2002/06/07-1

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新潟公聴会で平和構築の重要性など議論 (民主党ニュース)

 衆議院武力攻撃事態特別委員会は7日、有事法制関連法案に関する地方公聴会を新潟市内で開いた。民主党からは筒井信隆、桑原豊両議員が参加した。

 「武力攻撃事態法案は武力攻撃事態におけるわが国の平和と独立、国および国民の安全の確保に関する法律となっている。しかし、結論から言うと、この法案によってわが国・国民の平和と安全は近い将来、不安定かつ危機に見舞われる可能性がある」。民主党が推薦した新潟国際情報大学専任講師の佐々木寛氏は、専門とする安全保障理論の基本原則に基づいて指摘した。

 同時に、佐々木氏は「有事において国民・地方自治体は一方的に協力を要請されるが、それによってシビリアンコントロールや民主主義そのものが危機にさらされてしまう」と主張。また、事実上、米国の軍事戦略と一体となってきた日本が有事を主体的に判断できるかは疑問だとの見方を提示、法案に反対する立場を表明した。

 意見陳述者への質疑に立った筒井議員は、「有事法制関連3法案はいい加減といわざるを得ない」と指弾。武力攻撃事態の認定についても、日本国領域内の武力攻撃に限定していない点を問題視し、日本の安全保障構想を根底から揺るがす、危険な法律と言わざるを得ないとした。また武力攻撃の「発生」だけでなく「おそれ」「予測」まで含めることで有事概念そのものを変えようとしている点を問題視し、「予測」の段階で武力攻撃事態の認定をした場合、相手国への宣戦布告となってしまう可能性があるとし、「『予測』は除くべき」との考えを示した。

 桑原議員は、国を力あるものにしていく上では外交が重要だと指摘。極東アジアの前線でもある新潟などの平和・安定を確立するのは政治の役割とし、外交による安全保障への視点が大事だとした。これに対して佐々木氏は、21世紀の外交は主権国家のみが行うものではなく、自治体・民間・NGO・大学間外交など、下からの外交が平和の構築につながると指摘。「この法案はそうした可能性を摘み取ってしまう」と分析した。

 また、桑原議員は武力攻撃事態法案が自治体の協力を「責務」としながら、その具体的内容が明らかになっていない点、また国民保護法制を先送りしている点など、法案の不備を改めて指弾した。


   派遣委員の新潟県における意見聴取に関する記録
一、期日
   平成十四年六月七日(金)
二、場所
   ハミングプラザVIP
三、意見を聴取した問題
   安全保障会議設置法の一部を改正する法律案(内閣提出)、武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案(内閣提出)、自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案(内閣提出)、安全保障基本法案(東祥三君外一名提出)及び非常事態対処基本法案(東祥三君外一名提出)について
四、出席者
 (1) 派遣委員
      座長 米田 建三君
         岩永 峯一君   森岡 正宏君
         山口 泰明君   桑原  豊君
         筒井 信隆君   上田  勇君
         工藤堅太郎君   木島日出夫君
         山口わか子君
 (2) 現地参加議員
        吉田六左エ門君
 (3) 意見陳述者
      新潟防衛懇話会会長  鈴木  廣君
      前滑川市長        澤田 壽朗君
      新潟国際情報大学専任講師
                     佐々木 寛君
      新潟県議会議員     志田 邦男君
      人づくり県民ネットワーク幹事
                      佐々木 薫君
      新潟大学名誉教授    藤尾  彰君
      新潟大学法学部教授   小野坂 弘君
 (4) その他の出席者
      内閣官房内閣審議官   村田 保史君
      内閣官房内閣参事官   前田  哲君
      防衛庁防衛局長     守屋 武昌君
      外務省総合外交政策局安
      全保障政策課長     冨田 浩司君
     ――――◇―――――
    午後一時開議
米田座長 これより会議を開きます。
 私は、衆議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員会派遣委員団団長の米田建三でございます。この会議の座長を務めさせていただきますので、よろしくお願い申し上げます。
 この際、派遣委員団を代表いたしまして一言ごあいさつを申し上げます。
 皆様御承知のとおり、当委員会では、内閣提出、安全保障会議設置法の一部を改正する法律案、武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律案、自衛隊法及び防衛庁の職員の給与等に関する法律の一部を改正する法律案並びに東祥三君外一名提出の安全保障基本法案及び非常事態対処基本法案の審査を行っているところでございます。
 当委員会といたしましては、各案の審査に当たり、国民各界各層の皆様方から御意見を承るため、御当地におきましてこのような会議を開催することといたしました。
 御意見をお述べいただく方々には、御多用中にもかかわらず御出席をいただき、まことにありがとうございます。どうか忌憚のない御意見をお述べいただきますよう、よろしくお願いをいたします。
 それでは、まず、この会議の運営につきまして御説明申し上げます。
 会議の議事は、すべて衆議院における委員会議事規則及び手続に準拠して行い、議事の整理、秩序の保持等は、座長であります私が行うことといたします。発言される方は、その都度座長の許可を得て発言していただきますようお願いいたします。
 なお、この会議におきましては、御意見をお述べいただく方々から、委員に対しての質疑はできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おきいただきたいと存じます。
 次に、議事の順序について申し上げます。
 最初に、意見陳述者の皆様方から御意見をお一人十分程度お述べいただきました後、委員から質疑を行うことになっております。なお、御発言は着席のままで結構でございます。
 それでは、本日御出席の方々を御紹介いたします。
 まず、派遣委員は、自由民主党の岩永峯一君、森岡正宏君、山口泰明君、民主党・無所属クラブの桑原豊君、筒井信隆君、公明党の上田勇君、自由党の工藤堅太郎君、日本共産党の木島日出夫君、社会民主党・市民連合の山口わか子君、以上でございます。
 なお、現地参加議員として、自由民主党の吉田六左エ門君が参加されております。
 次に、各界を代表して御意見をお述べいただく方々を御紹介させていただきます。
 新潟防衛懇話会会長鈴木廣君、前滑川市長澤田壽朗君、新潟国際情報大学専任講師佐々木寛君、新潟県議会議員志田邦男君、人づくり県民ネットワーク幹事佐々木薫君、新潟大学名誉教授藤尾彰君、新潟大学法学部教授小野坂弘君、以上七名の方々でございます。
 それでは、鈴木廣君から御意見をお述べいただきたいと思います。
 座ったままでどうぞ結構でございます。

鈴木廣君 新潟防衛懇話会会長の鈴木廣であります。
 初めに、有事法制関連三法案に対して、賛成の立場から意見を申し述べます。
 新潟県は、我が国の中央部日本海側に位置し、歴史的、経済的に大陸とも深い関係があって、しかも、極めて長い海岸線、その海岸線には、日本海を目指して流れる幾多の河川がございます。自然災害が起きやすく、一方、原発を含む重要な施設も多数存在し、新潟の安全は、首都圏ひいては我が国の安全保障にも直結しておるのであります。
 高田、新発田という明治以来の伝統を有する駐屯地や新潟地連など、県内の陸海空三自衛隊の存在は、県民の生活に対する安心と安定の最大の基盤であります。
 私は、長年、国防こそ国家にとって最も重要な機能であるとの認識に立ち、安保・防衛問題に関する県民の理解と防衛意識の高揚のため、新潟防衛懇話会を主宰してまいりましたが、特に有事法制の重要性と早期法制化は、長年訴え続けてきた大きなテーマであります。今般、こうして法案が国会に提出され、今国会中の成立に向けて審議されることは、まことに欣快至極であります。
 以下、有事法制の必要性に賛同し、今国会における早期成立を求める観点から、管見を提示します。

 有事法制は、主権国家として当然の法制でありまして、世界じゅうのいかなる国家においても、国家の緊急事態、特に侵略に備えての法制を整備していない国はないはずであります。もちろん我が国においても、自衛隊法を初め一定の法整備がなされていると理解しておりますが、これまで十分な対応がとられなかったことも事実であり、今まで整備されていなかったことを問題視すべきであります。

 世界における主要先進国の一員であり、自由・民主主義を標榜する我が国として、有事法制は当然備えていなければならない最も基本的な法制であります。また、これらの法制がきちんと整備できていることは、我が国に対する侵略の抑止につながるものであると思います。

 二十一世紀の脅威への速やかな備えです。
 先年、新潟沖合で発生した不審船事件、昨年九月の米国同時多発テロ、十二月の奄美沖不審船事件など、冷戦が終結したにもかかわらず、二十一世紀に入ってもなお国民の安全に対する脅威が増していることは、ここ新潟においても実感されるものであります。
 一部に、なぜ今ごろ有事法制かというような奇妙な意見があるようでありますが、新たな脅威は確実に高まってきており、これらに国家として有効に対応するための法制はできるだけ早く整備するべきであると思います。何も起きていないときに整備することが大切であります。
 国を守る自衛隊が、いざというときにその能力を十分に発揮できるよう、また、国民が戦争の被害から守られるために、平時、国民生活や社会が平常に機能しているときに、冷静な立場で有事、緊急時の対応について検討し、法律をつくるのは極めて重要であり、当然のことです。緊急時に整備すればよいという御意見もあるようでありますが、無責任であり、国家国民のことを真剣に考えていない。日本の常識は世界の非常識といつまでも評されていてはいかぬのであります。
 有事法制関連三法案に対しての評価であります。
 国防に対する国、地方自治体、国民の努力の一体化。
 国、地方自治体、国民が一体となって行わなければならない。今回の法律では、武力攻撃事態に対し、国、自治体、指定公共機関の責務及び国民の協力を明記することで、武力攻撃事態に対して自衛隊のみならず国全体で対処するべきことが明確にされており、評価できます。また、このような姿勢を明らかにすることは、国の主権と誇りを守る心構え、国民の国防、安全保障に関する意識高揚につながるものと期待しております。
 武力攻撃事態への対処の重要性。
 一部に、なぜ今ごろ武力攻撃事態に関する法制を整備するのかという議論があると聞いておりますが、我が国の存亡にかかわるような事態に、国家として総力を挙げて対処するための法制をまず整備することは当然と思います。
 仮に、目の前の脅威や事態に対応するための個別の法制を積み上げていったとした場合、これらの法制は不整合で場当たり的になる可能性が大きいと思います。我が国にとって最も深刻な武力攻撃事態への対処を主たる対象としておけば、それは、今後それを土台にしてさまざまな事態に発展させることは十分可能であると思います。
 今後の緊急事態対処、危機管理に関する法制整備の継続を約束しておられます。武力攻撃事態対処法には、今後の法整備へ二年間という期限を限定して設定しまして、残された課題についての立法化を法律の条文に担保していることは重要な点であります。
 今国会に提出された有事法制関連三法案を成立させることで終わることではなく、ひとしく重要な国民の生命財産の保護のための措置、自衛隊の円滑なる行動のため、米軍の行動円滑化のための措置の法整備を約束していることで、有事法制整備の継続性を約束していることを評価するものであります。
 新潟では、横田めぐみさんの拉致問題や先年の不審船事件など、さまざまな不安が県民の間にある。その意味で、テロや不審船など、武力攻撃事態以外のその他の緊急事態に対しても迅速的確な実施のための措置を講ずるよう規定されており、これに基づいて関係省庁等が適切な対応をとられることを評価します。
 今後への期待。
 国会における建設的議論と早期成立をお願いします。これまで申し述べたとおり、有事法制の整備は、国、国民にとって最も基本的かつ重要な法制であり、国会において党利党略を超えた建設的議論を深めていただき、努めて多くの賛同を得て成立させていただきたい。
 有事法制の整備は今でも遅いと認識すべきであって、先送りや廃案などは決して行うべきではない。今国会中に成立されるとの方針をいま一度確認され、努めて早期に成立させるよう期待します。できれば、二年以内と言わず、できるだけ早期に整備されるよう、強く要望するものであります。
 有事法制が有効に機能するための努力。
 法制の成立ですべてが終わるのではなく、むしろスタートラインと考えるべきで、自衛隊の行動が円滑に行われるために、また政府や地方自治体の活動が有効に機能するために、国民の安全確保や国民の協力を獲得することが大前提であります。
 有事法制の内容等について、国民に対してよく説明し、また、平素からしっかりと訓練することが重要であります。
 国防、安全保障問題に対する検討の継続。
 戦後半世紀を経て、また二十一世紀を迎え、我が国の平和と安全、また世界の平和と安定のために我が国が果たすべき役割は飛躍的に拡大しているのでありましょう。そして、これらの責任を果たすための法整備は十分であろうか。
 依然、自衛隊は軍隊かといったような論議を初め、集団的自衛権や海外における武力行使等の憲法問題、我が国の安全保障政策全体にかかわる安全保障基本法のような法制の必要性の是非、国家のためにすべてを捧げる自衛官の地位や処遇の問題など、安全保障、防衛政策にかかわる課題はいまだに山積しております。引き続き、活発な議論と国民全体の意思決定が必要であります。
 終わりに、冒頭にも述べたとおり、有事法制は主権国家として整備されていることが当然であるにもかかわらず、今まで十分でなかったことが問題であり、今、そのことを省みて整備に取り組んでいると思われるところ、政府・与党は早期法案成立に向けて全力を尽くしていただきたい。
 今や、世界は信じられないような速さで変化している。きのうのインクが乾かないうちに、我々は新しい歴史を新しいページに書き込まなければならないのであります。
 中央の議論を必ずしも十分に承知しているわけではありません、的の外れた内容もあったかもしれませんが、お許しをいただきたいと思います。
 改めて、公述人として、本有事法制関連三法案を支持し、今後とも応援してまいりたいと思います。終わり。

