2001/03/09

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福岡地方検察庁前次席検事による捜査情報漏えい問題調査結果

法 務 省


目 次

第1  調査事項
第2  調査の経過
第3  調査結果の公表に当たっての留意点
第4  調査結果








 本件捜査情報告知の範囲
 捜査情報告知の目的
 被害者の意向等の不確認
 本件捜査情報告知の結果
 記者会見における問題点
 裁判所との関係
 守秘義務違反(国家公務員法100条1項違反)の存否
 信用失墜行為(国家公務員法99条違反)等の存否
 上司の責任
第5  総括(問題の所在と改善策)


 調査事項
 福岡地検山下永壽前次席検事による捜査情報漏えい問題

 本件は,山下永壽前次席検事(以下「山下次席」という。)が,平成12年12月28日,脅迫事件の被疑者古川園子(以下「園子」という。)の夫である福岡高裁古川龍一判事(以下「古川判事」という。)に対し,同事件の捜査情報を漏えいしたとされる問題である。

 調査の経過
 本件は,平成13年2月2日の新聞報道によって発覚し,最高検において,同月5日,総務部長を長とする調査チームを設置した上,本件の事実関係を明らかにするための調査を行ってきた。他方,同月15日,山下次席に対する国家公務員法違反による告発を福岡地検が受理し,同月16日,福岡地裁職員が前記脅迫事件等に関する警察の令状請求に係る一件書類の写しを古川判事が勤務する福岡高裁事務局長に交付するなどしていた件で同職員に対する同法違反による告発を最高検が受理し,さらに,本月2日,福岡県警において所要の捜査を行った山下次席に対する同法違反等による告発事件,古川判事に対する証拠隠滅による告発事件及び福岡地裁職員に対する国家公務員法違反による告発事件の送付を福岡地検が受理し,いずれの事件についても,最高検総務部長を長とする調査・捜査チーム(検事9名,検察事務官15名,他に応援者として福岡高検検事及び検察事務官各3名)において捜査を進めてきた。したがって,本件については,同一又は関連する事実につき,調査と捜査が並行して行われてきたものである。

 調査結果の公表に当たっての留意点
 本件は,その発覚後,連日にわたり,報道や国会等において取り上げられ,山下次席の行為について,厳しい批判が寄せられてきた。批判の中で最も多かったのは,<1>山下次席は判事の妻を特別扱いして事件をつぶすために本件に及んだのではないか,というものであるが,批判は,検察や司法全体の在り方にも及び,<2>厳正公平であるべき検察権の行使がゆがめられている,<3>検事と裁判官は仲間意識があり癒着している,<4>被害者の立場を無視している,といった厳しい批判がなされた。また,山下次席が,本件の発覚直後に行った記者会見において,「今もその判断には誤りはなかったと考えております。」と述べて自己の非を認めなかった点についても,<5>検察は市民感覚からかけ離れており独善的だ,<6>特権意識丸出しだ,といった強い批判が寄せられた。
 こうした批判からも明らかなように,本件は,独り山下次席個人の問題ではなく,検察及び司法全体の在り方が問われており,本件が永年にわたって築きあげてきた検察及び司法の公平性への信頼を深く傷つけたことは,極めて遺憾である。
 本調査は,その主要な部分が刑事事件の捜査と重なっているため,調査結果の公表に当たっては,特に脅迫等事件関係者のプライバシーや捜査公判への影響に配慮しなければならないが,本件が検察や司法全体の在り方に対して強い疑念を生じさせている以上,可能な限り広く結果を公表するのでなければ到底国民の信頼を回復することはできない。
 そこで,以下,本件に対する国民の疑念の一つ一つに答える形で,調査の結果を明らかにしていくこととする。

