平成13年(分)第1号
決 定
福岡地方裁判所判事(所長)
被申立人 小 長 光 馨 一
上記被申立人に対し福岡高等裁判所から裁判官分限法6条の規定による申立てがあったので,当裁判所は,被申立人に陳述の機会を与えた上,次のとおり決定する。
主 文
被申立人を戒告する。
理 由
1 被申立人は,福岡地方裁判所判事で,平成11年9月10日から福岡地裁所長の職にある者である。
平成12年12月13日,福岡簡易裁判所に対し,古川龍一福岡高等裁判所判事の妻である古川園子を被疑者とする差押許可状の請求があった。担当書記官は,被疑者が古川判事の妻であることに気づき,上司である渡辺仁士福岡地裁刑事首席書記官にその旨報告した。同首席書記官は,担当書記官に指示して,令状請求関係書類のすべてをコピーさせた上,松元和博福岡地裁事務局長に同旨の報告をしたところ,同事務局長から依頼を受け,更に2部のコピーをとって同事務局長に交付した。同事務局長は,コピー1部を被申立人に示して報告した上,被申立人の了解を得て,土肥章大福岡高裁事務局長にコピーを1部交付し,報告した。
その後も平成12年12月22日,平成13年1月9日,同月29日及び同月31日に古川園子を被疑者とする令状請求があり,渡辺首席書記官は,自ら令状請求関係書類を3部コピーし,松元事務局長がコピー2部を受け取り,1部を被申立人に渡して報告した上(コピーは同事務局長に返還),その了解の下に1部を土肥事務局長に交付し,報告した。
被申立人は,この間,松元事務局長に対して令状請求関係資料のコピーをとって報告することの問題性を指摘せず,報告を受け続けた上,これを是正するための措置を執らなかった。
以上の事実は,(1) 被申立人の履歴書,(2)
被申立人の陳述書及び(3)
最高裁判所調査委員会作成の調査報告書により,これを認める。
2
当裁判所は,被申立人の前記行動には,裁判所法49条が定める「職務上の義務違反若しくは職務懈怠」があると判断する。
その理由は,以下のとおりである。
- 裁判所は,裁判部門のほかに,裁判官その他の裁判所の職員の任免,配置,監督,庁舎等の管理など,司法機関である裁判所の人的物的施設を設営管理していく作用を担当する司法行政部門から成り立っているところ,裁判部門は独立してその職権を行使するのであるから,裁判部門の情報は原則として当該部門内にとどめられるべきものであって,その情報がみだりに司法行政部門に開示されることは裁判の公正を確保する見地からも許されず,とりわけ,令状請求事件については,捜査の密行性の要請が強く,その情報については特に厳格な取扱いが要請されるというべきである。
- しかしながら,同時に司法行政部門は,適正・迅速な裁判を可能ならしめ,これを支援するためにあるのであって,このような目的を達するために合理的な必要がある限りにおいては,裁判部門から司法行政部門に対して情報を伝達することも許される場合があり,令状請求事件においても,次のような場合には,例外的に司法行政上の措置が必要となり,その司法行政上の措置を講ずる前提として,必要最小限度の情報が裁判部門から司法行政部門へ伝達されることも許されるというべきである。
すなわち,(1)当該令状請求事件の裁判を担当する裁判官をはじめとする裁判関係者や,宿舎,庁舎の警備が必要となる場合,(2)当該事件の裁判の公正性,適正性に対する信頼を確保するため裁判官の配置を変更したり,担当事務に変更を加えることを考えなければならない場合,(3)秘密保持や情報漏洩防止のために適切な事務処理態勢を整える必要がある場合,(4)極めて例外的ではあるが,裁判官本人及び裁判官の妻子が犯罪の被疑者として捜査の対象となっているときのように,公正な裁判の遂行に対する差し迫った障害があり,当該裁判官がそのまま裁判事務を続けることが相当かどうかを検討しなければならない場合などである。