米田座長 ありがとうございました。
 次に、澤田壽朗君にお願いをいたします。

澤田壽朗君 隣の富山県の滑川市長を二月まで四期十六年間にわたってやってまいりまして、今はフリーの立場でございます。
 地方自治を今まで担当してまいりまして、やはり一番大事なのは、市民の安心と安全と申しますか、これの確保が、やはり市長として最大の関心事でございました。よく、福祉国家あるいは市民の福祉、福祉最優先ということを聞きますが、私は、最大の福祉は市民の安心と安全の確保にある、こう思っておるわけであります。
 私の町でも、かつて火災が起きて、痛ましい死亡事故等も何件も起きております。これは高齢者の方ですが、幾ら平素福祉に力を入れていても、安心と安全でない対処によって命を落とすというようなことがあれば、これは福祉も何もないという実感を持っております。そういう意味におきまして、国全体の最大の福祉は何かというと、国が安定をし、安心して安全に発展していく、これが最大の国の責務であると思います。したがいまして、私ども地方自治体を預かっておりましたときは、国と一緒になって国の安全を確保し、そして、日本の国民としてあるいは我が市民として安心して、安全に安定した生活が送れるかどうか、これが最大であろう、こう思ってやってきたわけであります。
 そこで、今までもう戦後五十七年たったわけであります。日本はこの間、いわゆる動乱は何にもなしに過ごしてきたというのは世界でもまれなることでありまして、ありがたいな、こう思っておるわけであります。これを逆に、五十七年間を昭和二十年、終戦の年からさかのぼって逆算いたしますと明治二十一年に当たります、一八八八年ですね。それからの五十七年間何が起きたかというと、日清戦争、北清事変、日露戦争、第一次大戦、満州事変、支那事変、第二次世界大戦、もう本当に戦乱多数ありました。ですから、同じ期間、戦後のこの五十七年間、本当に貴重な期間であると、もう実感をしております。
 だけれども、これは日本だけがこの平和を享受しておったわけでありまして、世界各地ではきょうも動乱が起きておるのは御承知のとおりであります。アジア、ヨーロッパ、アフリカ、中近東を問わず、至るところで動乱が起きておりますが、日本は五十七年間無事だった。本当にこれは珍しい。そこで、平和が続いておるので、とかく防衛問題、国の安全ということについてはなおざりにされてきておる傾向がなかったか。
 そこで、明治を振り返ってみますと、明治の時代の政治、外交、軍事、財政経済、これは見事に吻合しておったと思うわけであります。日清戦争の終戦処理を見ても、そのときの外交、財政、もうすばらしい協力であります。残念ながら、その後、政治と軍事は乖離をいたしました。そして、政治と軍事の乖離どころか陸海軍も統一性を失った、不統一であるという時代が続き、したがって、強力に統一された国家意思が確立されていたかどうかということについては、これは大きな反省事項であると思います。
 したがって、私は、これは私見でありますが、特に、明治憲法における統帥権の独立ということが非常におもしになっておりまして、そのために政治と軍事の協調、陸海軍の統一もよくできなかった、こう思います。したがって、あの明治憲法は、昭和の初年に本当は改定しておくべきじゃなかったかというのが私個人の考えであります。それで、あのときに、もっと国の総責任者のもとに国が一体となって方針を決め、行動できる体制をとっておったならば、日本の姿もまた変わっておったんじゃないかという感じがいたします。
 そこで、国の安全と国民の生命財産を守るということを先ほど申しましたが、安全を願う気持ちは非常にとうといわけでありまして、願望は限りなくあります。私どもも、平和で安定した、これが続けばいいということは常に思っておりますが、願望だけでは安全ということは保証の限りではございません。そこで、動乱が起きてからでは、もういわゆるつけ焼き刃、何とかを見て縄をなうようなことをやっていたのでは対処できないので、平穏のうちにおいてこそ最悪の事態を検討し、法律的にきちんと整備しておく必要がある、こう思います。
 きちんとした法体系のもとに、防衛体制を整備し、行動の基本を定めておくことこそシビリアンコントロールの最も大事なことであります。とかく枝葉末節なことでシビリアンコントロールがどうのこうのという話がよく出てまいりますが、私は、政治の最大の責任は、こういうことを平素きちんと決めておくのこそ最大の責任である、こう思います。シビリアンコントロールということはそういうことを言うのでありまして、政治が防衛について責任を持つ、そのためには、政治家も軍事に携わる者も、お互いの理解と協調、これをぜひお願いするものであります。
 先ほど、私は明治憲法の件で申しましたが、当時、統帥権のために、政治家は余り軍事について興味を持たなかった、したがって、余り研究していない、また、軍人は、とめられておったにもかかわらず政治に興味を持ち過ぎたというようなことが国を過った大きな原因になっているんじゃないか、こう思いますが、そういう意味におきまして、平素の政治、シビリアンコントロール、これこそ最大の、これは大事なことである、こう思いますので、よろしく国会の先生方にお願いしたい、こう思っております。
 災害でさえ、突然ぱっと起きて思いがけないことが襲ってきます。阪神大震災、それからこの辺でいいますと、日本海の油流出事故というのも突然です。阪神・淡路、大変だなというので、私はすぐ消防車を二台、急遽神戸まで応援に出しました。ところが、途中で交通は寸断、なかなかたどり着けない、ようやくたどり着いたけれども、残念ながら連絡手段がないんです。無線機を積ませておったけれども、全国波が配当してありませんでした。連絡の手段がないから、せっかく神戸近郊まで行っても長い時間ああいうところで空費をした、こういう経験がございます。後、直しましたけれども。
 こういったようなことの経験は、ああいうことが起きてからばたばたやっておっても間に合わないわけでありまして、その後、いわゆる消防庁では全国波の配当というようなことをきちんとやりまして、今はどこへでも消防車を出します。出して、すぐ連絡をとれるという体制になっておりますが、こういうことは平時にやっておかないと、もう動乱の中ではどうしようもない、手おくれになります。
 特に、防衛問題は、後から反省しておったのでは手おくれになります。終わった後から、ああ、しまった、ああ、やっておけばよかったと言ってもそれは終わりであります。もうそういうものは過ぎてしまったということになりますので、今のうちにやっておく必要がある、こう思います。
 それともう一つ、今、高齢化とともに青少年の減少が言われております。これからしばらくたちますと、昭和二十年あるいは三十年生まれの方々が主力になってまいりますと、防衛問題にいわゆる無経験といいますか、無経験ならいいんですが、無関心な方々がふえてくる。そういう方々が政治をやられてまいりますと、よきにつけ悪いにつけ、戦争を体験した世代がおったときはまだ、どういう事態が起きるとどうなるかということはある程度予測つきましたが、これからはそうはいかない、そう思います。
 したがって、今のうちにきちんとしておかなければ、とっさの場合、右往左往いたしまして、体制ができていなければかえって、突然何かやらなければいかぬということになりますと超法規的な行動がとられやすくなる、こう思います。何も決まっていないんですから、何かをやらなければ、もうとにかくやらなければいかぬ、となりますと、超法規的な行動に頼らざるを得ないということになってはぐあいが悪いわけでありまして、そのためには平素しっかり、安定しているときにこそ非常時の体制、体系を決めておくべきだ、こう思います。
 最後に、現在審議中の法律案につきましては、私は賛成をするものであります。政府案に賛成をいたしますので、今国会中にぜひとも成立をお願いするものであります。
 地方自治体としては、市民の安心と安全の確保が最も大事であります。このためには、当然、国のこの防衛対処方針には協力すべきものである、こう思います。市民も国民の一人であり、市町村といえども国と対立してある存在ではございません、国と一体でございますので、自治は十分やりますが、こういう国家非常の事態においては国も地方自治体も当然協力してしかるべきものということを申し上げたい、こう思います。
 以上であります。

米田座長 ありがとうございました。
 次に、佐々木寛君にお願いをいたします。

佐々木寛君 はい。ありがとうございます。
 私は、私が専門としている安全保障及び平和研究の観点から、当該法案に関する所見を幾つか述べようと思います。時間も限られており、個々の法案の細部にわたって検討することは物理的に不可能ですので、当該法案が持っている包括的かつ政治的な意味について、簡潔にかつ率直に議論させていただきたいと思います。
 まず、当該法案が持つ現実主義の不在、つまりリアリズムが欠如しているという問題について論じたいと思います。
 今までのお二方のお話ですと、まあ一種リアリズムに基づいてこの法案が必要だというお話でしたが、私は全く逆であるというふうに申し上げたいと思います。
 いわゆる有事関連法案の具体的な枠組みを規定する武力攻撃事態法案、この正式な名称というものは、御存じのとおり、武力攻撃事態における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に関する法律となっております。しかし、結論から申し上げれば、この法案によって、我が国の平和及び、国及び国民の安全は、近い将来むしろ不安定かつ危機に見舞われる可能性があることを専門家として指摘しておきたいと思います。
 私が専門といたします安全保障理論の基本原則といたしまして、自国の安全というものをひたすら追求することが、むしろ近隣諸国の不安や警戒心を喚起し、かえって自国の安全を不安定なものにするという安全保障のジレンマと呼ばれる、いわば歴史的な法則が指摘できます。
 既に、当該法案の提出が近隣諸国の著しい不安感を高めていることは、個々の例を挙げるまでもありません。近年、日本政府が進めてきたPKO協力法及び周辺事態法、それからテロ対策特別措置法、この一連の整備は、近隣諸国にとって、今回の法案提出と全く無関係だとは映っていません。日本はいよいよ本格的に軍事行動を拡大する、あるいは戦争放棄の束縛から抜け出す、そして今回の法案は、平和憲法改正にまで至る決定的な一歩を踏み出したと見られています。これは各紙が報道するところであり、韓国、朝鮮及び中国の私の友人たちが述べるところであります。
 このことは、具体的には、韓国や中国政府のみならず、特にアメリカ政府によって明確に敵視されている北朝鮮政府の警戒心を著しく高めています。さきの福田官房長官による非核三原則の見直しを示唆する発言は、さらにこの警戒感に追い打ちをかけています。その意味で、本法案は、冷戦後、東アジアでさまざまな地域的協力関係が築かれようとしているまさにそのさなかに、むしろこの東アジアの対話ムードの建設を不可能にし、逆に軍事的な緊張をさらに高めてしまう可能性が高いというふうに考えられます。
 また、一例を挙げれば、特に新潟は世界最大の原子力発電所を抱えています。その大きさは、御存じのとおり、チェルノブイリの原発の比ではありません。事実上、軍事的にこれを故意に破壊することはそれほど難しくはないでしょう。多くの専門家が指摘するように、原子力発電所は脆弱性が極めて高い施設だと言えます。ですから、実は事が起こってしまってからでは全く遅いということが言えます。
 重要なことは、むしろ、今回のいわゆる有事法制化によって、政治的には明確な戦闘上の敵対国となってしまうということです。アメリカは、あれほど国内的にも国際的にも安全保障システムに力を注いできた国です。にもかかわらず、どうしてたびたびあのようなテロリズムに遭ってしまうのでしょうか。その背景を考える必要があります。そして、国民や市民の安全とは本当には何であるのかということを現実主義的に考える必要があると思われます。
 また、これら一連の法案の背景には、万一攻められたらどうするとか、万一こんなことが起こったらという非常事態あるいは例外状況の論理が貫徹しています。日本国憲法には緊急条項がない、だから整備しようということです。もちろん緊急に際しての法的な取り決めは不可欠ですが、これは政治学の基本ですけれども、例外状況の論理を強調することによって、その例外状況の論理が平時の論理を凌駕して押し殺してしまうというのは、我々が世界の歴史に学ぶところです。
 本法案では、有事において国民、地方自治体そのほか市民社会そのものが一方的に協力を要請されますが、それによって何よりもシビリアンコントロールや民主主義そのものが危機にさらされてしまいます。この法案は、全体主義の苦い経験を味わった我々の二十世紀の経験に対して、配慮が著しく欠けていると思われます。
 さらに、本法案では大規模軍事侵攻が前提となっていますが、それは時代錯誤であるだけでなく、一体そもそも、これは現実的に考えて、日本政府はその有事を主体的に判断できるのでしょうか。
 本法案では、武力攻撃事態と周辺事態との関連など、米軍の役割の不明確さが目につきますが、事実上、米国の軍事戦略との一体化が指摘されています。高度な情報技術に支えられ、あらゆる国境や地理的範疇を超えた現代戦争の論理、あるいは、今後世界じゅうで戦争を継続すると宣言し、既に有事化した米国の世界政策をつぶさに検討すれば、これら一連の法案整備によって日本がどのような戦争や危険に巻き込まれていくのかは、はっきりしています。
 最後に、本当の平和政策あるいは本当の現実主義についてお話ししたいと思います。
 一九四五年の敗戦以来、半世紀以上、単純な事実ですが、戦場と認められる地域において戦闘行為によって日本軍の兵士に殺された人間は、この地球上にたった一人もいません。合法化された殺人を半世紀以上にもわたって行わなかったのは日本国民の誇りであります。我々は、再び戦争加害者になるべきではありません。
 本当の安全あるいは平和構想というものは何でしょうか。日本国内の安全保障は国際的安全保障が前提であるというのは、何万、何十万もの死者の上に決意された日本国憲法がその根幹に据えているものであります。東アジア及び世界の平和環境を創出することこそが、真に現実主義的な平和・安全保障政策であるにもかかわらず、そのような展望も一切ないまま、なぜ今急いでこのような緊急法が要請されるのか、理由がわかりません。具体的な脅威が高まっているという発言、あるいはそういうようなメッセージは、冷静な分析に基づいてはいません。
 結論として、当該法案につきましては、日本及び国際社会の平和構想という理想主義はもちろんのこと、まさに現実主義が欠落しているという意味でも、極めて拙劣な法案であると断言することができると思います。
 以上、私からの意見陳述を終わらせていただきたいと思います。ありがとうございました。