  調査結果
  本件捜査情報告知の範囲
◎どのような情報を漏らしていたのか?
◎平成13年1月に入ってからも情報を漏らしていたのではないか?
(1)  平成12年12月28日の捜査情報告知の状況
 同日午前中,山下次席は,古川判事を福岡地検次席検事室に呼び出し,本件脅迫事件の捜査情報の一部を告知するとともに,知人の弁護士(以下「弁護士」という。)を紹介した。
 この間の山下次席と古川判事との面談時間は,数十分間であった。
 山下次席が古川判事に告知した捜査情報は
<1>  園子が携帯電話によるストーカー事案等で告訴されており確実な証拠があること
<2>  事案の概要については,平成12年9月から,被害者に対する電話やメールが数百回に及んでおり,そのほか,被害者の夫の勤務先にも数千回電話をかけていること
<3>  犯行の背景は男女間の特異な関係のもつれであること
<4>  被害者夫妻の氏名・住所・勤務先電話番号等
<5>  園子と被害女性の共通の交際相手の氏名・住所等
<6>  犯行に使用された3台のプリペイド式携帯電話の番号
であり,いずれも口頭で告知した。
(2)  平成12年12月29日以降の捜査情報告知
 山下次席は,同日以降,古川判事とは連絡をとっていないが,弁護士に対しては,
<1>  警察が園子を尾行し携帯電話をかけ続ける姿を目撃している
<2>  同月28日午前中を最後に脅迫電話がやんでいる
<3>  園子の取調べは,検事が警察よりも先に行うという話もあったが,結局,警察が平成13年1月24日に行うことになった
旨の情報を告知した。
(3)  古川判事側に告知された上記以外の情報の有無
 山下次席から古川判事側に告知された捜査情報は,上記(1),(2)以外には認められない。
<1>  新聞等で,園子・古川判事方から押収したメモに,捜査員が平成12年12月30日や同13年1月中旬に,被害女性への中傷ビラ関連捜査のため,被害女性の子供が通っている小学校を訪れたことや,被害女性宅の玄関ドアの鍵穴に接着剤が注入された事件の捜査状況など,捜査上秘密にしていた事実が記されていたなどと報道されているが,そのような記載のあるメモは存在せず,このような捜査情報が漏えいされたという事実も認められない。
<2>  古川判事が作成したメモには,「警察が園子を犯人と断定した根拠(推定)」として,(ア)かねて被害女性方へのいたずら電話につき園子が疑われていたこと,(イ)園子が被害女性の子供が通う小学校に行き,先生に電話番号まで聞いたことから,園子が犯人に間違いないと思われ,園子のモンタージュが作られたこと,(ウ)平成12年12月,刑事が約2週間にわたって園子の行動を観察し尾行したことなどの記載があるが,これらは,園子が交際相手の男性から聞いて知っていた事実や園子自身が体験した事実を基に古川判事が記載したものであって,いずれの事実も,山下次席から古川判事に漏えいされたものとは認められない。
<3>  園子作成の行動記録メモの平成13年1月22日の欄には,「(弁護士の)事務所に行く。警察が先に事情を聞くことを知らされる。」,「主人が先生から警察の動きについて説明を受ける。」との記載があるが,前者は,山下次席が弁護士に伝えた警察の取調予定(上記(2),<3>)が弁護士から古川判事側に伝わったもの,後者は,弁護士自身が考えた今後の捜査の見通しを古川判事が弁護士から聞いたものであって,それ以上の情報が,山下次席から古川判事や園子に伝わっていたとは認められない。
 

