2000年2月 江田五月インタビュー

戻るホーム司法制度目次


司法の現状、司法改革のあり方、審議会への要望
市民の意見を十分聞いた審議を

聞き手・月刊「司法改革」編集部


敷居の高い日本の司法

――司法制度改革が論じられるということについては、当然、司法の現状についてどう評価するかということが前提にあるかと思います。今の司法の現状について、どのような感想をお持ちでしょうか。

江田 司法の現状で、一番の問題は、あまりにも敷居が高いことです。普通の市民にとって、まず法律上の紛争は身近によく起こっていますが、これを弁護士に相談すべきかすべきでないかから、もうわからない。弁護士のところに行ったら、どのくらい金を取られるかわからない。訴訟にするといっても、裁判にして、果たして本当に解決してもらえるのかどうかさっぱりわからないという、敷居の高さ、利用のしにくさということかあると思うのです。

 これは経済界でも最近ずいぶん言われています。いまの日本の経済活動というのは、世界に網の目を張ってやっているわけです。そうすると。国際紛争などもいろいろと起きる。これはどこかの裁判所で解決しなければならないが、日本の裁判所が一番解決を得にくいくということがよく言われる。そんなことも改めないといけないと思います。

 また、刑事のほうでも、やはり裁判所に自分の言いたいことを十分に聞いてもらったというような実感を、被告人が持てていないのではないか、あるいは、被疑者段階で、憲法上保障されたいろいろな権利が本当に守られているのか、などの問題があると思います。

 司法に普通の市民がいろいろとものを言うと、「いや、それはこうで、ああで」と理屈をこねられて、結局、市民の声は届かない。確かに、言われれば「なるほど、そうかな」と納得する。しかし、どうも胸にストンと落ちないものがある。それは、やっぱり司法の世界がギルドになっている、時代遅れのものになっているということだと思います。

――敷居が高い要因にはいろいろあるかと思いますが、お金がかかるという意識も、国民の中にはずいぶんあるのではないかと思います。その点については何かお感じになっていることはありますか。

江田 法律家の専門知識や経験を活用して、紛争を解決してもらう。そういう知的労働に対して対価を払わなければならないという意識は大切で、それは当然そうだと思います。したがって、弁護士にものを頼むときに、安ければ安いほどいいということではない。そこは一般の人々の中に、まだ十分理解いただけていない部分かなという気はします。それにしても、少額訴訟を引き受ける弁護士が非常に少ない。

 それはなぜかというと、「これで訴訟を起こして50万円まるまるもらっても、私に20万円は払わないといけない」と言われる。他にあれこれ、日当などを入れたら、20万円を超えることもあると聞きます。そういうことで、市民から見ると、弁護士に頼んだらいくら取られるかわからないという感じがあるのではないでしょうか。

 さらに、これは、別の話とも絡むわけですが、弁護士さんだけが法廷に出ていって、当事者の代理人として活動できるということでいいのかという問題もあります。いまの少額訴訟のことだったら、たとえば、司法書士さんにお願いをすればもっと安くやってもらえるという道は、現実論としてはあります。

――先ほどギルドという言葉が出ましたが、ギルド的ということて言えば、私の印象でも、閉鎖的な部分がいまの裁判所に多々あるのではないかと思うのです。先生は前に裁判官でいらっしゃったご経験をお持ちですが、感想をお聞かせください。

江田 世界の裁判所のやり方を見ると、キャリアシステムでやっているところ、それから法曹一元で弁護士からの登用でやっているところと、2つの制度があって、それはいずれもそういう制度としてずっと運営されてきているということだというのですが、どうも日本のキャリアシステムは、かなり制度疲労を起こしてしまったという感じが強いのです。

 私が裁判官に任官したのは1968年ですが、裁判官に対する最高裁からのいろいろな形の統制が始まったのは、翌69年からだったのではないでしょうか。再任拒否や任官拒否から始まって、細かな規制から、だんだん裁判官の自由度というものが失われた。行動の自由度が失われると、思考の自由度も失われると思います。