米田座長 ありがとうございました。
 次に、志田邦男君にお願いをいたします。

志田邦男君 新潟県議会の志田邦男でございます。
 まず最初に、今回、いわゆる有事法制案に関しまして、新潟の地を選んでいただいたことに感謝を申し上げます。
 私は、グローバルな視点というより、日常、生活をしている新潟というローカルエリアからの視点で、法案に賛成の立場から意見を陳述させていただきます。
 御承知のように、新潟は、日本海という内海をかけ橋として、戦前から大陸とは活発な交流を展開してまいったところであります。歴史的なことは別にしまして、私が子供のころ、北朝鮮帰還事業が行われており、その光景は日常のような形で見ておりました。現在も、日本で唯一の北朝鮮定期航路が開かれております。また、ロシアとの関係も冷戦時代から、当然のことですが、活発に交流が行われてきました。大やけどを負ったロシアの少年が新潟市民の手によって救われるなど、新潟県民は、とかく暗い話題が先行する北東アジアの一員として、日本海を平和の海にという悲願を持って取り組んでおります。
 一方、このような地理的関係から、日本海を取り巻く国際情勢の動きというものも私たちの生活に密接につながっております。横田めぐみさん、蓮池さん等の拉致事件においても、私たち市民に親しまれている新潟、柏崎の庭先で起こった事件であります。また、テポドンの発射事件あるいは佐渡沖で日常茶飯事に起こっている不審船の行動、これらは県内の漁業者などに不安を投げております。
 ちなみに、冬季、新潟、佐渡の海岸に行きますと、大陸から大量の漂着物が打ち上げられております。その中には大変物騒なものもあります。さらに、新潟県には、先ほどもお話がありましたが、単独の発電所としては世界一大きな発電所、柏崎刈羽原子力発電所もあります。昨年のようなテロのときも、私たちは当然のようにすぐ、この原発、あるいは新潟東港にある日本でも有数のLNG基地、これは大丈夫なのか、このようにすぐ私たちは考えております。そのような状況を見てみますと、平和な日常生活というものが非常に脆弱な、また微妙な国際関係の中にあるということを私たち新潟県民は実感するものであります。
 そういう中で、今の日本は、万が一ではありますが、武力攻撃というような有事の際に、国家として最も基本的な責務、国民の生命財産を守れるのかということを考えざるを得ません。しかし、この最も基本的なことが実は全くできていないのではないかと驚いたのが、あの阪神大震災でした。災害のような緊急事態と今回想定されている有事とは違いますが、日本の危機管理を考える意味で、少し所感を述べさせていただきます。
 あのとき、テレビの画面を食い入るように見ながら、燃え盛る火災現場で、未曾有の非常事態であるとだれしもが考えているのに、情報、通信、救助、すべてにわたって行政機関の立ちおくれが目につきました。中でも、政府及び自衛隊の出動がおくれ、国民の批判が噴出しましたが、時の総理、村山総理がそのことに関して地震直後の一月二十日の本会議で発言した内容、正確を期して議事録どおり引用させてもらいますと、次のように答弁をしていました。
 何分初めての経験でもございますし、早朝の出来事でもございますから、幾多の混乱があったと思われまするけれども、いずれにいたしましても、防災上の危機管理体制の充実は極めて重要な課題であると認識をしておりまして、今回の経験にかんがみながら、今後見直すべき点は見直すこととして、危機管理体制の強化に努力をしてまいりたいと考えているところでございます。
この発言は、図らずも戦後の日本の危機管理の実態を言ったものと思います。初めてで、深夜、早朝であれば多少の混乱が許されるということでは、国家としての責任を放棄したと思われてもいたし方ないのではないでしょうか。
 自己完結の非常事態に対応する能力を持つ自衛隊、これは現在多くの国民が、合憲であり、必要と認めているわけですが、阪神大震災でも明らかになったように、有事の際にこれを迅速に動かし活用するルールがないのです。
 裏返しに言うならば、ルールがないままに武力攻撃という非常事態が発生したとき、国民の生命を守るという大義名分で何でも許されるということになりかねないとの危惧を持つものであります。これは、自衛隊の超法規的行動を許すことになり、シビリアンコントロールを侵害するものであります。したがって、私は、シビリアンコントロールの原則のもと、有事に対する法制化をするのが当然であると考えます。
 ただし、その際に問われるのが、戦前、不拡大方針を次々に覆して泥沼に入り込んだ日中戦争のようにならないのか、日本軍が自国民より軍そのものを守ろうとして起こした数々の悲劇、非常事態の名のもとに行われた報道管制、じゅうりんされた人権、これらに対する懸念はいまだ非常に強いのも事実であります。諸外国、国民の不安を払拭するような国家としての理念、哲学を明確に示した上で、第二次大戦の反省が生かされているのか、だれのための法制化なのか、これは厳しくチェックしなければならないと考えます。
 そのような観点から、今回提出された武力攻撃対処関連法案を見てみますと、第一に、シビリアンコントロールの原則ですが、戦前の軍部の独走を起こさないためにもこの原則の強化が必要と思いますが、今回の法案においては、国会承認事項が現行の自衛隊法より強化されており、承認事項として、特に対処基本方針に防衛出動と待機命令も記載される、あるいは社会経済分野や国民保護に関する対処措置も記載されるなど、武力攻撃事態対処の全般が国会承認事項となったことは評価できるものであります。
 第二に、人権の制限に関しても、一律、包括的に停止されるのではなく、個別の法律によって、しかも公正、適正な手続のもとで行うと規定しており、政府にフリーハンドを与えておりません。これについても評価できるものと考えます。
 そして、最も大事な武力攻撃に対しても、個別的自衛権の行使に限定して対処とするなど、現憲法を十分に尊重したものと考えます。一部に、この法案は戦争するための法整備と言う人もいますが、外部からの武力攻撃排除は、憲法においても国連憲章においても当然の権利として認められており、何ら問題はないものと思います。
 以上のような基本的な内容として、武力攻撃事態対処関連法案は、世界の常識からいっても何ら問題はない、このように私は考えます。
 しかしながら、この問題に関連して国会の質疑を聞いておりますと、まだわからない問題もあります。政府は、有事とは何か、周辺事態との関係、国民保護等、具体的なものをもっと明示すべきであります。また、各委員におかれましても、具体的、本質的な防衛論議を展開していただきたいと要望するものであります。
 最後になりますが、現実の世界にあって、防衛問題は厳しい認識を持って政策立案に当たらなければなりませんが、その根底に、憲法第九条の理念を持って世界の平和に貢献するという国家としての明確な意思がなければ、周辺諸国の誤解を招くおそれが多分にあり、また、有事の際に最も大事な国民の協力が得られません。
 しかしながら、最近の政府の発言の中には、非核三原則の変更と思われるような発言あり、防衛庁における情報公開要求者のリスト回覧など国民に対する裏切り行為ともいうべき失態あり、また、有事回避のための外交努力をする外務省においても、国民の信頼は皆無と言わざるを得ません。政府答弁にしても、国民に理解をしてもらうという姿勢に欠けているのではないかと思うこともたびたびであります。政府のこのような状況は、極めて残念であります。
 あってはならない武力攻撃への対処という国家の最も基本的な問題を論議するに当たり、私は、政府、国会として、世界の平和構築への強い姿勢を明確にしながらこの問題に対処していただきたい、このように要望をして、私の意見陳述とさせていただきます。

米田座長 ありがとうございました。
 次に、佐々木薫君にお願いをいたします。

佐々木薫君 私は、人づくり県民ネットワーク幹事佐々木薫です。
 まず、私は、国家の非常事態に対処する法整備は当然必要であると考えます。重要な法整備なので、まず第一歩を踏み入れることの勇気を評価する意味でも、今国会できちんとした理念を持った法律に仕上げてほしいと思います。これが私の結論で、冒頭はっきり申し上げておきます。
 我々国民は、国会議員が何かをなす、一歩を踏み出す、そういった勇気を称賛し、我々が選んだ議員を信じることが非常に肝要であります。
 昨今のマスコミの風潮、一部の世論においては、政治家をいこじにしてしまい、何もしない事なかれ主義者にしてしまう傾向があると言えます。国民側から見れば、為政者なのに何もしていないと映り、なさざる罪を問うべきだということになってしまいがちで、国民と政治家との間に不信感が漂い、ここ近年出てきた無党派、政治に無関心といった層をつくってしまう悪循環に陥ってしまうのではないでしょうか。これはまことに不幸なことであります。
 さて、本論に入ります。
 私は、国家の非常事態に対処する法整備は当然必要であると考えますが、政府が提出した今回の有事関連三法案は、やはりどうしても基本的な考え方が抜け落ちているのではないかと思えてなりません。そこのところが非常に残念でなりません。国家の一大事にも通ずることを考えるのですから、もっと、大枠から始まり、わかりやすく、基本がしっかりとした法案をお願いしたいところです。
 このような問題を考えようとするとき、この国の安全保障や危機管理を本当にやる気があるのかどうかということになります。そのとき、自衛隊を軍隊として認めるかどうかが重要であり、日本にとって一つの大きな分水嶺になってくると思います。
 政府・与党は、こうした肝心な問題を回避しつつ、国家安全保障のための法律を自衛隊法の延長線上でとらえ、とりあえずの用に備えようとしているのは見え見えで、ごまかしの域を脱し得ないと思わざるを得ません。結局は、行き着くところは憲法問題になってしまうわけです。ここを踏まえてやらない限り、しっかりとした非常事態に対処する法整備はできません。
 これまでの政府見解での憲法のままでは、何が有事なのかわかりません。政治家に、死んでも国民を守るんだという気概があれば、土地がどうだの、家が何だの、国民は言いません。日本国憲法において人権が守られているわけで、乱暴な言い方で恐縮ですが、国がなくなってしまえば、死んでしまえば、人権なんてあったもんじゃないということです。
 原始的な考え方ですが、憲法に何と書いてあろうが、国がなくなってしまえば当然そのもの、憲法自体もなくなってしまうわけで、よって、自分たち国民の生命財産を初め、ふるさとを守るために行動しなくてはならないのは当然です。それとも、我々国民にとって他国の政府がよいというのであれば別です。どうぞ統治してくださいませとなってしまいます。私は、客観的に考えて、日本人として生まれ、育ち、生活をしている今の自分を幸せに感じております。そういった意味で感謝もしております。
 今の日本は、子供料金で国際社会という列車に乗って、好き勝手に騒ぎ、人目を気にせず破廉恥な行為を意に介せずやっている子供に見立てることができます。皆さんも想像できるのではないでしょうか、東京の電車の中で等。権利偏重主義のなれの果てで、自分さえよければよいといった利己主義になってしまっているわけです。
 国家としての権能すべてを有するのが本来自然的であり、この権能を道義によって制御しつつ国家運営をしていくのが大人の国家と言えるのではないでしょうか。大人の国家になるには経済だけではだめだとも言えます。日本がこのまま子供の国家であり続ける限り、国際社会における平和貢献に対して責任ある地位はほど遠く、当然イニシアチブなどはとれません。
 有事法制の話になると、なぜ今ごろ、どこの国が攻めてくるのかなど、こうした問いを社会的地位の高い方が言ってしまう、こんなところにも戦後の日本の異常さがあります。私に言わせれば、重要法案だと言っておきながら、では、いつになったらちゃんとした法整備がなされるのでしょうかと言いたいです。
 そして、戦後日本の平和は、平和憲法、いわゆる日本国憲法のことです、この憲法のおかげであり、これを堅持することが将来も平和であると平気で言う人がいます。これもある意味、少し異常だと思います。
 戦後五十六年、日本が平和でやってこれたのは、憲法のおかげではありません。他国が日本国憲法どおりに行動してくれるなど、間違った幻想にしかすぎません。日本国憲法前文には、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」云々と書いてあります。日本人だけでなく、本来、この地球上に平和を希求しない民などいないはずはございません。それでも、争いは絶えることなく起きるのが現実世界であります。正直に現象をとらえるのであれば、日本の軍事的防衛力、すなわち自衛隊と日米同盟によるアメリカ軍の抑止力がこの日本の平和を守り保ってきたということは、ほぼ間違いない事実だと私は思います。
 国際政治とか国際社会は、このようなパワーポリティクス、力の枠組みです、力対力による世界であり、現実的力学によって動かされているのは事実であります。そのことをわかろうとしない、避けて通ろうとする文化人、知識人と言われる人がさももっともらしいことを言うから、多くの日本人の思考が幼稚化し、日本がおかしくなるのであります。
 自衛隊は戦力であり軍隊であるということを率直に正面から認めた上で、軍事力、自衛隊ですね、それに対して、国際スタンダードに則した責務権限と暴走しないことを担保するための法律が、現場で国防に従事する自衛隊員を初め国家治安に関係する方々が一番欲していることではないでしょうか。かつ、我々国民も求めておるところでございます。
 私は、国家の非常事態に対処するための法整備をするべきであるとの立場ですが、しっかりとしたものでなくては、やはり国民として不安で納得できません。国民保護などの規定は二年以内などと先延ばししているようですが、少しおかしいのではないかと思います。大人の国家にふさわしい、しっかりとした背骨を持った法律になるよう、かつ、いつの時代でも常にそのときの国会議員や国民が納得できるものに近づくよう、きちんとした法律をつくっていただきたいと願ってやみません。
 要は、我々日本人が日本をどうするかといった基本的哲学が大事であります。そして、諸外国からも称賛を浴び、参考となるようであれば、日本国民として誇りに思いますし、日本国憲法前文の意にかなうところであり、喜ばしいことであると思います。
 最後になりますが、一番重要な基本的理念をごまかさずにきちんと示し、真に国民の生命と財産を守るため、法整備を早急になされますようお願い申し上げて、意見表明とさせていただきます。
 どうも御清聴ありがとうございました。