  捜査情報告知の目的
◎判事の妻を特別扱いし,事件をつぶすためだったのではないか?
  そのために,主任検事を交代させたのではないか?
  そのために,警察の強制捜査をやめさせたり,必要のない補充捜査をさせたのではないか?
(1)  捜査情報告知の目的(古川判事の捜査協力確保)
 山下次席は,古川判事が高裁の刑事裁判官として高度の職業倫理や刑事事件処理に関する専門的知識・経験を有することから,その協力を得ることにより,公平中立な立場から園子に事実関係を問いただし,犯行を認めさせるとともに,証拠保全の措置を講じた上,被害者に謝罪するなどの誠意ある態度を示し,示談を行うことにより,脅迫等の犯行の早期終息(被害の継続・拡大の防止),早期の証拠収集,被害者への謝罪・示談交渉による被害回復を実現した上で,被疑者に対する刑事上の適正な処分を行うことによって,早期にかつ可能な限り関係者の名誉等が害されない妥当な事件処理ができるものと考えた。そこで,古川判事をして,園子に対する説得等を行わせるべく,古川判事に事態や状況を認識させるのに必要な情報を提供することとしたものである。
 また,弁護士に対して捜査情報を告知(上記1,(2)参照)したのは,山下次席の予想に反し園子が否認していると聞き,弁護士をして,園子が犯人であることをよく理解させ,被害者への謝罪・示談等を推進してもらうためであった。
 山下次席が以上のように考えた理由は,本件脅迫事件について,
<1>  早めに防止しないと殺傷事件のような重大事件にエスカレートするおそれがあることを懸念するとともに,
<2>  強制捜査になった場合,本件は男女間の特異な関係のもつれから発生した事件である上,犯人が裁判官の妻であることからセンセーショナルに取り上げられるおそれが大きく,そうなれば,(ア)関係者の名誉が害され,多くの人に精神的打撃を与えること,(イ)裁判所のスキャンダルとして報道されるおそれがあり,裁判所ひいては司法界全体の信用にもダメージを与えかねないことを憂慮し,
そのような事態を避けるために,年末年始を控えて早急に何らかの措置を講じる必要があると考えたことによると認められる。
 なお,被害者は,年末年始に福岡にはいなかったが,山下次席は,これを知らなかった。
(2)  判事の妻に対する特別扱い
 山下次席は,上記(1)のとおり,裁判官であれば証拠隠滅等に及ぶおそれが少なく,むしろ捜査協力が得られると信じたという意味で,裁判官という肩書きが判断の大きな要素の一つであった旨述べているが,本件行為がその外形からして,検察官が同じ法曹仲間である裁判官に特別の配慮をしたものと受け止められるとともに,裁判官の公正さを疑わせることとなるおそれが明らかであったのに,これに対する配慮を欠き,極めて軽率かつ安易に本件行為に及び,その当然の結果として,検察や司法全体の公平性に対する国民の疑惑・不信を招いたものであって,極めて遺憾である。
(3)  「事件つぶし」の意図の有無
 「事件つぶし」の意図の有無については,最高検においても子細に調査した結果,山下次席に,「刑事事件の犯人をして不当に処罰を免れさせる行為」という意味での「事件つぶし」の意図があったとは認められないが,本件脅迫事件につき地検と協議しつつ地道に補充捜査を進めてきた警察の捜査担当者が,平成13年1月22日に至り,既に1か月近くも前に,古川判事に捜査情報が告知されており,しかも,その事実を自らが知らされていなかったことを知るとともに,同月24日に園子の全面的否認に直面して検察に対する強い不信感を抱き,本件を「事件つぶし」と感じたことは当然であり,山下次席の行為は,本来協力関係にある警察への理解と配慮を欠いた極めて不適切な行為であった。
<1>  警察に無断で捜査情報を告知したことについて
 本件脅迫事件は,捜査情報告知の時点においては,警察が内偵捜査中の未送致事件であったのであるから,捜査情報の告知をする場合には,事件の全体像や被害者の状況を把握している警察と協議するなどして,事前にこれを確認しておくことが不可欠であるが,山下次席は,被疑者が古川判事の妻であったことから,上記(1)のとおりの目的の下に,古川判事の捜査への協力を確保するには自ら告知を行うのが妥当であり,かつ,自らが直接面談すれば,古川判事は自分の期待どおりに園子を説得するとともに証拠物を確保するものと軽信して本件行為に及んだもので,その際,警察に対しては,事が首尾良く運んだ後に事実を伝えればよいと考えていたものと認められる。しかし,事態は,園子の否認,犯行に使われた携帯電話の廃棄など山下次席の意に反して進んだため,警察へ事実を伝えかねたまま,1か月近くが経過してしまったものである。
<2>  主任検事を替えたとされる点について
 新聞等では,「地検は事件の穏便処理を狙って,主任検事を若い女性検事からベテラン検事に替えたのではないか」旨の報道がなされているが,報道で指摘されている女性検事は,事件の相談窓口であって,主任検事ではなく,したがって,主任検事を替えたとする事実は認められない。なお,事件の内容や検察官の執務状況に応じ,相談窓口となる検事と主任検事を異にすることは,通常とられている措置である。
<3>  理由なく警察の強制捜査をやめさせたり,不必要な補充捜査をさせたとされる点について
 新聞等では,「地検は事件の穏便処理を狙った時間稼ぎのために,警察に任意捜査を迫る一方で補充捜査を指示していたのではないか」旨の報道がなされているが,本件脅迫事件は,平成12年12月26日に警察から地検に事件相談があった当初はストーカー行為等の規制等に関する法律違反事件とされていたものが,同法の構成要件に該当しない疑いがあるとの検事の指摘を受けて,急きょ脅迫事件に切り換えられたものであって,新たな視点による事件の構成が必要であったこと,プリペイド式携帯電話を使用した犯行であり直接的な証拠に乏しい事件であって補充捜査が必要と認められたこと等の事情から,年末の時点で強制捜査を行わなかったことには合理性があり,また,平成13年1月に入ってから実施された園子の犯人性の立証のための補充捜査も必要なものであって,捜査が故意に遅延させられたとみるべき状況は認められない。
 もっとも,地検からの指示がいささか統一性を欠いていた面もみられ,捜査方針や補充捜査の必要性が警察に十分伝達されていたかについては疑問がある。
 

