正鵠を射た観察に感心しました。その後、乾杯をして同じ山本精肉店の牛肉と御前酒「馨」で楽しい懇談となり、私も飛び入り挨拶をし、山口さんと話し込みました。最後に森本栄さんの音頭で乾杯をしてみんなで不戦の決意を確認しました。
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文豪なべの会 - 山口さん講演 |
同 - 乾杯 |
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同 - 私の挨拶 |
帰路、勝山の街並み保存地区で盆踊りをしており、ちょっとだけ参加して皆さんと言葉を交わしました。さらに久世まで来ると、花火大会の最中でした。間もなく夏が終わります。
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勝山盆踊り |
久世花火大会 |