米田座長 ありがとうございました。
 次に、藤尾彰君にお願いをいたします。

藤尾彰君 ただいま御紹介いただきました藤尾と申します。時間が大変限られていますので、周辺事態と武力攻撃事態との関係に絞って意見を述べさせていただきます。
 御承知のように、周辺事態法は、その第三条第一項第一号で、周辺事態に際して日米安保条約の目的の達成に寄与する活動を行っているアメリカ合衆国の軍隊に対して自衛隊が物品及び役務の提供、便宜の供与その他の後方地域支援を行うとされています。
 しかし、自衛隊が行う後方地域支援活動は、周知のように、軍事用語ではロジスティックス、兵たん業務と言われ、アメリカの海兵隊教本は、兵たんは、軍事作戦を実行する攻撃の一部であり、一領域である。兵たんなしに、計画的で組織的な行動としての戦争は不可能である。兵たんなしに、軍事部隊を立ち上げたり、武装することはできない。兵たんなしには、部隊は現場にたどり着けない。兵たんなしには、兵器は弾薬なしになることであり、車両は燃料なしということであり、装備は故障し、使用されないままとなり、病人や傷病兵は治療のないまま放置され、前線部隊は食料や避難所や衣料なしに過ごさなければならない。兵たんは、戦争の不可欠な分離できない一部であると述べています。
 また、アメリカ海軍の海軍作戦法規便覧は、補給、輸送、通信などで敵国の戦争遂行に貢献する働きをしているものは、たとえ第三国の商船であっても攻撃対象となる。さらに、例えば、敵国の軍隊の補助艦としての行動をしている場合や、敵国の軍隊の情報システムに組み込まれているか、または、いずれにせよ敵国を支援している場合も攻撃対象となるというふうに述べております。
 周辺事態法が定める後方地域支援には、確かに、法文上は武力による威嚇または武力の行使は禁止されております。しかし、相手国からすれば、今御紹介いたしました海兵隊教本や海軍作戦法規便覧にもあるように、自衛隊が行う後方地域支援は、兵たん業務として、アメリカの行う軍事作戦と不可分一体の、分離できない構成部分とみなされ、これに対して武力攻撃がなされないという保障はありません。つまり、武力攻撃そのものが現実に加えられる可能性、武力攻撃が加えられるおそれが生じる可能性、武力攻撃が加えられることが予測される可能性、このいずれかが発生します。あるいは、相次いで発生します。
 そこで、武力攻撃が現実に加えられた場合に限って論を進めますと、それはまさに法案が言う武力攻撃事態そのものであり、これに対して我が国が武力を行使すれば、それはアメリカの軍事行動と一体となった共同作戦としての性質を帯びてくることになります。
 この場合、アメリカの軍事行動が自衛権の発動として適法とされる場合と、違法、不当な場合とを区別することが重要でないかと考えます。けだし、第二次大戦後アメリカが行ってきた軍事行動は、ベトナム戦争を筆頭に、グレナダ侵略、リビア空爆、パナマ侵攻、なぶり殺し戦争にも等しい今回のアフガン空爆等、その正当性に疑問符がつくものがほとんどであるからであります。
 さらに、ワシントン時間でこの六月一日、ブッシュ米大統領は、ウエストポイント陸軍士官学校の卒業式で、イラクを名指しすることこそしませんでしたが、テロとの闘いでは守りに回っては勝てない、脅威が現実化するまで待ったら待ち過ぎだと述べ、国際法上違法とされている先制攻撃を公然と肯定したことが報じられております。
 したがって、アメリカが自衛権の行使としての軍事行動に訴えるケースは極めて考えにくいわけですが、仮にそのような場合があったとして、このアメリカの軍事行動と一体化した日本の武力行使はどう評価されるでしょうか。この場合、我が国が現に攻撃されているわけですから、それは個別的自衛権の行使として適法であると言い切れるでしょうか。日本が文字どおり単独で行動している場合であれば、この議論、すなわち個別的自衛権の行使というこの議論も成り立ち得るかもしれませんが、アメリカと日本は互いに支え合って、共同防衛しているのであるから、やはり日本の行為は、政府が憲法上許されないとしている集団的自衛権の行使に当たるというべきではないかと考えます。
 問題は、このようなレアケースではなく、アメリカの軍事行動が違法、不当な場合であります。現にブッシュ米大統領は、ことし一月二十九日の一般教書演説で、イラン、イラク、北朝鮮を悪の枢軸と決めつけ、これに対する武力攻撃、しかも先制的な武力攻撃も辞さないことを公言し、現に、今、アメリカはイラク攻撃の準備を着々と進めていることがしばしばマスメディアによって伝えられております。
 日本がこれに対して後方地域支援を行うならば、既にこの後方地域支援そのこと自体が違法、不当な行為であると考えますが、さきにも述べましたように、相手国が我が国の後方地域支援を兵たん活動であるとして武力攻撃をしてきた場合、これはみずから招いた武力攻撃事態であり、一種の挑発であり、これに反撃を加える武力行使はアメリカの軍事行動と同様、およそ自衛の名に値せず、違法な武力の行使と断定せざるを得ないのではないかと考えます。
 日本が周辺国から侵略を受ける可能性はゼロに等しいほど小さいのに対して、アメリカの違法な軍事行動に、今申し上げましたような経過をたどって日本が違法な軍事行動に加わる可能性は、今回の武力攻撃事態関連三法案が成立するならば、一気に高まることが予想されます。まさに、これらの法案は、有事を招くまがまがしい法案であると言わなければなりません。
 日本国憲法は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と述べ、たとえ国を守るためであっても武力の行使を禁止しております。政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないように決意した者の一人として、アメリカの違法な戦争に加担することに道を開く武力攻撃事態関連三法案の廃案と、既に成立している周辺事態法の速やかな廃止を強く求めます。
 以上でございます。

米田座長 ありがとうございました。
 次に、小野坂弘君にお願いをいたします。

小野坂弘君 まず最初に申し上げておきたいことは、これまでの有事立法の議論は全く不十分であり、今回の公聴会の開催によって法案議決の要件が整ったとしてこれを強行することは、決して許されることではないということをまず申し上げたいと思います。
 今回の有事三法の内容と国会における有事立法の議論を見てみますと、すぐに個々の条文の議論に入ってしまって、いわゆる総論に当たる議論が極めて不十分であるというふうに思います。有事立法のような重大な案件の論じ方としては、全く不当なやり方であると思います。
 このようなやり方では、そもそも有事立法を今なぜ必要としているかという立法事実は何か、どのような基本的な方針のもとで有事立法を議論するのか、そもそも有事立法はやるべきなのか否か、日本国憲法を改正しないでやれるのか、今の政府でやるべきなのかというような重要な論点がすべて議論されずに素通りされてしまうからであります。
 私の結論は、一口で申し上げれば、憲法の改正をしない限りこの有事立法をすることは不可能であるという意見でございます。
 明治維新以来、戦前までの日本は、戦争準備体制と戦時体制の緊急国家でありました。国民は兵役の義務を負い、戒厳令、非常大権の規定がございました。しかし、日本国憲法は、そもそも平和的生存権を保障しており、憲法九条で戦争の放棄を規定しているのですから、兵役の義務はなく、戒厳令、非常大権の規定もありません。そもそも、今の日本は緊急国家ではないのであります。これは、決して憲法の欠陥ではなく、憲法の積極的な意思のあらわれなのです。
 したがって、この考え方を、憲法の基本的な構想を真正面から否定する今回の有事立法は、憲法を改正しない限りはすることができないというふうに思います。国が主役であるという考え方は、国際的にも国内的にも今や時代おくれであります。実態に合っていません。今や国の失態やまずい対応を市民レベルの活動によって乗り越えているというのが実態ではないでしょうか。
 私は、主として、有事立法を論ずる前提として、憲法と有事立法の関係について簡単に述べたいと思います。
 まず最初に、日本国憲法の性格であります。
 日本国憲法は、確かに日本の憲法であることは言うまでもありませんけれども、この憲法は、一七八九年のフランス人権宣言以来二百年、いや、それどころか一六八九年のイギリス権利章典以来三百年にわたる人類の貴重な法文化を体現しているものであります。このような人類の最も貴重な遺産に連なっている憲法というものを議論する場合に、このことを意識せずに日本国内の問題としてだけ論じているということが目立つのであります。
 一九九八年の国連人権委員会の第四回勧告文書に見られるように、日本は、残念ながら、人権という次元ではいまだ先進国と評価されておりません。その点で、このような有事立法をすることによってその懸念がさらに深まる。特に、アジア諸国において極めて懸念が高まっているということを申し上げなければならないと思います。
 国会における憲法の議論を見ていますと、憲法はまず第一に、国の形を決めるものであるというふうに主張されますが、これは大日本帝国憲法時代の憲法思想としては正しいですけれども、日本国憲法の考え方としては全くの誤解です。
 ドイツ語では、憲法はフェルファッスングスレヒトといいます。英語でいいますと、コンスティチューショナルローです。フェルファッスングあるいはコンスティチューションというのは、社会の基本的なあり方という意味で、社会の基本構想、これがフェルファッスングでありコンスティチューションなわけでありまして、したがって、憲法というものは社会の基本的なあり方、社会のあるべき姿を法律で定めたものであります。
 ところで、社会というのは人間関係のネットワークでありますから、したがって、社会の根本思想というのはあるべき人間関係、あるべき人間関係の姿というものであります。それを規定しているのが憲法なんですね。そして、その社会のあるべき姿を規定することによって、それが決まることによって、二次的に国のあり方が定まる、そういうふうに考えなければならないと思うわけであります。
 日本国憲法は、短いながらもいろいろな規定がございまして、これを統一的な形で理解することはなかなか難しいところがあるわけでありますが、私はこれを二つの原理で説明したいと思っております。
 一つは、小松茂夫さんが主張しております目的・手段原理であります。憲法は何のために制定されるのかというと、憲法の基本理念、すなわち平和主義、国民主権、基本的人権尊重主義、これを実現するために憲法は制定されるのであります。そして、それを実現するための手段として、国会、内閣、裁判所、自治体という政治組織がある、このように小松さんは理解するわけでございます。
 実は、これは日本国憲法、憲法学の上で立憲主義というふうに呼ばれてきたものでありまして、これは、大日本帝国憲法をつくるときにその憲法制定の中心人物でありました当時の枢密院議長、伊藤博文が、後で文部大臣になる森有礼の質問に対して答えている中で、このように憲法というものは国の権限を縛るためにつくるものなんだ、それでなければ憲法をつくる意味はないのだということを伊藤博文でさえもわかっているわけであります。
 それで、もう一つは、松下圭一法政大学教授が言われていることでございますが、松下さんは次のように申しております。国、自治体、市民というトップダウンの憲法イメージ、これに基づく国家法人説というものは全くの誤りである。そのような考え方は、国家の統治法あるいは国家の基本法として上から国民を治めるという、そういうイメージで憲法を考えるわけでありますけれども、これは全くの間違いである。現在の日本国憲法はそうではなくて、市民、自治体、国家という形でボトムアップの考え方で考えなきゃいけない。個人の自由、市民自治から出発して、それで自治体、国というふうに考えなきゃいけない、こういうふうに松下さんは言われるわけでありまして、これを松下さんは機構信託原理というふうに言っておられます。それで、この考え方は、地方自治法の直接請求権という形で実現しているわけであります。
 今回の有事立法は、まさしくこのような方向に真正面から挑戦するものであって、認められません。そもそも、自治体にさえも一切の相談をしていないわけです。先ほど冒頭に申しましたように、憲法を改正しなければ到底このような立法をすることはできないというのが私の考えでございます。
 小松さんや松下さんの指摘は、まことに適切であると思います。憲法は、前文において平和的生存権を規定しております。保障しております。それを具体的に規定したのは憲法九条なわけでございまして、このような憲法九条というものは、私の外国で留学した経験によりますと、非常に多くの人によって、将来の憲法のあり方として非常に正しいものだ、これは見本にしなければならないというふうに言われたことが何回もございます。日本は世界に誇るべき憲法九条というのを持っている、そういうふうに皆さん申しておられます。例えば、中国の若者は日本が右傾化しているのではないかということを非常に心配しているわけでございます。
 不審船や北朝鮮のミサイル実験を理由として、国民の意識が有事立法に向かって肯定的になってきているというふうに主張されます。今回の有事立法では、それらの問題に対する対応策は後回しにされて、自衛隊が武力の行使を行う事態についての立法が出されてきたわけであります。これは全く唐突であり、一体、不審船やミサイル実験のほかに今このような有事立法をしなければならない立法事実というのがどこにあるのか。どこの国がいつどこに攻めてくるのかということが、提案理由を読んでもさっぱり理解できないのであります。
 このように重大な法律を制定するに当たって、備えあれば憂いなしということわざで済ませてしまうというのはとんでもない話だというふうに思うわけであります。もし本当に国民を保護するための提案というのであれば、そのような具体的な国民の保護法案と一緒に提案すべきであり、今回のような有事三法を先行させるべきではないというふうに思うわけであります。
 国民が現在政府に対して切実に望んでいるのは、我が国の構造改革と景気回復であり、近未来の社会、国家の姿を明確に素描することだと思います。政治家と金をめぐる不祥事は後を絶たず、政府の本格的な対応策も示されておりません。政治家が自分の出処進退をみずから決めるということができるなどと、だれも国民は信じておりません。
 地下鉄サリン事件、阪神・淡路大震災、九・一一テロ事件、先日の瀋陽の事件、そして防衛庁の情報開示をめぐる事件、あるいは核兵器発言というふうに続いてまいりましたけれども、我が国の危機管理能力のなさと人権感覚のなさはだれの目にも明らかであります。そもそも、サリンの被害者五千人に対するちゃんとした対応策さえもとられていません。政策の優先順位のつけ方が間違っているのではないかというふうに思うわけであります。
 今回配られました参考資料第一号を読みますと、一九八〇年代と最近の答弁の断絶が余りに目立ちます。最近の発言は、あいまいで、中身に乏しく、軽量で、切迫感が感じられません。
 私は、次のような吉本隆明さんの発言に賛成です。これは、朝日新聞の六月二日の朝刊に出ていたものであります。「戦争を知らない戦後生まれの幸運な国民が日本の大部分を占めるようになった現在、それを幸運の極みだと思わないで、「有事」などというあいまいな言葉で、戦争状態や戦闘状態を空想し始めた」小泉内閣の退化。「私は何の役にも立たない、そんな架空の論議よりも、現在の平和を胸いっぱいに享受した方がいいと思う。」私は、この吉本隆明さんの発言に全く賛成であります。
 今回の有事三法の提案は、その手続及び内容の両面において全く不当なものであり、廃案にすべきであると思います。
 以上、私の意見を申し上げました。

米田座長 ありがとうございました。
 以上で意見陳述者からの御意見の開陳は終わりました。
    ―――――――――――――
米田座長 これより委員からの質疑を行います。
 質疑の申し出がありますので、順次これを許します。森岡正宏君。

森岡委員 私は、自由民主党の森岡正宏であります。
 先ほど来、七名の公述人の方々から、有事法制の必要性、また反対論、御意見をいただきました。しかし、私は、敬意を表して聞く人もあれば、また、反対しているのは大学の先生ばかり、この実態も拝見いたしまして、恐ろしい気がするわけでございます。日本の教育界、一体どうなっているんだろうかなと思わざるを得ないわけでございます。
 私は、先日、元朝鮮総連の中央本部の幹部であった韓光熙という人が書いた「わが朝鮮総連の罪と罰」という本を読みました。日本を舞台に、戦後何十年も北朝鮮に人やお金を送っておったという実態、また、韓国のスパイ工作など驚くべき実態が次々と浮かび上がっていく中で、新潟がその拠点であったということが描かれているわけでございます。
 全国各地のパチンコ業界とか商工関係者から集めた十億、二十億というような巨額の資金を朝鮮総連中央本部の新潟出張所に集めて、そして目立たないように二、三千万円を小さな紙袋に小分けして、そして親族訪問などで北朝鮮へ渡る同胞者に持たせておった。彼らは中に何が入っているのかわからない、そんな状態で運ばせておった。外為法では五百万円以上の現金の持ち出しは届け出が必要ということになっているのに、税関員に接待などで手懐けておいて、そして全く手荷物検査などなしに、そうして北朝鮮へ運ばれておったということが描かれているわけでございます。万景峰号というんですか、マンギョンボンに何十回と乗せました、こう書いてある。また、北朝鮮工作船を利用して密入国また密出国できるように、日本海沿岸にこの方は三十八カ所も接岸ポイントをつくった、それが今も使われているというようなことが描かれていまして、私は大変ショックを受けたわけでございます。
 新潟は、北朝鮮との玄関口であること、また先ほど来お話ございましたように、横田めぐみさんらの拉致事件が発生した場所である、そして、さらには新潟沖合で不審船事件が発生したこと、そういうことを考えますと、新潟県民は、国民の安全とかまた安全保障、防衛について非常に関心を持っておられるだろうと思いますと同時に、不安も持っておられるんじゃないかなとお察しするわけでございます。陸海空の自衛隊員二千四百名が配備されておるということも聞いておりますし、隣には石川県、小松基地がある、そして佐渡にはレーダーサイトもある、そして原子力発電所も持っておる。こういう新潟県は、非常に日本の安全保障上大変重要な場所だと思うわけでございます。
 それでありますだけに、私は、幾ら法律を整備しても、今日本に一番欠けているのは、みずからの国は自分たちの手で守るんですよという気概とか意識、それじゃないかなと思うわけでございまして、有事に際してどうするという訓練も日ごろ行われておりませんし、そんなことを一番心配しているわけでございます。
 まず鈴木さんに伺いたいわけでございますけれども、こういう防衛とか安全保障についての県民の意識の高まり、新潟ではどのくらいか、どの程度高まりがあるか。今回有事法制の法案が提出されて、県民の間にはいろいろ議論もあるかと思いますけれども、どんなふうな関心をお持ちになっているか、ちょっと御感想を簡潔に教えていただきたいと思います。