  被害者の意向等の不確認
◎山下次席は,被害者の心情を全く考慮していなかったのではないか?
山下次席は,被害者の被害の実態や告訴にまで至った心情,犯人に対する処罰意思を確認しないまま,園子の謝罪と示談を前提とした事件処理を目指して古川判事と接触し,本件行為に及んだ事実が認められる。
 その行為は,いかにその目的が被害者への謝罪・示談による被害回復を前提とした妥当な事件処理にあったとしても,極めて軽率かつ独善的な行為と言わざるを得ず,被害者軽視との厳しい批判を免れないものである。
 

  本件捜査情報告知の結果
山下次席が情報を告知したことにより,証拠隠滅を招いたり,想定問答を用意されたりしたため,捜査に支障を来したのではないか?
(1)  古川判事の対応及び園子による証拠隠滅等
 古川判事は,捜査情報告知を受けて,上記2,(1)のとおりの山下次席の意図を理解してそのとおりに行動しようと考え,同日中に,園子と2人で弁護士の事務所へ行くため,電話で園子を呼び出したが,その際,犯行に使用されたプリペイド式携帯電話のことも口にした。その後,古川判事は,弁護士の事務所で,弁護士に事情を話すとともに,その前後に園子を追及したが,園子は犯行を否認した。
 古川判事は,園子を先に帰宅させた後,山下次席に電話で園子が否認していることなどを連絡したが,これを最後に山下次席とは連絡を取っていない。
 脅迫事件で使用されたプリペイド式携帯電話3台は,捜索においても発見されていないが,山下次席から告知を受けた内容が古川判事から園子へと伝わり,その結果,園子により上記携帯電話のうち少なくとも2台が廃棄された疑いが濃い。
 ただし,証拠隠滅に古川判事が加担した事実,山下次席が証拠隠滅を教唆した事実は認められない。
(2)  携帯電話以外の証拠隠滅の有無
 新聞等において,上記携帯電話の廃棄以外に,園子逮捕の当日に,古川判事又は園子によってパソコンのデータが消去されたかのような報道や,パソコンのハードディスクが何らかの意図で取り外されていた旨の報道がなされたが,そのような事実は認められない。
(3)  取調べ対策としての想定問答の作成
 新聞等において,園子が取調べに備えた想定問答を用意していた旨の報道がなされたところ,指摘の文書は,園子の行動等を整理して記載したものであって,想定問答のようなものではないものの,いずれにしても,山下次席の本件行為が,園子に種々弁解するための準備をさせる結果となったことは,否定できない。
 