 最近、京都の裁判官が民事の判決の中で、「タクシー乗務員は雲助まがいのものも多い」、とし「それは公知の事実だ」と言った。公知の事実というのは証明を要しない。つまり裁判官が「これは世の中の常識だ」と自分で思っている。そこが問題なのです。それだけ、本当の世の中の常識と、裁判官が「これが世の中の常識だ」と思うこととがずれてしまっている。雲助問題は小さなことと言えば小さなことですが、やっぱり一事が万事だという気がします。キャリアシステムの中でもうまくいっている国が世界にもたくさんあるのだと思いますが、どうも日本のそれはうまく動かなくなっていると思います。ですから、このキャリアシステムの枠の中で改善するというのではもうだめなのではないかという気がするのです。とくに日本の司法はキャリアシステムをとっている国の法体系で全部ができているわけではない、たとえは、刑事訴訟法などは違うわけです。

――刑訴法は、法曹一元制をとっている英米法からで、当事者主義を採っていますね。

江田 ですから、やはりキャリアシステムにメスを入れて、私は法曹一元に真剣に取り組まないといけないと思います。臨司(臨時司法制定調査会)以来、条件整備を全然やってこなかったわけですから。

法曹一元実現の条件

――司法のどこを解決すべきかという改革案のほうに移っていきたいと思います。先生としては、法曹一元を実現するためにどういう条件整備が必要とお考えでしょうか。

江田 条件整備の一番大きなことは、やっぱり弁護土を拡充する。弁護士ではない方からも任官することはありうると思うのですが、基本は弁護士からです。弁護士として、たとえば10年経験を積んで、その中でいろいろな世の中のことも自分でよく理解をして、しかも法曹の中だけではなく、市民の中で人望を得て、そういう人が押し上げられて裁判官になっていく。そういうことができて、はじめて法曹一元というものができる。

 まずは弁護土の数を大幅に増やす。今やっと、司法修習生が今年で1000人合格ですから、1500人とか2000人にはしなければならないのではないかと思います。その一方で、今度は弁護士が増えたら粗製濫造で、たちの悪い弁護士がいっぱいできるという心配もないとは言えません。では、今、質のいい弁護士ばかりなのかと言うと、これも必ずしもそうとも言えない。増えることによって競争ができて、そして弁護士が切磋啄磨しながら、よりよい司法サービスを市民に提供するようになるということも言えるわけです。ですから私は、やはり数を増やしていく以外にないと思います。

 そして、そういう中からどういうふうにして任官者を選んでいくか。これはだれでも任官したい人にやってもらうというわけにもいきませんし、まして、自分は弁護士としてとても向いていないから裁判官にでもなりたいという、「でもしか」裁判官ではだめです。そうするとその中で、弁護士の中から、この人はという人を選んでいく、抽出していく、そういうシステムを作らないといけない。たとえば、推薦委員会のようなものでしょうか。そこへ法曹の大先輩や市民の代表に入って選んでもらうのです。

 弁護士会は、独立して、自分て懲戒権まで持ちながらやっているわけですから、任官者を推薦する義務を負うぐらいまで持っていかなければならないのではないでしょうか。そうして、弁護士の数が飛躍的に増えて、いろいろな人が出てくるという状態になって、これで条件が整う。

司法を自分たちのものに

――司法制度改革審議会の論点整理の中の大きな項目として、「国民の司法参加」ということが挙がっていて、陪審制、参審制等も検討課題になるということですが、この点については先生はどうお考えですか。

江田 戦後、世の中が一番変わったのは民主主義になったということです。民主主義というのは国民が主人公です。有権者が主人公です。それは国会だけではなく、行政もそうです。行政というのは公務員試験に通った皆さんで運営されるわけですが、試験で通った皆さんに国民が自分の運命を委ねるのではなくて、選挙で自分たちが選んだ人に自分の運命を委ねる。そのためには、行政に対して国会というものがもう少し的確な、効果的なコントロールができないといけない。これが、今、行政改革などで課題になっているところです。

 同じように、司法についても、司法試験に通った人に運命を委ねるのではなくて、国民が主人公です。これをもうちょっと強めてもいいのではないか。いまは最終的に最高裁の判事については、国民審査や弾劾の制度がありますが、いずれも実感としては国民が自分たちが司法についてもコントロールしている実感を持つようにはなっていませんね。

 私は、やはり、だれかに裁いていただくというのではなくて、お互いに主権者が自らの仲間内で裁くのだという哲学を、ちゃんと確立しないといけないと思うのです。それが陪審の制度です、しかし、何もかもすべてを陪審でやれといっているのてはありません。たとえば、刑事の重罪被告人が争そっている場合で、被告人が選ぶ場合に、陪審をやろうということにすると、そんなに多くはならないはずです。ですから、十分陪審というのはやれるし、そこが、いわば核になって、司法というものが自分たちのものなのだという意識が出てくるので、これは大切なことです。