鈴木廣君 ただいま私もいろいろ拝聴しておりまして、驚いている。まさに王陽明が言うたように、山中の賊は破るにやすく心中の賊を破るはかたし、まことにこれは大変な話だなと思いました。
 先生のお尋ねでございますが、やはり新潟県民は極めて防衛意識が高いのではないかと思います。県民みんなが大学の先生ではございません。そういうことで、有事法制、今回のこの法制は、皆さん待っていたと思いますよ、何十年も。何十年も待っていた。これは先生、政治家の怠慢もありますよ。そう思いますが、ぜひともそういう気持ちが強いということは御理解いただいてよろしゅうございます。
 それから、先生が先ほどおっしゃった、三十億北鮮へ送ったとか、あれはたしか私も「諸君!」で見たような気がします。
 以上であります。

森岡委員 今おっしゃったように、私も国会議員の秘書などをやっておったものですから、長い間日本の政治の動きを見ておりまして、二、三十年前だったら憲法論議さえ国会でできなかった、ようやくこれ、小泉政権になりまして有事法制の法案が国会に出されるようになったわけでございまして、隔世の感があると同時に非常に感慨深いものがあるわけでございます。
 私は、ぜひこの法案を通したいものだという立場から質問をするわけでございますけれども、先ほど来いろいろな先生方からお話ございましたけれども、米ソ両大国の冷戦時代が終わって、これで世界じゅうは平和になるのかな、こう思ったときもありました。しかし、残念ながら、その力の均衡がなくなると、あちこちで、世界じゅうで地域紛争や戦争が起こった。そして、その力の均衡があったときよりもまだひどい状態が現在なお続いているということでありまして、軍事力を持つことは戦争をやることじゃなしに戦争の抑止力になるんだということを、ぜひ国民の皆さん方にわかってほしいなと思いながら、私も審議に加わっておるわけでございます。
 私、たまたまけさ、東京都内のJRの駅前で、共産党の区議会議員でございましたけれども、こういう赤旗の号外を配りながら演説しているのを見ました。それで私もこの号外をもらったわけでございますが、そこには、海外で武力を行使するための法律だ、国民の自由と権利を制限する法律だ、罰則までつけて戦争協力を強制する、また、憲法無視の有事法制、こういう、ネガティブキャンペーンになるこういう言葉がずらりと並んでいるような、まことに私は、国民をミスリードするパンフレットだなと思いながら車中で拝見しながら来たわけでございまして、私は、日本国民の生命や財産を守る法律なんだ、そして戦争を抑止するための法律なんだという思いで一生懸命国会で審議に加わっているわけでございますけれども、こういう、今回の有事法制が戦争法だとかアメリカに協力するための法律だとか、そういうことを言う人たちに対しまして、鈴木さんはどんなふうな感想をお持ちでしょうか。

鈴木廣君 やはりそういう人がおいでになるんだなときょう初めてわかりました。
 大体、日米安保条約もきちっとございますし、今回のこの武力攻撃に対しというのは、我が国が武力攻撃を受けた場合でありまして、何にも米国の戦争に協力する戦争協力法ではないと思いますね。
 それから、憲法九条が世界の人たちから理想だと言われている、自分たちもそういう憲法を持ちたいというような気持ちがあって、一体どの国がそういうふうに憲法を変えた国があるでしょうかね。私はそれはわからぬ。やはり自分の国は自分で守るということが第一だと思います。
 一九九〇年八月二日、あのクウェートへサダム・フセインが侵攻して侵略しましたね。ああいうクウェートになりたいのか、真っ当な民主主義の国として、国民の生命と身体と財産と、そして何よりも大切な人権を守っていく国になりたいのか、その辺の御判断をしていただきたいと思いますね。
 私は、ぜひとも先生にこの法案を通していただきたい。そして、少しでも早く新潟県民、国民の心を安らかにしていただきたい。
 以上であります。

森岡委員 先ほど、佐々木寛公述人が、北朝鮮の警戒感を著しく高めることになるんだ、この有事法制をつくること自体、明確に敵対国にしてしまうというようなことをおっしゃったと思います。
 私は、テポドンや不審船がやってくることを放置していいんだろうか、どう思っておられるんだろうか。また、中国から調査船と称するものが、日本海、日本の周辺をしょっちゅう動き回っている、そして、毎年毎年、中国は十年以上も二けた台の軍事の増強を続けております。そして、北朝鮮からは、あの瀋陽の事件でも見られますように、亡命者が後を絶たない、そんな状態になっている。この東アジアは世界の火薬庫だとまで言われている。それなのに、日本は何もしないで、朝鮮半島や中国からの脅威に対して何もしないでいいんだろうか。
 私は、周辺の国々がそれぞれ備えを持っておるのに、日本国だけが丸腰の状態でいること、これは断じて許してはならない、そんなふうに思うわけでございまして、私は、そういう意味で、先ほど来大学の先生方がいろいろ、有事法制は必要ないんだ、こうおっしゃった、どうにも理解ができないわけでございまして、こういう事態をそれぞれ、佐々木寛公述人、そして藤尾彰公述人、小野坂弘公述人、本当にそれぞれ一分間ぐらいで私の質問に対して答えていただけませんでしょうか。

佐々木寛君 一分間ということで、難しいんですけれども、ぜひ森岡先生にはうちの大学に来てもらって講義を聞いていただきたいと思うのですけれども、もう一つお願いは、「わが朝鮮総連の罪と罰」という本について言及されましたが、ぜひ森岡先生には我が自民党の罪と罰という本も書いていただきたいというふうに思っています。
 冗談はさておいて、冗談で三十秒過ぎてしまいましたが、そういう脅威があるということですね。その脅威というものが、一つ指摘できることは、こういった重要関連法案が通るときに限って不審船が登場してきたりテポドンが登場してくるのはなぜかというのは、前から私、専門家として非常に不思議に思うので、むしろ森岡先生に教えていただきたいと思うのですけれども、それのみならず、具体的に脅威から守るということが目的であれば、今回の法案は、先ほど私が述べたように、全く国民や新潟県民の安全を守るということに直結していないということを先ほどから私は申し上げていたわけです。
 一分来てしまいましたので、終わりにしたいと思います。

藤尾彰君 有事法制を推進される方々は、万々々が一ということをよくおっしゃるわけですけれども、万々々が一、これは、万を三つとしますと、零コンマでいうとゼロが十一つくわけなんですね。これはゼロに等しいということじゃないでしょうか。ところが、ゼロではない。だから、ゼロではないということでもう疑心暗鬼に陥るというのか、非常に後ろ向きの、視野をだんだん狭くしていく。もっと我々の前に、前方に向かって、こういう状況をつくっていくんだといった、そういう積極性が足りないんじゃないか、僕はそういうふうに考えております。
 以上です。

小野坂弘君 質問することが許されておりませんので申し上げたいと思いますけれども、まず、どこの国が一体どういう手段で攻めてくるのかということをはっきりさせていただきたいということです。
 それから、現行の法律で申しますと、警察法、自衛隊法、災害基本法、大規模地震特別措置法、こういう法律で既に有事の体制というのはかなり整っているわけでございまして、その法律を十分に使うことによって対応することは可能であるというふうに考えております。
 以上です。

森岡委員 今の御答弁、私には不満でございますけれども、次の質問に移りたいと思います。
 国民の生命財産の安全確保について、民間防衛の重要性が論じられているわけでございまして、澤田公述人に伺いたいと思うのです。
 国、地方公共団体、国民が一丸となってこの武力攻撃事態に対処することが今回の法律に明記されています。しかし、自衛隊以外の、消防、海上保安庁、警察、こういうところの権限などにほとんど触れられていません。また、県と市町村がどのように役割分担するのか、これも今回の法律にはほとんど入っていないわけです。
 一昨日、鳥取県の知事が、やはり地方公聴会で、国が内閣として一元的、一体的に対応するのと同じく、地方レベルでも一元的に対応できる仕組みをつくってもらいたい、こうおっしゃっているわけでございます。国と市町村、知事と各首長との関係、消防は市町村レベル、警察は公安委員会が独立的に指揮しているものだから知事は統括できない。権限と役割分担について、こういう不安を鳥取県の片山知事が披瀝されたわけでございます。
 市長さんを御経験の澤田公述人に、この県と市町村の役割、そして警察や消防、こういうところの権限、この辺についての御感想を簡潔にお答えいただけませんでしょうか。

澤田壽朗君 今お尋ねの件でございますが、はっきり言いまして、法制的に県知事と市町村長、いわゆる上下関係で、非常事態、災害でも同じですが、いわゆる指揮命令という形にはなっておりません。それから、警察、消防も協力関係で、もちろん消防は市町村で持っておりますので、いざというときには、防災上は当然市長が権限を持って動かします。
 ただ、こういう今ここで問題になっておりますような非常事態に、これは全然法制的には、使命も責任も明文の規定はないんですね。市町村が自衛隊に対して協力するのは、今、募集に協力するというのと、あとは、災害があったときに災害派遣を県知事を通じて要請する、それの第一次初動をとるというだけでありまして、実際の自衛隊の災害派遣出動は知事の権限でやられます。ですから、そういった点で、この間の神戸の災害を見ていても、そこらが非常にもたもたしておったために、準備はできていたんだけれども自衛隊は命令がないから出られないというような事態もあったようでありまして、そういった点は平時でもあったので、今回まず整備されたと思います。
 今、問題になっておりますようなことにつきまして、市民は、もちろんいろいろな意見がありますから、嫌だと言う方もおられるでしょうけれども、私の感じでは、相当多数の方は、いざというときには我々も何かやろうという気概に燃えておる方が大部分だと思います。そういったときに、適切なる法整備、そして体系、組織を設定していただくというのは、これは大事なことだと思います。それができたからといって、やみくもに、一生懸命農業をやっている人を、防衛のために海外へ行ってやってくれなんということは、それはどこの市町村だってそんなことは言いません。また、できるわけもないし。
 ただ、そういった態勢になったときに、土地をそこに提供してくれとか、宿泊のあっせんを頼むとか、食料のあれを頼むとか、そういったときに協力しましょうということは、当然私はやるだろうと思いますが、そこに必ずあと、いわゆる補償とかいろいろな問題がつきますから、そこらの関係を平時のうちに明確に法制的に整備していただくべきだと思います。そうすればできると思います。

森岡委員 ありがとうございます。
 私は、今回の法律、成立がおくれればおくれるほど、国民の防衛とか安全保障に対する不安が消えないと思うんですね。
 先ほど来、七名の方のお話を伺って、私は、人づくり県民ネットワークの佐々木薫さんのお話が一番私にはぴったりと来ました。しかし、今の政治の状況の中では、小泉総理がおっしゃっているような、ああいう立場で、今のような審議の仕方しかしようがないのかなというふうに思いながら、自衛隊は軍隊でないんだという立場をとりながらも有事法制が必要なんだというところで今議論しているわけでございます。
 たとえ五十点と言われようとも、早くこの法律を成立させなければならない。海外からも、日本にはまだそんな法律ができていないのかという不安を持たれているということも伺っております。
 私は、そういった立場で私たち自由民主党の議員、頑張ってまいりたいと思いますので、新潟県民の皆さん方にもぜひ御協力いただきたいことをお願いいたしまして、時間が参りましたので、終わらせていただきます。
 どうもありがとうございました。

米田座長 これにて森岡君の質疑は終了いたしました。
 次に、筒井信隆君。

筒井委員 民主党の筒井信隆でございます。
 外国からの武力攻撃の可能性、将来も絶対ない、一〇〇%ないとはだれも断言できません。ほんの少しでもその可能性がある、そして国民もそう思っているとすれば、私は、やはりそれに対する自衛隊が必要だ、そして自衛隊が行動する条件あるいは範囲を決める有事法制も必要だ、こう思っております。しかし、その自衛隊も有事法制も必要なんですが、一回も発動されない、宝の持ちぐされに終わるというのが一番理想的だ、そういう点が一つ。だから、それを一回も発動しないという方向性での努力を最優先しなければいけないというふうに思っています。
 それともう一つは、その有事法制はまさに非常事態における法律でございまして、国民の権利を制約するし、いろいろな点で大きな問題を生ずるわけでございますから、厳密、厳格でなきゃいかぬ。しかし、今度出された政府の提案というのは、もうあいまい、いいかげん、余りにも過ぎる。これはもう絶対に反対しなければいけない。この有事法制があいまいでいいかげん過ぎて、だれが一番困るか。国民が困るんですよ。しかし、それと同時に自衛隊が一番困るんですよ、当事者が。こんなあいまいな、こんな法律でもって、自分たちの行動さえもいろいろな矛盾が生じてくる。だから、国民のためには絶対にこの法律を私は変えなきゃいかぬと思いますし、自衛隊のためにも、この法律を通したらやはり間違いですよ。
 その一つの例として、私ちょっとお聞きしたいんですが、今度の法律で、武力攻撃事態とはいかなる場合か、これが最大の問題です。そして、武力攻撃事態は、外国からの武力攻撃があったときに認定する、こうなっています。我が国領域における武力攻撃に限っていないんですよ。しかし安保条約は、我が国領域における武力攻撃に限って共同防衛行動をするとなっているんです。全然安保条約と、だから、この点が違うんです。
 その結果、どういう事態が生じてくるか。日本の国にある米軍基地に対して攻撃があった場合には、これは我が国領域における武力攻撃ですから、武力攻撃事態の認定があって、いろいろな準備をする。周辺事態でもって外国の領域に、あるいはテロ特措法で、遠い外国の領域でもって米軍の支援行動をやっている自衛隊に対して武力攻撃があった、これも武力攻撃事態になるんですよ、我が国領域における武力攻撃に限っていないから。
 しかし、外国の領域における武力攻撃が我が自衛隊に対してあって、武力攻撃事態と認定した、そうした場合、どうなるか。その場合には、その遠い外国でもって自衛隊が武力攻撃するんですよ。武力でも反撃するんですよ。しかし、それは安保条約における条件になっていませんから、単独で行動しなきゃだめなんですよ。アメリカの周辺事態における協力関係をとっている最中に武力攻撃された。そのときに、武力攻撃事態と認定し得る可能性がある。そして、それはアメリカ軍とは全然別個でやらなきゃいかぬ。一緒に共同防衛行動をやったら安保条約と矛盾することになりますから。
 だから、まず、私は、この武力攻撃事態の定義自体が完全に広過ぎる、間違っている、我が国領域における武力攻撃に限って武力攻撃事態と認定すべきだ、こう思うわけです。この点を、先ほど明確に今度の政府法案に賛成と言われた方が三人おられます。鈴木さんと澤田さんと志田さんでしたか。武力攻撃事態の認定が行われるのは我が国領域における武力攻撃に限るべきだと私は思うんですが、そういうふうに訂正すべきじゃないですか。その点、どうですか、お三人の方。