  記者会見における問題点
◎山下次席は,記者会見で嘘を言ったのではないか?
◎記者会見における山下次席の態度は,特権意識丸出しではないか?
平成13年2月2日の朝日新聞朝刊に「次席検事,捜査情報漏えい」という記事が掲載されたことから,山下次席は,同日午前10時15分から,福岡地検内において,記者会見に臨んだ。
 記者会見において,山下次席は,古川判事に弁護士を紹介していたにもかかわらず,記者の「次席検事が弁護士を紹介した事実はないか。」との問いに対し,「そのような事実はない。弁護士については,古川判事の交友関係から選任されたんではないかと思います。」と明確に答え,また,古川判事と面談することについては検事正と事前に相談してその了承を得ていたのに,「年末で緊急やむを得ないという私の個人的な判断でそのようなことを言いました。」,「上司には事後報告をしたということです。」,「私の一存で警告しました。」旨答えるなどの虚偽の答弁をしたほか,「もちろん証拠関係等,事実の詳細については古川判事に教えておりません。」など内容において事実の隠ぺいと受け取られる不正確な答弁を行った。
 その上,山下次席は,「今もその判断には誤りはなかったと考えております。」などと述べて自己の非を認めなかったばかりか,あえてストーカー行為等の規制等に関する法律4条の警告の趣旨を援用して自己の行為を正当化するなど,その態度は極めて不適切なものであった。
 

  裁判所との関係
◎検察庁と裁判所は,脅迫事件に関して連絡を取り合っていたのではないか?
(1)  平成12年12月28日,山下次席は,福岡高裁事務局長に対し,園子の犯行の骨子と,古川判事への告知,弁護士紹介の事実を告げた。
(2)  平成13年1月31日,警察において園子の逮捕状を請求し,その発付を受けて,同日午後4時25分,園子を逮捕したが,逮捕状請求後,山下次席は高裁事務局長に,検事長は高裁長官に,それぞれ逮捕状請求の事実を通報した。
(3)  上記(1),(2)の行為は,古川判事の執務に対する影響が生ずる可能性があるなど裁判所としても把握が必要な事柄であろうと考えて通報したものである。
 