弁護士制度改革の課題

――もう一つ、冒頭に弁護士の側にも問題があるというお話があったのですが、弁護士制度について、いろいろと課題が挙げられているようです。その点については、先生のお考えは何かございますでしょうか。人口については、隣接職種の問題なども含めて、お考えをお聞かせいただきたいと思います。

江田 弁護士のみなさんは、大変熱心にやっておられるし、奉仕の精神でやっておられる方々が非常に多いことは、私もよくわかっていますが、やはり、国民から見て非常こ敷居が高いというのは事実だと思います。決しで弁護士というのは偉いわけではない。国民、市民に市民サービスを提供するという仕事を選んだわけで、それは市民に対して奉仕をするということですから、その原点を忘れないようにする。したがって、人数がたくさん増えたら、自分の仕事がどうなるのかなどというところから発想するのではなくて、全体として制度がよりよくなるようにする。よい制度のもとで自分の競争条件が厳しくなれば、それはそれで努力をするということは、覚悟をしていただかなければならないと思います。

 それから、隣接職種の問題については、司法書士にしても税理士にしても、弁理士にしても、いま、求められている領域拡大というのは、当然だという気がします。ただ、そうやって拡大するときに、弁護士会がやっている自己規律をどのようにこの皆さんにも保っていただくかというのは、1つの課題だと思います。

今後の課題として

――他に、司法制度改革審常会の論点整理で挙がっている項目も含めて、先生が重要な課題と考えておられる部分は何かございますか。

江田 議論を進めていけば、次々といろいろな解決しなければならない課題が出てきますが、とりあえず、私は、法曹一元と陪・参審。この2つが今の司法を作り変え、そこから日本の民主主義といいますか、この国のかたちをパージョンアップさせる、一番の戦略課題になると思うのです。

 その他に、司法制度改革審議会会長宛に、私どもはいくつか、提案をしています。1つは家庭裁判所です。今、少年の問題が大きな課題になっていますが、少年法改正の話ではなくて、少年審判とそれを取り巻く社会的環境がずいぶん干からびてしまったのではないかという気がしています。

 私が少年審判をやっていた当時は、みな少年審判をやるのに、本当に情熱を持ってやっていました。ところが、最近、裁判官はとくに、家裁にいる間が大過なく過ぎればいいという感じで、自信がない。自信がないから、自分で事実認定ができない、自分で処遇を選択できない、「検察官、ちょっと意見を聞かせてよ」となる、などという話を聞きます。

 それから、もう1つは社会的なバックアップ体制です。保護委託先なとがずいぶん干からぴているということを痛感します。そういうものを、もっともっとみずみずしく社会の中に大いに根付かせ、花を開かせることによって、少年の矯正というものを考えていかないといけない。これは司法改革ではずせない論点だと思うのです。

 それから、とくにこれから成年後見などが始まりますと、家事の面でも、家裁を中心にした、社会的ないろいろなインフラが必要です。家裁のことが今度の司法制度改革では抜けています。これはいずれ、どこかでやらないといけない課題だと思うので、問題提起しました。

 その他に、たとえば証拠開示のあり方、それから犯罪被害者法制、それから、裁判所のジェンダー・バランス。最高裁が60代後半の男ばかりというのは、全体として、ちょっとグロテスクなのではないかという気がします。

――確かに海外などに行くと、最高裁判事などにも女性の方が入っていらっしやることが多いですね。

江田 歴代1人、女性の最高裁判事がおられたのですが、今、またいなくなりました。

 そのほかには、障害者の司法アクセス、それから外国人の司法アクセス。その6点を、会長に申し入れしました。

 今回はおそらく日本の司法の歴史の中でももっとも重要な論議だと思います。しかし司法改革は、これで終わりではなく、これからも引き続き取り組んでいかなければならない課題だと思います。

審議会に望むこと

――司法制度改革審議会のあり方なとについてのご意見がございましたら、お願いします。

江田 大変熱心にやっていただいているという意気込みは感じており、いいことだと思います。ただ、これはこの国のかたちをどのように変えていくかということですから、やはり国民、市民の意見をもっともっと聞いてほしい。一般に市民の意見というのは、法律の専門家ではない方々が自分の体験をもとにしいろいろなことをおっしゃる。この人たちはきちんと自分の思いを体系化して、専門家の用語を用いて言うことはできないかもしれなし。しかし、一生懸命何か言おうとしている方々がいっぱいいます。そういう人たちが何を言おうとしているかということは、やっぱりちょっと落ち着いて、その目線に立って聞かないと、聞こえない。そのためには、ある程度の時間もかかります。手続きも必要です。

