2001/04/24 毎日新聞掲載 「ひと」 |
幅広い議員の力で、元患者の人間回復を |
4月初めに旗揚げした議員懇談会は、超党派120人の重厚な布陣となった。その代表として、責任を痛感している。
「らい予防法は1996年に廃止されたのに、隔離行政が生んだ偏見は根深く、社会の傷口はいまだに痛んでいる。20世紀の過ちをいつまでも引きずるわけにはいかない」
隔離政策による人権侵害を告発し、元患者らが起こした国家賠償訴訟は原告数が740人に広がった。5月11日、熊本地裁が初の判決を出す。「裁判任せでは最高裁まで行き、平均年齢74歳の元患者は全員死に絶えてしまう」と、政治による早期解決を強調する。
選挙区(岡山県)の瀬戸内海に浮かぶ長島に、二つのハンセン病療養所がある。小学生のころから、父親の故・三郎氏(社会党元副委員長)に連れられて慰問し、入所者と交流した。
母親も療養所で入所者と一緒に短歌を作った。父を継いで政治の道に進み、初の本会議代表質問では「人間回復の証しとして長島に架け橋を」と訴えた。橋は88年に開通した。
偏見解消や約4440人の療養所入所者らの生活支援など、課題は山積だ。
「法律の適用が人権抑圧的なものから福祉的な運用に変わっていったため、国会議員の多くが無関心になり、廃止が遅れた。だからこそ立法府として最終解決に努力したい」
小泉純一郎氏ら自民党の総裁選候補4人は懇談会メンバーではないが、野中広務・同党前幹事長は名を連ねる。「『野中さんを男と見込んでお願いする』と手紙を書いたのが、効いたかな」毎日新聞 2001年4月24日朝刊掲載
文・江刺 正嘉氏/写真・小座野容斉氏
2001/04/24 |