  守秘義務違反(国家公務員法100条1項違反)の存否
◎山下次席の行為は,守秘義務違反に該当するのではないか?
山下次席の本件行為は,
<1>  警察が内偵捜査中の未送致事件であったのに,被害者や警察の意向確認もせず,また,証拠隠滅防止のための特段の配慮もせずに被疑者の夫である古川判事や弁護士への捜査情報告知に及んだもので,不適切なものであったというほかなく
<2>  被害者等の人定事項並びにプリペイト式携帯電話が犯行に使用されていたこと及びその番号を伝えたことは,特に被害者の意向を確認していない点,古川判事に対し証拠隠滅防止のための必要な指示をなさず,結果的には園子のプリペイド式携帯電話の廃棄を招いた疑いが濃い点,電話番号の告知については,必ずしも事実確認や証拠保全という目的に不可欠ではない点
 において問題がある。
 しかしながら,捜査機関が,捜査の過程で関係者の協力確保,事案の解明,事件の解決等のために,関係者に一定の捜査情報を告知することは,捜査への支障や関係者の名誉の不当な侵害等の弊害が生じないよう,その目的達成のため相当な時期・範囲・手段・方法で行うことが許されるものであって,この場合には,当該情報の告知に正当な理由があることから,国家公務員法100条1項の「職務上知ることのできた秘密を漏らし」た行為には該当せず,その手段・方法等は,捜査が,刑事訴訟法等に従って,証拠収集等の目的を達成する上で効果的かつ適切と認められる方法を,具体的状況に応じた捜査関係者の臨機応変な判断に基づいて適宜に選択するものであることから,捜査機関の合理的な裁量に委ねられるものであり,その目的に違反した場合に,初めて秘密を漏らす行為との評価を受けるものと解される。
 これを本件について検討するに,
<1>  山下次席の意図は,脅迫等事件の捜査の円滑迅速な遂行と,適正妥当な処理を図るための手法として,古川判事の捜査への協力を確保することを目的としたものであって,その目的自体は是認できるものであり
<2>  本件捜査情報告知前後の捜査方針や補充捜査の実施状況にかんがみれば,「刑事事件の犯人をして不当に処罰を免れさせる行為」という意味における「事件つぶし」の意図も認められず
<3>  被害者の人定事項は謝罪や示談の推進のためには不可欠なものであり,また,電話番号の告知についても,事実確認や証拠保全という目的のために不必要とまではいえず
捜査機関としては当然行うべき配慮を欠いた著しく不適切な行為ではあるものの,捜査の目的に違反して告知したとは認められないので,結局,本件においては,正当な理由がないのに職務上知り得た秘密を漏らしたとは認められず,守秘義務違反は認められない。
 

  信用失墜行為(国家公務員法99条違反)等の存否
山下次席の行為は,検事としてあるまじき行為であって,厳しく処分されるべきではないか。
(1)  山下次席の古川判事への捜査情報の告知により,園子による被害者に対する脅迫等の行為は,速やかに停止されたものの,その思惑に反し,園子に事実を認めさせて反省させ,携帯電話等の証拠保全を図るとともに,被害者に謝罪させ,その納得のいく解決をするという結果は得られなかった。逆に,本件行為が原因となって,園子により,犯行に用いた携帯電話のうち少なくとも2台が廃棄された疑いが濃いものと思われるほか,園子に種々弁解するための準備をさせる結果となった。
 また,本件行為によって,被害者等に対して必要以上の精神的苦痛を与える結果となっただけでなく,本件行為は,検察と裁判所が癒着しているのではないかとの国民の疑惑や不信を招き,司法に対する信頼を著しく失墜させた。
(2)  本件行為に至った山下次席の判断は,以下に述べるように,その時期・方法・態様のいずれにおいても軽率かつ配慮を欠いた不適切なものであった。
 すなわち,山下次席は,脅迫等の刑事事件が警察において内偵捜査中で未だ検察庁に送致されていない事件であり,かつ,事案の全体像及び証拠関係を十分に把握していなかったにもかかわらず,警察と協議せず,被害者の被害の実態や処罰意思を十分に確認しないまま,園子の謝罪と示談を前提とした事件処理を目指して古川判事と接触したものであり,その行為は,独善的なものであった。
 また,古川判事は,いかに高裁判事であるとはいえ,被疑者である園子の夫であることから,事件を知ったことによる動揺や園子に対する感情等から証拠隠滅の防止のための適切な措置を欠いたまま捜査情報を園子に伝達する可能性があり,その結果,証拠隠滅等が行われるおそれがあったのに,裁判官に対する安易な信頼感から,この点に関する古川判事に対する適切な助言を行うこともなく,犯行に用いられた携帯電話の番号や被害者らの人定事項を告知するなどしたものであり,その目的が被害者も納得した円満な事件処理を実現するためであったとしても,捜査手法としては著しく軽率で,不適切であり,裁判所関係者への特別扱いと非難されても致し方ない面があった。
 このように,山下次席は,被害者に配慮するとともに証拠隠滅を防止するという検察官として最も重要かつ基本的な職務に違反し,その後もその反省の自覚がないまま前記記者会見への対応等不適切な行為に及んだものである。
(3)  以上のとおり,山下次席の古川判事への捜査情報告知行為は,検事としての官職の信用を傷つけ,又は官職全体の不名誉となる行為であり,国家公務員法99条(信用失墜行為の禁止)に違反し,かつ,捜査に当たっては,証拠の保全に注意するとともに,被害者への配慮を尽くすべき職務上の義務に違反しており,こうした行為は,国民の全体の奉仕者たるにふさわしくない非行にも該当する。したがって,山下次席には,同法82条1項1号,2号及び3号の懲戒事由が存する。
 