 審議会は、論点整理までの間、急スピードでやってこられましたが、十分に市民の意見を聞いたのかなという危惧を持ちます。これからも審議のプロセスに、もっともっと市民の声を反映できるようにする。「インターネットでやっています」ということはいいことですが、それだけでは足りない。公聴会をやることも大切ですが、もっとやることがあると思います。

 市民が、その人自身が抱えている個別の問題を司法制度改革審議会が解決してくれというのは無理です。しかし、自分がこんな問題を抱えながら、司法についてこんなことを思っていて、それを聞いてもらえたというぐらいのことは、やっぱりやらないといけないと思います。

司法改革における政治の役割

――いずれにしても、司法制度改革審議会の結論が出たら、それを受けて、具体的な制度改革につないでいくのは、国会の役割ではないかと思います。ただし、司法の問題というのは確かに微妙なバランスがあって、難しい部分がいままであったとは思うのですが。

江田 私自身は司法は司法の中で自己改革をしてしていかないと、外からの圧力て変えるとゆがむことがあるので、注意しなければならないというのが持論です。しかし、今司法の世界の中だけではなかなかうまく変えられないところまできてしまっていますから、そのときに役割を果たさなければならないのは政治です。

 司法制度改革審議会が結論を出した後、その結論を実現するために立法が必要な部分、これはもちろん国会がやります。しかし、それだけではなくて、やはり国会が国民の代表として、森羅万象を取り扱う政治という場で、司法についてもいろいろなグランドデザインを描きながら、いろいろな刺激を与えていく必要がある。

 衆・参の法務委員会に、参議院はこれからですが、小委員会を作るというのもそういう趣旨ですし、国会の中だけではなくて、政党も、また政党独自の民意の吸い上げ方をしていますから、その民意も審議会の議論の中に組み入れていく。上手に英知を働かせて審議会の審議の中に組み入れていくような方法を見つけていきたいと思っています。

――いま、民主党しては、どういう体制を組んでおられるのでしょうか。

江田 民主党は今度の鳩山体制になって、ネクスト・キャビネットというものを作りました。代表、政審会長などのほか、12人のネクスト大臣を作って、民主党の政策をネクスト大臣が責任を持って運用していこうとしています。私は、その司法ネクスト大臣になりました。大臣のもとに司法ネクスト部門会議というものがあって、ここに法務部会というものがあります。そのもとに、司法制度改革プロジェクトチームというものを作りました。その中に3つほどのグループを作っています。これはだいたい司法制度改革審議会などの論点とほぼ重ねて、国民の司法アクセス、法曹養成、法曹人口、それから法曹一元、陪・参審といったテーマに分けて、責任者を決めてやっていこうという形にしています。

――そうすると、今後グループでの審議をかなり進めていかれるという予定でいらっしゃるわけですね。

江田 その司法制度改革のプロジェクトチームの外にも、本当は中に入れてもいいのですが、たとえば犯罪被害者救済プロジェクトチーム、それから倒産法制プロジェクトチーム、少年法プロジェクトチームも置いています。

――自民党のほうも同じように司法制度調査会を作って、かなり活発に動き出しているようてす。各政党で、それぞれ活発なご議論をいただいて、いろいろな国民各層の意見が反映できるようにしていただければと思っています。

江田 そうてすね。われわれは、市民の不満をどう解決し、市民の不満をどう解決していくのかということに力点を置きながら、これからやっていきたいと思っています。

――本日は、ありがとうございました。

えだ・きつき
参議院議員。民主党所属。
1968年に司法修習20期修了。同年から、地裁判事補を9年余務め、その後、弁護士。実務も経験。
1977年、父・江田三郎氏(元社会党書記長)の死をきっかけに政界入りを決意し、参議院議員となる。以後、参議院1期、衆議院4期。現在は、1998年以来参議院2期目。
1999年10月から、民主党のネクストキャビネットで司法ネクスト大臣を務めている。

月刊「司法改革」2月号掲載


2000年2月

戻るホーム司法制度目次