鈴木廣君 それは含まれているんじゃないんでしょうかね、既に。我が国が外部から武力攻撃を受けた場合でありますから。アメリカが受けた場合じゃない、そういう意味の武力攻撃ですね。
 それから、先生ちょっと、攻撃をされて初めて武力攻撃というようなお話かと思いましたが、この対処法では、予測とかおそれという、段階的なものがございますね。だから、よくできていると思いますよ、私は。
 それから、完璧なものなんかできない。これはもう時間をかけてやっていく、二年間といって継続してやってくださるというんだから、これは先生方にお願いしておきますよ。何しろ、基本はきちっとお願いしますよ。

澤田壽朗君 いや、同じですね。今、ペルシャ湾まで行って、やられたからといって即活動するということは考えていないんじゃないかと思います。我が国に対するものですが。

志田邦男君 これまでの日本の防衛というものがずっとやられてきた経緯というのが、順番が全く逆だなと思うんですね。いろいろ今まで、安保条約があった、周辺事態があった。ところが、本体の日本そのものの有事の方、この基本はどうなるのかということが、やっと今ごろ出てきた。ですから、今まで既に出てきたものと、さまざまな面でどう調整するのかということ、これは私としても非常に関心があります。
 したがいまして、まず今回の問題、既にあるもの、これらを一たん整理した上で、本当に最も基本的な、日本が攻撃された場合、あるいはおそれ、予測、いろいろありますけれども、その原点からまずきちっと整理をしていただきたい。それを今後の法律の審議の中でやれば、これは十分できると思います。
 それで、一つだけ言いますと、今回の法制案というものはあくまでも基本法的なものである、やはり枠というものを定めた上で、細部にわたっての調整をする今後の国会の審議というものをお願いしたい、このように思います。

筒井委員 武力攻撃事態の認定の場合を我が国領域における武力攻撃に限っておりませんから、この地球上どこでも、自衛隊の艦船や何かに攻撃を受けた場合には、もう武力攻撃事態で戦争準備するということになるんです。これが余りにも広過ぎて、今までの日本の安全保障構想、体制からもう飛躍的に質を変えちゃう。極めてその点で私は危険な法律だと思っていますので、聞いている。
 それで、同じような条件であるドイツにおいては、ドイツ連邦の領域における武力攻撃に限って有事の事態と、はっきりもう法律で決めているんです。この点で私はまず、こんな地球上どこでも武力行使ができるような、それを認めるような法律、しかもそれが今度は、日本の場合には米軍との共同防衛が基本なんですよ、日本の防衛行動は。自衛隊もそれに乗って、前提にしてつくられているんですよ。だけれども、領域外においては、日本が単独で行動しなきゃいかぬという、こんなめちゃくちゃな法律を認めるわけにはいかないと思うんですね。
 それからもう一点、大きな問題点は、武力攻撃の発生、おそれ、それに予測まで含めた点ですよ。予測まで含めてしまった結果、おそれと予測はどう区別するんだ。物すごく広がっちゃった。それで、防衛庁は今まで二十五年間にわたってこの有事法制の研究をしてきましたが、防衛庁の研究じゃ、有事概念ははっきりおそれまで、防衛出動の命令、下令された時点からが有事概念なんですよ。今度突然、予測まで含めた。待機命令の時点からもう有事概念に含めてしまった。
 この結果、どうなるか。おそれより広い予測の段階でもう武力攻撃事態の認定をしちゃうわけですよね。国際的に宣言するわけですよ。これは、武力攻撃事態の認定をするということは、その国に対してこっちは武力行使の準備をしていますよという宣言ですよ。ある意味で宣戦布告なんですよ、事実上の。それを予測の段階からやったら、向こうだって、まだその気になっていないのを、では、日本がそんな準備をしているんだったらこっちもその準備をしなきゃいかぬと、かえって戦争に近づいてしまうんですよ。予測まで含めた点もこの法律の大きな欠陥だと私は思うんです。
 最後に、その予測概念は少なくとも削除すべきではないか、防衛出動下令事態からが有事概念に限定すべきではないか。これはお二人の佐々木さんからちょっと、時間がなくなったようなので、結論だけで結構ですが、お聞きをしたいと思います。

佐々木寛君 今の御発言には大変共感します。予測される事態とおそれのある事態ということが今回の法案に明記されて、非常にあいまいな表現です。
 それから、私がつけ加えたいのは、現代戦争というもののリアリズムですね。その観点から見ると、従来型の戦争想定していたのでは、想定できないことが起こる。つまり、日本軍といいますか自衛隊は、基本的に米軍と全く区別がつかない形で戦争にずぶずぶと参加するようになってしまうというおそれがあるというふうに思います。
 そういう意味で、私は、この法案は戦争のリアリズムというものに欠けているというふうに申し上げたわけです。
 どうもありがとうございました。

佐々木薫君 端的に。そのことに関しましては、安全保障の原則とか、要は自衛隊の行動原則というのが欠けているといった点で、私は、しっかりした法案にしてくれということを陳述させていただいたわけで、その中に含まれていると解釈していただきたいと思います。

米田座長 ありがとうございました。
 委員の質疑予定者の皆さんにお願いをいたしますが、いずれも質疑予定時間をオーバーされておられますので、ルールを守って質疑を行っていただきたいと思います。
 筒井君の質疑は終了いたしました。
 次に、桑原豊君。

桑原委員 民主党の桑原でございます。
 簡潔に、まず佐々木寛先生にちょっとお尋ねをいたします。
 小泉総理は、備えあれば憂いなしということを繰り返しおっしゃっております。当然のことわざでございますけれども、備えのやり方いかんによってそれが逆効果になる、こういうこともございます。しかし、万が一の備えというのはきちっとしておかなきゃならぬ、これは当然だと思います。
 そこで、佐々木さんは、むしろその備えがいろいろな意味で緊張を招いて、そのことが近隣諸国との紛争の種になりやせぬか、そういった御心配もしておられるわけですけれども、私も、やり方によってはそういった過剰反応と映る場合があると思います。ただ、それを本当に力あるものにしていくときといいましょうか、そういう論理を力あるものにしていくときには、やはり一面では、外交というものをしっかりやっていかなきゃいかぬ。
 特に、私は、日本を取り囲む北東アジア、新潟はその最前線にあるわけですね、中国、韓国、そしていろいろと問題を云々されております北朝鮮、そしてロシアもございます。ここの地域の平和と安定というのをどういうふうにつくっていくのか、これがやはり私は日本の平和と安全にとって一つの背骨をなす重要な問題だと思うんですね。
 外交を通じての安全保障、これをどう確保していくかというところで、相当我々も意を決して、本当にある意味では死力を尽くしてでもこういった平和と安全をつくっていくという外交、これをやり遂げていかなきゃならぬわけですけれども、そのことについて、先生としてどういったお考えを持っておられるのか、これが一つお聞きしたいところでございます。
 それから、これはほかの先生方、県議会議員の志田先生にちょっとお聞きしたいと思います。それから、滑川市長をしておられました澤田先生にもお聞きしたいと思うんですが、この備えの中で、私はやはり一番、何か起きたときに、地方自治体、地域の住民の生命や財産、そういったものに一義的に最大の責任を負う自治体の役割というのは極めて重要だと思います。これは、災害のときももちろんそうでございますし、一たん事あったときに、地域の事情に通じていて、いざとなったらどうしたらいいかということをある意味では一番わかっている、そういう自治体の役割というのが大変大きいと思うんですね。その備えの部分の自治体の役割が、残念ながら今回の法案では先送りになっております。
 ですから、自治体からもいろいろな意見が、わかりにくい、どうしたらいいのか、そこら辺がさっぱりわからぬじゃないかと。いや、それはすべて二年以内にやりますよということで、先送りをされているんです。そして、現実には、自治体がやれないときにはかわりに国がやるよというような代執行的なものの考え方だけが打ち出されておりまして、そういう意味では、一番そこら辺が住民に密接な部分でございますから、私は、備えの中の大事なところが今回の法案では抜け落ちてしまっている、考え方そのものも、具体的に明確なものが打ち出されていない、こんなふうに思います。どの範囲でどういう仕事を自治体が主に手がけていくんだというところも、余り明確になっておりません。
 そんな意味で、今回のこの法案についてどういうふうなお考えを持っておられるのか、これは澤田先生と志田先生にお聞きをしたい、こういうふうに思います。

佐々木寛君 おっしゃるとおり、例外状況といいますか、万一の備えということだけを強調するのではなく、ふだんから外交の力によって平和を築く構想力を持つことが必要だという私の意見陳述を酌み取っていただいて、大変うれしく思います。
 その際に、御質問のように、今後外交をどうしていくのかという御質問だったと思いますが、私の私見では、二十一世紀の外交というものは、これまでの主権国家のみが行う外交ではなくて、非常に重層的になっていくというふうに考えています。もっと具体的に言えば、自治体外交あるいは民間外交と言われるような国際NGO同士のつながり、それから大学間交流、こういったような下からの外交といいますか、下からの、国境を越えた人間関係や社会関係のつながりが平和構築のためには非常に重要になってくるというふうに思います。
 しかし、この法案はむしろ、上意下達といいますか、そういった下からのさまざまな安全保障や平和構想の可能性というものを摘み取ってしまうというふうに私は思います。先ほど阪神・淡路大震災のお話が出ていましたけれども、あのときに恐らく明らかになったのは、首相が一番上にいて、上意下達式の対策システムをつくることが、いかに現場から見てうまく機能しなかったかということだったと思います。
 同じように、東アジアは、これまでも冷戦期を通じて、アメリカ・韓国、アメリカ・中国、アメリカ・日本というように、自転車のスポークのようにバイラテラルの関係しか築いてきませんでしたが、これからは多国間の安全保障体制を下からつくり上げていくべきだというふうに思います。それこそ本当の安全保障構想だというふうに思います。
 以上です。

澤田壽朗君 現在、地方自治体には、いわゆる消防、あるいは河川の水害とかそういったことについては、消防を指揮しながらいろいろやる権限並びにある程度の実力は持っております。
 ただ、今ここで問題になっているようなことについては、現在の法律では、市町村は何ら、いわゆるこれに対して貢献できるような実体が定められていないわけですね。
 したがって、あくまでも自衛隊が自分の市町村の領域内で活動するというときに、いろいろ案内したり、あるいは宿泊するなら例えば公民館とかいろいろなそういうものを世話するとか、あるいは病人が出たら医療機関に頼むとか、そういういわゆる協力してあげましょうというような善意の協力は大いにやると思いますけれども、何ら法的な裏打ちというのはございませんし、また、こういうことをやれということを市町村に知事が指示するという権限も今のところありません。
 したがいまして、住民がいざというときに防衛にどこまで参画するかは非常に難しい問題でありまして、そんな大きなものを期待しても無理でありまして、ただ、行動をスムーズにやるように協力してあげる、あるいは行動を阻害しないように気をつけるとかそういったことが主なもので、例えば避難、片一方は下がる、片一方は前へ出ていこうとするというときに、そこらの避難誘導、あるいはそういう部隊の移動との関連をどう調整するかとか、これは警察とかあるいはバイパスをどうやるとか、そういったようなことは当然やると思います。
 したがって、第二次大戦、大東亜戦争の終わりごろでも、では、そんなに市町村がいわゆる竹やり訓練で敵をやるという、それは気持ちの問題としてのあれであって、あれで実際何か参画をするということはないと思いますが、ただ、実際、そんなに防衛に住民が直接加わったという例は、内地においては余りありません。大体似たようなものじゃないかと思います。

志田邦男君 今ほどおっしゃったように、地方の果たす役割はどうなのか、そういう点については、私も非常に不満でございます。それはやはり、一たん有事となった場合に、例えば病院ですとか、そういう負傷者の問題、さまざま出ます。いろいろな問題を処理しなきゃならないというのは、恐らく地方になると思います。
 そういう面で、今まで例えば国がずっと研究してきた第一分類、第二分類あるいは第三分類、こういったのをやってきたわけですけれども、そういうさまざまな国としての研究をやってきたにもかかわらず、そこにきちんとした地方自治体というものを入れなかったということに関しては、大変これはよくない。したがって、今回、大筋としての国の方向性、これはよしとしても、早急にやはり地方自治体を交えてどうあるべきかということもやっていただきたい、このように思っております。