  上司の責任
本件捜査情報告知については,山下次席の上司が関与していたのではないか?
(1)  福岡地検検事正渡部尚について
 検事正は,平成12年12月27日に山下次席から脅迫等事件の報告を受け,事案の特異性や慎重な捜査の必要性,被害拡大防止の必要性につき,山下次席と同様の認識を抱いたことから,翌28日,山下次席から古川判事に対し警告をし示談に努力させることについて,相談を受け,これを事前に了承していた。
 しかし,検事正は,警察が内偵捜査中の未送致事件に関する事柄であったため,ベテラン検事である山下次席において当然警察と協議して被害者の意向等を確認した上で告知に及ぶものと考えていたことから,それを前提にして古川判事に情報を告知することを承諾したが,あまりに当然の事柄と考えていたこともあって,警察との協議等について明確には指示しなかった。そのため,検事正の意向が山下次席に十分伝わらず,山下次席は,警察に連絡することなく古川判事との接触を行ったものである。なお,検事正は山下次席が古川判事に弁護士を紹介することは想定しなかった。
 また,検事正は,山下次席から古川判事に対する情報告知状況の報告を受けた際,自己の意に反し,山下次席が事前に警察と協議することなく古川判事への告知を行ったことを知ったのであるから,検察と警察との協力関係及び同事件に関する捜査等に支障が生じないようにするため,速やかに,検事正自ら,又は山下次席に指示して,古川判事に捜査情報を告知したこと等を警察に対して連絡するなどの適切な措置を採るべきであった。しかしながら,自ら山下次席に対して警察への事前連絡を強くは指示していなかったことから,速やかな措置を採らなかったものである。
 以上のとおり,山下次席から古川判事に対して警告する旨の報告を聞いた際に,検事正が山下次席に対して警察の意向等を確認するよう明確に指示しなかったこと,山下次席が検事正の意向に反して警察の意向等を確認することなく古川判事に対して,捜査情報を告知したことを知った際に,適切な措置を採らなかったことが,その後の捜査における警察の捜査担当者との信頼関係を悪化させるなどしたもので,検事正のこのような対応は,部下職員を指揮監督し,証拠の保全に注意するとともに,被害者への配慮を尽くすべき職務上の義務を怠ったものと言わざるを得ない。検事正のこれらの職務の懈怠は,検事としての官職の信用を傷つけ,又は官職全体の不名誉となる行為であり,国家公務員法99条(信用失墜行為)に違反し,かつ検事正として部下職員を指揮監督する職務上の義務に違反しており,これらは国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行にも該当する。したがって,検事正には,同法82条1項1号,2号及び3号の懲戒事由が存する。
(2)  福岡高検次席検事佐竹靖幸について
 高検次席は,同月27日,山下次席から脅迫等事件の概要の報告をごく簡単に受けていたが,山下次席が古川判事を呼び出して捜査情報告知を行うことについては,事前に知らされていなかった。
 翌28日,高検次席は,山下次席から古川判事への捜査情報告知の事後報告を受けたが,高検次席は,山下次席が当然警察ともあらかじめ協議してその了解を得た上で古川判事への告知に及んだものと理解し,その後も園子の逮捕に至るまでその認識は変わらなかった。
 したがって,高検次席については,本件捜査情報告知に関与したものとは認められない。
(3)  福岡高検検事長豊嶋秀直について
 検事長は,高検次席と同様に,同月27日,山下次席から脅迫等事件の概要の報告をごく簡単に受けたが,山下次席が古川判事を呼び出して捜査情報告知を行うことについては,事前に知らされていなかった。
 翌28日,検事長は,山下次席から古川判事への捜査情報告知の事後報告を受けたが,検事長は,山下次席が当然警察ともあらかじめ協議してその了解を得た上で古川判事への告知に及んだものと理解し,その後も園子の逮捕に至るまでその認識は変わらなかった。
 したがって,検事長については,本件捜査情報告知に関与したものとは認められない。
(4)  今回の一連の事件に関する検事長及び高検次席の関与は,以上のとおりであり,国家公務員法の懲戒事由に付すべきものはなかった。しかし,山下次席及び検事正の一連の不適切な行為は,被害者,警察及び国民の検察・司法に対する不信感を招いたものであり,地検職員を指揮監督する立場にある検事長及び高検次席において,その指導が万全であったとは言い難い。