- 本件は,捜査の対象となっているのが,古川福岡高裁判事の妻であり,(1)12月13日に最初の令状を発付した福岡簡裁の裁判官が古川判事と同じ宿舎に入居していたため秘密の保持を徹底する必要があったこと,(2)古川判事と縁戚関係にある裁判官が福岡地裁に勤務しているため,その裁判官に秘密が漏れないように徹底することはもちろん,以後その裁判官が令状担当とならないようにする必要があったこと,(3)福岡地裁,福岡簡裁の裁判官の中には,古川判事と同じ宿舎に入居していて家族ぐるみで交際している者がいるため,それらの者が令状担当とならないようにする必要があったことなどの切迫した事情があり,また,被疑者は裁判官の妻であり,当該裁判官(古川判事)の裁判事務の遂行という点でも重大な支障を生じかねない事案であった。
したがって,本件においては,令状審査の適正及び外部からその審査を見た場合における公正さの維持を図るためにも,捜査の対象となっている者と親密な関係にあると解される者を令状担当裁判官とならないようにするよう司法行政上の措置を講ずる必要があり,実際にも,情報を受けた司法行政の担当者によって,当初あるいはその後の令状事務に関与した者すべてに箝口令を敷くと同時に,令状関係者を限定し,縁戚関係にある裁判官,同じ宿舎にいて古川判事と交際のある裁判官が令状担当とならないよう配慮するなどの司法行政上の措置が執られている。
また,福岡地裁の司法行政部門から福岡高裁の司法行政部門への情報伝達は,上記のような福岡地裁における司法行政上の措置を執らなければならないような事情が生じたこと及びその措置を執ったことの報告をしたものであり,各庁の自治に属する部分以外については上級庁による指導監督を受ける必要があり(裁判所法80条参照),加えて,福岡高裁にとっては,本件は,その所属する裁判官の妻が被疑者として捜査の対象となったという事案であって,公正な裁判の遂行を確保するために,当該裁判官について,そのまま裁判事務を続けても差し支えないかどうかという観点からの検討を必要とする面もあり,福岡地裁の司法行政部門から福岡高裁の司法行政部門への前記情報伝達は,許容されるものと解される。
- ところで,例外的に裁判部門から司法行政部門への情報伝達が許されるとしても,その許容される情報の範囲については,別途,考慮が必要である。すなわち,伝達することが許容される情報の範囲は,伝達する目的に照らして相当なものであることが必要であり,とりわけ本件では,捜査資料という高度の秘密性を有する情報が対象であるから,情報の秘匿については最大限の配慮が必要であり,前記の司法行政上の目的との関連でいえば,(1)令状が発付された事実と令状の種類,(2)被疑者名と被疑者が福岡高裁判事の妻である事実,(3)被疑事実の概要が伝達の許容される限度であると解される。
本件での情報伝達は,令状請求がされるたび毎に,5回にわたって令状請求関係書類の全部ないし大半のコピーをとって報告したものであって,前記許容限度を超えたものであり,報告に正確性を期するためであったとはいえ,捜査情報を一括し,かつ,継続して報告したという量的な面と,コピーという永続性のある方法での伝達は情報漏れが起こりやすいという方法の面との双方で問題があるものであって,不適切なものといわざるを得ない。
- 被申立人は,福岡地裁所長の職にあり,福岡地裁の司法行政の中心的役割を担う立場にあって,福岡地裁の職員を監督する権限と責務があるところ,前記のとおり不適切な令状請求関係書類のコピーによる情報伝達が実施されていることを認識したのであるから,かかる不適切な情報伝達を是正するため適切な措置を講ずるべきであったのに,これを怠ったもので,職務上の義務違反若しくは職務懈怠があったといわざるを得ない。
3
以上のとおり,被申立人は,司法行政の担当者として適正な令状発付手続が行われるように裁判部門を支援するよう努め,この見地から職員の指導監督をすべきものであったが,これを怠って,結果として,裁判所の執務に対する在り方について国民の強い批判を集め,司法に対する国民の信頼を傷つけたものであるから,裁判官分限法2条の規定により被申立人を戒告することとし,主文のとおり決定する。
平成13年3月16日
福岡高等裁判所特別部
裁判長裁判官 宮 良 允 通
裁判官 將 積 良 子
裁判官 井 垣 敏 生
裁判官 長 久 保 尚 善
裁判官 白 石 哲