米田座長 これにて桑原君の質疑は終了いたしました。
 次に、上田勇君。

上田(勇)委員 公明党の上田勇でございます。
 きょうは、貴重な御意見を陳述いただきまして、また、それぞれ御多用の中お越しをいただきましたことにまず御礼を申し上げます。
 皆様方の陳述を、御意見を伺いまして、現状認識、考え方、随分開きがあるというか、多様なものだということを受けとめましたけれども、その中に、当然賛同するものばかりではございませんが、せっかくこうした機会に御意見をちょうだいいたしましたので、それぞれ重く受けとめさせていただきたいというふうに思っております。
 意見の中で、特にこの新潟という地域が抱える特有の問題意識というんでしょうか、拉致疑惑とか不審船問題、これも先ほどから話が出ておりますが、北東アジアという地域の不安定さと直面している地域ならではの非常に強い問題意識があったということも感じましたし、また、原子力発電所やエネルギー基地などあるというようなこと、そうしたことも地域の問題として、いろいろな立場からの御意見の中に、そういったものを踏まえた上での御意見を拝聴できたということは、この地方公聴会の意義があったというふうに感謝を申し上げる次第でございます。
 そこで、ちょっと先ほどの委員の御質問とも関係いたしますが、国と地方自治との関係につきまして、地方自治にこれまで経験の深い澤田さんとそれから志田さんに、それぞれの立場からお伺いをしたいというふうに思います。
 今度のこの武力攻撃事態対処法案では、内閣総理大臣である対策本部長が、地方公共団体と対処措置に関する総合調整を行うというような規定がございますし、それでもそうした対処措置が実施されないときには、これは別途法律で定めるという手続を置いてはおりますけれども、総理大臣が地方公共団体の長に対して指示する、あるいは、またさらにそれでも不十分な場合には、関係省庁の長が代執行を行うというようなこと、これも当然、別途法律で定めるということには手続はなっておりますけれども、そういうような規定が設けられております。
 これについて、この法案に反対される立場の方々からは、これは地方自治の本旨を損なうおそれがある、あるいは、場合によっては国家総動員令というような表現を使って批判される方もいらっしゃいますが、今まで地方自治の首長として、また議会の中で経験をされている御両名の方に、こうした懸念というのはお持ちなのか。また、これからそうした手続については別途法律で定めるということになっておりますが、もしそういうような御懸念あるいは御心配があるとすれば、その法律の中で、法律を定めるに当たってはどういうような点に留意をして国会の場で議論をされていったらいいか、その辺のアドバイスをいただければというふうに思いますので、よろしくお願いをいたします。

澤田壽朗君 ただいまの御質問にぴたり合うかどうかわかりませんが、現在の地方自治体、正直言いまして、昔の国家総動員法のようだという気持ちは持っておりません、今議会で問題になっておりますのは。
 いわゆる協力関係を今まで以上に密接に行えるようにするために、総理大臣の答弁があったり、いろいろ、知事とそれから市町村の関係の調整をこれからやる、こういうことでございますが、例えば、実際戦闘行動に市民が直接参加するということは、これはあり得ないわけであります。ただ、それを側面的に、自衛隊の行動をやりやすいように援助するようなことは、そういう局面はあり得るかもしれません。
 ただ、準備段階において、例えば海岸線で、上がってくるかもしれないというために、そこに陣地構築を始める。例えば新潟ですと、昔の連隊が高田とか新発田にあります、こういう連隊が海岸に張りついて防御陣地をつくるというときに、例えばそこには、いわゆる農地法によって普通だったら許可を受けないと転用できないとか、あるいは区画整理をやっているからほかの法律に支障があるとか、いろいろな問題があるわけです。そういったものが、そういう条件のときにはもっとスムーズにやれるような法整備は必要だと思います。
 それから、大量の人員がそこに集まるとしたときに、水道であるとか下水道であるとか、そこらをどう調整するとか、こういった問題も出てくると思います。それから、先ほどちょっとお話が出ましたが、調達の関係で、物資をどういうふうにひとつ協力できるのか。さらに、今度は医療の問題それから交通統制、こういったことを、さまざまなうるさい法律がいっぱいございますので、そこらがもっとスムーズに調整できるような、根本的な法的なそれをつくっておいていただければいいんじゃないか、こう思います。
 というのは、市町村もいざというときには住民はみんなやはり、何か地方自治と国は相対立するかのごとき、これは平時は、いや自治でやるんだと我々も言います、言いますが、いざというときに、我々自治だから国はどうなってもいい、自治だけ、国が倒れて自治もへったくれもないわけでありまして、そこらは皆理解していると思います。
 したがって、そういう前提のもとにおいて、市民も同じだと思います。いざというときには協力する気持ちは当然出てくるし、それを信頼しております。そして、それが動きやすいように法的整備をするのは国並びに議会の方々の責任だ、こう思います。それこそ本当のいわゆる政治による防衛、シビリアンコントロール。最大のものは、そういう体制をきちんと整備していただくというのが最も大事だ、こう常に思っております。
 以上であります。

志田邦男君 有事というものが地方の場において具体的にどうなのかということが、これはなかなか今こうやって議論していても、具体的に想像でき得ないような部分があるんですが、私は、まず一つには、実は私は新潟地震のとき、一番被害の大変ひどいところにいました。そして、あの新潟地震のときに、県知事がそのとき新潟にはおりませんでした。北海道の方へ行っておりました。新潟県知事が留守、空白というような状況の中で、まさに緊急事態というようなことが起きた。
 あのときのことをやはり考えますと、まず一つには、有事の認定というものがきちっと国会でも承認される、これはやはりもう大変な状態だと。そうなったときに、いろいろな今度は地方自治体ではまさに、そこに首長がいる、いない、さまざまこういう事態があります。ですから、今言った大きな一つの対処の流れというものについては、今考えられる中ではこれは大体やむを得ないだろうな、そういうふうに思います。
 ただ、先ほども言いましたように、自治体において、ではこれをどういうふうに受けとめるのかというようなことになったときに、先ほどと同じですけれども、自治体としては具体論がなければなかなか話が進まない。そしてまた、さまざまな補償措置というものもきちっと、これもまた早く明確にしてもらいたい。こういうようなものがないと、では、あと具体的に何を要望するのかというようなこと、これはさまざまあり過ぎます。
 ですから、そういう意味でも、私はまず国の方で、さっきも申しましたように、自治体の関係者も入れた研究機関といいますかチームをつくって、やはり生活隅々及ぼす影響が出ますので、早くこれは、むしろ国の方で、こういうようなことで自治体にお願いしたいということを明示してもらいたい、このように思います。

澤田壽朗君 ちょっと補足。
 今、先ほど私申しましたように、いろいろな自治体のやるべきことが全部そろわなければこの法律を通しちゃいかぬのかと言われると、そうじゃないと思います。根本的な、例えば協力、自治体も協力する責任があるんだ、そういうこと、条文がある、その中の細部は、これからゆっくりひとつ政令でもできるわけですから、それは後でゆっくりやればいい。とりあえずは、そういう根本だけはひとつぜひお願いしたい、こう思います。

米田座長 これにて上田君の質疑は終了いたしました。
 次に、工藤堅太郎君。

工藤委員 自由党の工藤堅太郎と申します。
 本日は、御意見をいただきました先生方に、まずもって厚く御礼を申し上げたいと存じます。
 御意見をずっとお伺いをしておりまして、それぞれの先生方、御発言をいただいたわけでありますけれども、いろいろなお考えがあるんだというようなことでありまして、このいろいろなお考えがこうして述べられる、こういう国で我が国は本当によかったな、そうでない国も世界じゅうにあるわけでありますから、私はこういう国を誇りに思いながらやっていきたいな、そういう思いをさせていただきました。
 さて、この有事法制でありますけれども、私もこの理事の一人として自由党から参加をさせていただいているわけでありますが、当初、この有事法制の審議をする前に、自民党のある大幹部の方から、これは防衛庁の頭の悪い役人がつくったのだから欠陥だらけだ、修正には幾らでも応ずるといったような発言があったのを御記憶しておられるだろうと思います。確かに欠陥がたくさんある、私もそのように思います。
 例えば、時の内閣総理大臣、あるいはそのときの内閣の考え方でどんどん拡大解釈ができる、こういうような素地を残しているということであります。私は、これではだめだ、このように思いますし、やはり私ども自由党の考え方として、抑止的な、例えば第二次世界大戦のときにどんどん拡大解釈をしてああいうふうになった、それをいわゆるベースにした、その反省の上に立った法律案でなければならない。歯どめが絶対に必要だ。例えば、仮にアメリカから要請をされたからこうするとかそういうようなことではなくて、例えば国連決議がなければやらないとか、そういうような法案が必要だろう。そういうことで、私ども、小沢党首が中心になって、練りに練って、今の政府案に対案として独自の法律案を提出しているわけであります。
 そういったような、いろいろないわゆる欠陥がある法案だと思っておりまして、私どもは、この政府案をぜひ出し直しをして、二年間なら二年間と言っておりますから、それまできちっとしたものを出して、先ほど五〇%でもとか、とりあえず通せとか、そういうようなお話もありましたけれども、これは国の基本にかかわる極めて大事な法案である、このように思っておりますので、そういう立場から若干質問をさせていただきたいと思うのであります。
 先ほど、佐々木薫さんから、法整備は必要だけれども政府案は基本がしっかりしていないというようなお話をちょうだいいたしましたけれども、これについてもう少し、私の考え、先ほど申し述べましたけれども、そういうものも含めて御意見をお伺いできればと思います。

佐々木薫君 冒頭言ったとおり、しっかりとしたものであれば受け入れますけれども、しっかりしていないので納得はしないので、もっと考えていただきたいということを言ったと私は思っております。
 そういったところで、本来、我が国においての安全保障の原則、あと自衛隊の行動原則というのが憲法に規定がないとおかしいと思います。残念ながら、現憲法にはありません。私には、そんな現憲法を補うために、工藤先生や皆様、政治家の方が今いろいろと御苦労されて審議しているというところで、安全保障に関する基本法や非常事態に対処するための基本法というのを制定すべきではないかと提案させていただきます。
 非常にベーシックな部分で、例えば自衛隊はグレーが多いと思います。警察と自衛隊、どこまでが警察の役割でどこまでが自衛隊なのか、はたまた海上保安庁と自衛隊、ではどこまでが海保の役割でどこまでが自衛隊か、では治安維持活動なのかとか、いろいろグレーな、不透明な部分があります。そういった面も含めて、ぜひこういったところを憲法でしっかりとした根っこをつくってから、大きな木、大樹をつくっていただきたい、そんなふうに感じます。
 あと、そういった中で、毎度毎度政府の方々の得意わざといいますか、先ほども言いましたように、憲法解釈の中でなし崩し的に、また自由わがままに、恣意的にというのでしょうか、そんなふうに法律を、ある意味歪曲して適用させるといったような感じがするところもあります。ですから、この有事に関する法案に関しましては、自衛隊という軍事力ですから、これを扱うわけですから、諸外国に無用な心配をさせるようなこともなく、はっきりと国際スタンダードに合わせたものでやってもらいたい、そんなふうに感じます。そんなところです。
 以上です。

工藤委員 本当に余り時間がないのでもう余り申し上げられないのですが、今いろいろ問題になっております、福田官房長官、非核三原則の見直しに言及したというふうなことでありますけれども、これについてお二人からお伺いをしてみたいと思いますが、まず志田邦男さんと佐々木薫さん、お二人にお尋ねをいたします。

志田邦男君 私はやはり、意見陳述のときも話をしましたけれども、このような有事体制とそして日本の防衛、こういったようなものはただ単に戦術的な意味でなされるべきものではない。そのセットとして、日本の生きる道、日本の外交方針、これはどうなのかということをきちっとやはり明確にしなければ、さっきも話をしましたが、いろいろな誤解を招きかねない。その意味で、憲法第九条並びにこの非核三原則というものをやはり日本が明確にアピールをし、そのもとで日本としての平和というのはこのようにして守りますよ、こういう明確な意思を持つべきである、このように考えております。

佐々木薫君 結論から言いますと、無用の長物は要らないということになります。将来にわたっても、こういうものは、唯物的に、客観的に見て判断したいと思います。核兵器とかは一切要らないということを断言します。
 また、こういったことに関して、私は、昔の人のように感情というか、さきの大戦のときの原爆のような、トラウマ的に、核兵器はただ要らないというふうな意見ではありません。無用の長物だから要らないと重ね重ね言っておきます。かえってスパイ衛星などを上げた方が有効的に使えるのではないかと思えるぐらいです。
 以上です。

工藤委員 ありがとうございました。
 いろいろお伺いをしたいことはあるんですが、今、国会で有事法制をいろいろ議論しているわけでありますけれども、外から見て、この我々の議論に対してどのようにお考えになっているかといったようなことを、それでは、もう一人、藤尾先生にひとつお伺いをしてみたいと思います。

藤尾彰君 先ほども申し上げたかと思いますけれども、やはり、万が一、万が一というふうな議論が非常に先行して、そういう一種の心配性というんでしょうか、そういう心配性からみずからの視野を狭めてこういう考え方ばかりしていると、いわば無間地獄に陥るんじゃないか、要するに病的な精神状態に陥るんじゃないかというふうな感じがしております。
 たしかシェークスピアのマクベスが殺人を犯して、その後、疑心暗鬼というんでしょうか、そしてみずから自滅していくようなそういうドラマだったかと思いますけれども、どうも万が一、万々々が一といったような、そして要するに、〇・〇〇〇といっても、〇・〇〇〇〇といっても、一がある限りはあり得るんだ、こういうのは、政治の世界ではむしろゼロと考えた方が正しいんじゃないかと思います。
 そういう考え方をしますと、あれもしなければいけない、これもしなければいけない、ここも足りない、あそこも足りないといったような、本当に疑心暗鬼というか神経質になっていくというふうな、要するに病的な精神状態に陥る危険があるんじゃないか、こういうふうに考えております。

工藤委員 ありがとうございました。

米田座長 これにて工藤君の質疑は終了いたしました。
 次に、木島日出夫君。

木島委員 日本共産党の木島日出夫でございます。
 質問に入る前に、米田座長に一言お願いをしておきたいと思うんです。
 先ほど森岡委員から、こういう発言がありました。反対するのは三人、大学教授だけ、日本の教育はどうなっているのか。まことに、私は、独断に基づく、陳述人に対する暴言だと思います。これは、陳述人の皆さんに対する礼を失するだけではない、当地方公聴会は、委員会として国民の意見を謙虚に聞く場ではないでしょうか。まことに不穏当な発言だと思いますので、私も委員会の理事会に参加する一員であります。この発言に対しては善処されたいとお願いしておきたいと思います。