 総括(問題の所在と改善策)
 以上を総括するに,山下次席による捜査情報告知は,直ちに国家公務員法100条1項の守秘義務に違反するものではないが,被害者の意向を確かめないまま行われた独善的で軽率な行為であり,検察と裁判所が癒着しているのではないかとの国民の疑惑や不信を招き,司法に対する信頼を著しく失墜させたものである。また,公に設定された記者会見において明らかに虚偽の事実を述べるに至っては,自らの行為に対する反省がないままに記者会見を行い,ことさら正当性を主張するかのような発言を行ったことによって,国民の疑惑や不信を更に増幅させたことは極めて遺憾である。
 渡部検事正においては,検事正として部下職員を適正に指揮監督する職責を有しながら,明確な指示をしなかったため,上記山下次席の軽率な行為を防止し得なかったばかりか,検事正の意に反して警察との協議をしないまま古川判事に対して捜査情報を告知したことを知った後も,適切な措置を講じなかったものであり,これにより検察に対する信用を大きく失墜せしめたものである。
 本件一連の行為により,永年にわたって築き上げてきた検察及び司法の公平性に対する信頼が深く傷つけられたことは誠に遺憾であり,本件を深く受け止め,国民の信頼回復に努める必要がある。
 今回の事件を契機として,国民から検事に対し,市民感覚からずれて独善に陥っている,被害者の心情に対する理解が十分でない,警察等の捜査関係機関に対する理解が十分でない等の厳しい批判がなされているが,これらの批判を真しに受け止め,検察官の意識改革を図るべく,
<1>  検事を一定期間市民感覚を学ぶことができる場所で執務させることを含む人事・教育制度の抜本的見直しを検討すること
<2>  幹部を含む検察官が犯罪被害者の心情や捜査現場の第一線で汗を流している警察官の活動等に対する理解を深めるための具体的方策を検討していくこと
<3>  部内研修等の充実強化を通じて,検察官が独善に陥ることを防止するとともに,検察官としての基本的な在り方を徹底すること
が必要と考えており,その旨関係部局に指示することとした。
 また,公訴権の行使や検察運営に関し民意を反映させることは,検察が独善に陥ることを防ぐとともに,検察に対する国民の信頼と理解を得る上で大きな意義があり,具体的には,検察審査会の一定の議決に法的拘束力を与えることに加えて,
   検察審査会が検察事務の改善に関し検事正に対して行う建議・勧告の制度を充実・実質化すること
などの制度改革が重要であると考える。なお,この問題は,現在,司法制度改革審議会において「国民の司法参加」という論点で議論されているところであるので,法務省としても,こうした意見を来る3月13日開催の第51回審議会において積極的に提言するとともに,最終報告において改革の具体的な方向性が示されたときには,その実現に向けて所要の措置を採ることとしたい。
 さらに,今回の事件に関連して,検事と裁判官の関係の在り方が問われているが,法務省においても,当省への出向者が裁判官に偏っている現状を改め,裁判官以外からも広く人材を受け入れるための方策を検討していきたい。

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