米田座長 後刻、理事会で協議をさせていただきたいと思います。

木島委員 ありがとうございます。
 それでは、早速質問に移ります。
 七人の陳述者の皆さんにおかれましては、現在国会で論議しております有事関連三法に対して、それぞれの立場からの御意見を拝聴させていただきました。感謝申し上げたいと思います。
 賛成論、反対論、大変鋭い対立があったとお聞きをいたしました。私は、万々が一にも我が国領域に対する外国からの武力攻撃などがあっては断じてならない。とりわけ、新潟は原発のたくさん立地しているところであります。それは断じてならない。
 国の政治の上で、国と国民の平和と安全を守ることは何よりも大事だ、これは七人の皆さんに共通する基本だったと思いますし、私は日本国民全員の思いだと思います。私もその一人であります。
 なぜ、しかし共通する思いの上に立って、こんなにもこの法案に対する意見が分裂するのか。私は、二つあるんじゃないかと思います。一つは、二十一世紀冒頭における今日の日本とアジア、世界の国際情勢をどう見るか、この認識論の問題だと思うんです。この法案あるいは有事法制が抑止力になるのではないか、それを期待するという御意見もありましたが、これも、こういう世界と日本をどう見るかという認識の上に立っての御意見かと思うんです。
 もう一つは、この法律をどう読み込んでいくかという問題についての認識の違いではないか。筒井委員からも御指摘がありました。この有事法制が、国内有事、我が国の領域、領土、領空、領海に対する外国からの攻撃に対する法案だけであるのか。それとも、私、日本共産党でありますが、私自身国会でも質問をいたしましたが、海外での武力攻撃、海外で行動をする自衛艦や自衛隊の航空機等に対する外国からの攻撃。今、日本の法制、三つ持っております。テロ特措法、周辺事態法、そしてPKO協力法でありますが、今、現にインド洋には日本の自衛艦が出ていって、戦争をやっている米軍に給油などして、現に行動をしているわけです。ああいうところに万々が一にも相手国から爆弾が投下されるような事態があったときに、この法律が動き出すのかどうなのか。いわゆる海外での有事、海外での武力行使を容認する法律になっているのかどうなのか。この法律の読み方の違いがやはり基本にあるんではないかと思えてなりません。
 私に与えられた時間はほとんどもうなくなってきましたので、実は私、最初、国会で質問した、「我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。」、この「我が国」という概念は何かということを福田官房長官に質問いたしました。日本の領土、領空、領海だけなのか、海外に出ていって行動している自衛艦船に対する攻撃なども我が国に対する攻撃になるのかと質問をいたしました。それは、本当に大事な問題だと感じたからでありました。福田官房長官は明快に答弁をいたしました。海外に出ていっている自衛艦船に対する組織的、計画的な攻撃も我が国に対する攻撃になるんだと、明確に答弁をされているわけでございます。
 そこで、先ほど森岡委員から我が党のチラシに関する質問も出されておりましたので、ほうっておくわけにいきませんので、鈴木陳述者にお伺いをいたします。
 陳述者は先ほど来、この法律が海外での我が国の武力の行使を想定している法律かどうかについて質問をされ、そうじゃないだろうという答弁もされました。しかし、現実には国会でこんな論議もあるわけでございます。
 それで、二つ質問します。この法律をどう読み込んでいるのかということ、そしてもう一つは、我が国領域への海外からの、外国からの武力行使について、三人の反対の先生方はリアリティーがないとおっしゃいました。どんなリアリティーを考えているのか、簡潔なお考えをお聞きしたいと思います。

鈴木廣君 私、トイレへ行っておりまして、拝聴しておりませんでした。どなたかほかの方にしてもらってください。

木島委員 それでは、残念ですが。
 要するに、海外から我が国の領土、領空、領域に対する武力攻撃があるのかないのか、どう見るのか。この法案に反対する三人の先生方は、そんなリアリティーがないではないか、むしろ逆に、この法律をつくることこそが外国からの我が国への武力攻撃を開いてしまうんではないか、そういう論を立てられました。
 それで、鈴木陳述者から、日本の国内に対する外国からの攻撃を受けるリアリティー、現実性があるのか、その辺をどう考えているのか、御質問をしたいわけです。

鈴木廣君 まあ、万々が一ということでありますね。それから、先ほどどなたかがおっしゃいましたが、いつどこの国が攻めてくるのか、それがわかっていればもう大変な話ですな、そういう事態になってしまっていたら。まあ、そういうことです。

木島委員 わかりました。ありがとうございました。
 佐々木寛先生と藤尾彰先生に一言お聞きいたします。
 両先生は、逆にそのリアリティーはない、この法律をつくり出すことが逆に緊張感を生み出し、安全に対する懸念をつくり出すのではないかとおっしゃられました。その辺の考えの背景、現実認識、その辺をもうちょっと詳しくお考えをお聞かせいただけたら幸いでございます。

佐々木寛君 簡潔に申し上げます。
 今お聞きになられたように、国際情勢をどう見るかということと、この法律をどう読むかということは、非常に密接にかかわっていると思います。
 その際に、国際情勢の問題をずっと私の意見陳述では述べていたわけですけれども、実際私は、海外のメディアをいろいろ見たところ、今回の法案が非常に危機感をもって迎えられているということ、それは一々例を挙げることはできないんですけれども、これは事実として、今回の法案が提出されたという時点で、かなり危機感を与えているということは指摘しておきたいと思います。
 それともう一つは、今回の法案が、これは意見陳述でも述べたんですけれども、テロ特措法あるいはPKO協力法それから周辺事態法とセットになって周辺諸国は見ているんだということ、これは、実際そういうつもりはなかったとしても、政治的な結果としてそう見られているということが非常に重要な事実だというふうに思います。
 以上です。

米田座長 藤尾彰君。
 なお、質疑時間が既に終了いたしておりますので、簡潔明瞭にお願いをいたします。

藤尾彰君 日本国憲法の前文は、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と。ということは、日本国としても信頼されるに値する国民にならなければならない、これが憲法の要請している基本的な課題ではないかと思っております。
 それで、そういう努力を不断に尽くすことによってのみ、日本の平和と安全は全うできるんじゃないか。ところが、もし政府がこうした努力を十分に尽くすことなく、もう有事法制も整備したんだから今は後顧の憂いがない、こういう考え方になって軍事力信仰に取りつかれる、あるいは靖国参拝をしてそれが批判されると、私の信念だと言って国会で胸を張る、こういう周辺諸国の人々の神経を逆なでするようなこと、こういうことが、むしろ戦争を近づける危険を持っているんじゃないか。
 そういう点で、有事法制を推進している人々は、万が一この有事法制をつくったがゆえに戦争に巻き込まれたというふうなことも起こり得る、そういうことについてやはり推進している方々は、くれぐれもそのことに十分自覚を持ってほしいというふうに考えております。

米田座長 これにて木島君の質疑は終了いたしました。
 次に、山口わか子君。

山口(わ)委員 社会民主党の山口わか子でございます。
 陳述人の皆様には、先ほどから長時間にわたって御意見を聞かせていただき、本当に感謝を申し上げます。私が最後になります。よろしくお願いいたします。
 先ほどから聞かせていただきまして、本当にいろいろな御意見があるということをきょうここで実感させていただきました。特に、小野坂先生には、本当にこの有事法制というのが憲法を超えてしまう、憲法を否定してしまう、こうした法案であるということを実に御丁寧に御説明をいただきまして、感謝を申し上げます。
 先ほどからお伺いしまして、まず一つは、外部から攻撃をしてくる、いつ攻撃してくるかわからないということが盛んに言われていたわけですが、なぜ攻撃してくるのか、どこから攻撃してくるのか、その辺が全くわからないままに、どこからか攻撃してくるかわからないということを理由に有事法制をつくってしまうということは、私は非常に危険だというふうに思っています。
 例えば、私たちは、この国を世界の国々と一緒に友好で平和で安全な国にするためには、何が一番大事なのか。戦争をすることが大事なのか、それともほかに海外の人々と仲よくする方法がないのかということが全くきょうは聞かれなかったということを非常に私は残念に思います。
 有事というのは、戦争のできる国にすること以外にありません。これは、災害でもなければ地震でもないわけです。そういうことを考えてきますと、私たちは今までに戦争の経験を持った国ですが、戦争というのがどんなことになるかということは私たちはもう経験済みです。つまり、戦争は人殺し以外の何物でもありません。
 終戦のときに、私も小学校でしたけれども、何十万の人がこの戦争で命を失いました。軍事や軍属に属している皆さんは補償がございましたけれども、女性や子供やお年寄りは何の補償もなく、これは受忍するべきだということで、死んだ補償は一つもありませんでした。
 今、沖縄では、米軍の基地が存在しています。戦争という状態ではありませんけれども、でも沖縄は今でも戦争状態だと言っても過言ではありません。今までにこの沖縄の基地で米軍から起こされた事件は約五千件にも上ります。そのうち、凶悪犯が五百二十七件。こういう状況の中で、沖縄の皆様は決して平穏ではいられないわけです。戦争が仮にないとしても、既に戦争状態で大変な不安の中で暮らしています。
 ですが、もし、日本がこの有事法制を成立させて、日本が戦争状態になったとしたら、一体どこが真っ先に巻き込まれるのでしょう。それは沖縄であり、私は新潟であると思います。新潟には基地もございます。原子力発電所もございます。一番ねらわれやすい場所にございます。
 そういう意味で、私たちが今一番大切に考えなきゃいけないのは、有事法制をつくることではなくて、どういうふうにしてこの有事ということを予防する、つまりなくすことではないかというふうに思っていますが、その辺について、もう少し御意見をいただきたいというふうに思います。
 それともう一つは、この有事法制の持つ危険性の一つに、例えば日本の戦争状態への突入を決めたり国民の動員体制を決める重大な決定は、国会の審議なしにごく少数の閣僚で決められることになり、これは民主主義の破壊であると私は思います。
 それからもう一つは、地方自治体の命運にかかる事柄が、まともに自治体の意思を問うことなく決定されて、自治体はそれに強制的に従うことが命ぜられます。これは、今回の法案でもはっきりしています。
 きょうは、地方自治体を担う多くの皆様の意見が述べられておりますけれども、本当に新潟の県民にどう安全で安心できる自治体にしていくかという大変重要な責任と任務があると私は思っていますが、この有事ということに対して全く無関係ではいられないというふうに思っています。
 そういった意味で、小野坂先生と藤尾先生に御意見をいただきたいと思います。

小野坂弘君 北朝鮮は海軍を持っていませんし大型輸送機も持っていませんから、北朝鮮が部隊をつくって日本を攻めてくるなんということは全く考えられないことだと思うんですね。それで、一番あり得ることは、米軍の軍事行動に日本が巻き添えになって攻撃を受けるということが、これはあり得ると思うんですね。その一番あり得る話を前提にした法律をつくらないで、それを後回しにして、そして今回、この法律をつくろうと提案されているわけですね。
 仮に万々が一、この法律ができたとしても、これを実施するための具体的な個別の立法がない限りは、これは実行できない、大枠の大枠ですから。それを実行するためには個別の法律をつくらなきゃいけないと思うんですね。ですから、仮にこの法律が成立したからといって、有事に対する対応がそれでできるというふうには私は思いません。
 したがって、意見の陳述でも申し上げましたけれども、要するに、米軍支援法あるいは国民保護法の内容と一緒にもっと細かいところまでしっかり詰めた案を出して、それでしっかりと総論、各論の議論をするというふうにやらない限りは、話は進まないんじゃないかというふうに思っているわけです。
 それで、特にバブルの崩壊以後、日本の社会、国家の目標、一体どういう社会、どういう国にしたらいいのかというところが非常にはっきりしない。それで、国民は非常に不安になっているわけでありまして、その近未来における日本社会あるいは日本国家を、特にアジア諸国においてどういうような位置づけで考えるのかということをまず最初に示していただいて、そして議論する必要があるんじゃないかというふうに私は考えております。
 以上です。

藤尾彰君 有事を起こさないようにするためにはどうしたらいいかというお話だったと思いますが、やはりこの問題は、世界の国々、特にアジアの国々と平和友好の関係を、政府レベルはもちろんのこと、民間レベルというんでしょうか、民衆のレベルというんでしょうか、そういうところでも深めていく。そして、お互いに尊敬し合い信頼できるという、そういう関係をつくり上げていくことこそが有事を引き起こさないようにする最大の保障じゃないかというように僕自身は考えております。
 あと、何かありましたですか。いいでしょうか。

山口(わ)委員 ありがとうございました。
 もう時間がありませんので、最後に佐々木寛先生にお伺いしたいと思いますが、今、武力攻撃事態に際してのいろいろな問題が非常に出ていますけれども、私たちが一番心配になるのは、どんなときにどんな状況になるかということが国民に全く知らされないのではないかという心配があるわけです。戦争への動員に際して、例えば反対運動やマスコミの規制を図ろうとする危険性というのが非常に強いのではないかというふうに思うわけです。
 今でも盛んにいろいろなところで事件が起きていますけれども、仮に、私たちが何か反対運動をしたときに、あの人はどういう人だろうとかいろいろな個人のことを調べ上げる、そして別の理由でその個人攻撃をするようなことも心配されるわけです。
 ですから、こういう反対運動やマスコミに対しての規制を図ろうとするようなこの有事法制に対して、やはりどういうふうにお考えになるか、お聞かせいただきたいと思います。

米田座長 佐々木寛君。
 なお、既に質疑時間は終了しておりますので、簡潔に願います。

佐々木寛君 はい、わかりました。
 意見陳述でも述べたのですけれども、例外状況とか万一という話が、もちろんそれについて考えることは重要だと思います。しかし、それが平時の論理を凌駕して押し殺してしまうというのが二十世紀の経験なんですね。私は、それを全体主義の問題だと思います。これは全体主義が独自に持っているメカニズムだと思います。
 そういった意味では、個人情報保護法案も含めて、社会全体が期せずしてそういう全体主義的な方向に行っているんじゃないか。これは私の主観のみならず、多くのアジアの近隣諸国がそのように見詰めているというふうに思います。
 最後に、座長にちょっとお願いしたいのですけれども、このような公聴会でお話しさせていただいて、この公聴会が法案成立のための、行け行けどんどんといいますか、そういうものの儀式になってはいけないというふうに私は考えますので、それを最後にお願いして、答弁を終わらせていただきたいと思います。

山口(わ)委員 どうもありがとうございました。

米田座長 ありがとうございます。
 これにて山口君の質疑は終了いたしました。
 以上で委員からの質疑は終了いたしました。

吉田(六)議員 座長、委員外で一言。地元参加の発言をお許しいただけるかどうか、お諮りをいただきたいと思います。

米田座長 恐縮ですが、理事会の決定事項でございまして、御発言は御遠慮願うことになっております。よろしいですか。

吉田(六)議員 結構です。ありがとうございました。

米田座長 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 意見陳述者の方々におかれましては、長時間にわたりまして貴重な御意見をお述べいただき、まことにありがとうございました。
 本日拝聴させていただいた御意見は、当委員会の審査に資するところ極めて大なるものがあると存じます。ここに厚く御礼を申し上げたいと思います。
 また、この会議の開催のため格段の御努力をいただいた、また御協力も賜った御関係各位に心から感謝を申し上げ、御礼を申し上げたいと思います。まことにありがとうございました。
 それでは、これにて散会いたします。
    午後三時四十二分散会


2002/06/7

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