2007年12月1日 | 「論座」インタビュー |
江田五月・参議院議長 |
―― 野党が過半数を占めることになり、参議院のあり方がかつてないほど注目されています。対応次第では国会が機能不全にさえなりかねない。かつてのように「良識の府」だとお高くとまっているわけにいかなくなりました。議長として、どのように見ていますか。
江田五月 参議院誕生から60年になりますが、これまでも主勢力が衆議院と逆転したことがなかったわけではありません。しかし、今回の選挙で民主党が単独で自民・公明の連立与党の合計議席を上回る第一党になった。議長も議院運営委員長も民主党から出すことになりました。野党がまとまれば過半数となり、以前のように自民党が野党の一部を抱き込んで「逆転解消」とするのはきわめて困難な状況になった。これは60年間で初めての事態です。
何しろ初めてのことですから、「海図なき航海」で手探りで進めていくしかない。なるべく原点や原則に立ち戻って考えようと思っています。
一番の問題は「ねじれ」現象なわけですが、これは二院制である以上当たり前で、むしろ今までが不正常だったとも言える。ねじれているから国家の意思決定ができなくなるというのではまずいわけです。そもそも意思決定とは何かという問題もある。例えば、インド洋での給油を継続することを決めることだけが意思決定ではない。「給油をしない」という意思決定もあります。問題なのは手練手管でことが決められてしまうこと。十分な議論の末に結論が出る仕組みをつくっていかなければならない。そのためには従来と異なる英知が必要です。
―― 「英知」とは具体的にどんなことを指すのですか。
江田 私は以前から、「江田五月の民主主義5原則」を唱えています。第一は情報を共有する。与党だけ、役所だけが情報を握っていたのでは議論が尽くせない。与野党双方が同じ情報をもっていなければいけない。当然、両院の国政調査権が重要になってきます。
第二は議論の公開です。国民に見えないところで与野党が手を握るようでは困る。両院の議決が異なったときの両院協議会が、傍聴を認めないというような閉鎖的なものでよいのか、問題意識を持っています。
第三は議論の相互浸透ですね。国会審議は与党と野党で主張が平行線になりがちですが、しょせんはこの世のこと、双方ともそれなりの根拠や理由があるはずです。はなから否定し合っても仕方ない。であれば相手の立場に立ってみる。棒を飲んだような議論ばかりではなく、双方が相手の意見に影響されるゆとりをもつべきです。第四は多数決原理。そして第五が少数意見の尊重です。少数意見がいつ多数の意見になるかわかりませんからね。
今後は両院協議の場が増える
―― 憲法や国会法の規定をみると、二院制をとる他国に比べ、日本の参院の権限はかなり強い。にもかかわらず両院の意思が異なる場合どうやって調整するのかが、制度上担保されていません。
江田 戦後の憲法制定時に、衆院でこんな付帯決議があるのをご存じですか。
「憲法改正案は憲法附屬の諸法典と相俟つて、始めてその運用の完全を期待し得るものである。然るに皇室典範、參議院法、内閣法其の他多數の各種法令は、未だその輪廓さへ明かでないために、憲法の審議に當つても徹底を期し得なかつたことは、深く遺憾とするところである。政府は速かに是等諸法典を起案し、國民の輿論に問ふ準備をなすべきである」
新憲法の審議が完璧ではないということを議会が認めているわけです。
例えばあくまで頭の体操ですが、理論上は、衆院は法案を可決して参議院に送ったと主張するが、参院は受け取っていないと言うなど、両院で立法プロセスについての見解が異なる可能性も出てきます。私は今後、両院協議の場が増えるとみています。国会同意人事の扱いについても「両院合同代表者会議」ができましたよね。これはモノを動かしていくうえでのひとつの知恵でしょう。また、両院のトップは議長ですから、両院の議長が話し合って解決策を探ることもあるかもしれない。二人合議の裁判所のようなイメージでしょうか。
―― 「一事不再議」の問題もあります。国会法56条の4は「各議院は、他の議院から送付又は提出された議案と同一の議案を審議することができない」と定めていますが、この規定通りだと衆議院で可決した法案が参議院に送られてきた場合、同じテーマで民主党が別の法案を参議院に提出していても、衆院で可決された法案を審議しなければならない。
江田 議運の議論の前に議長が答えていいのか、微妙な問題ですが、一般論で言えば、何をもって「一事」とするのか、明確でない面はありますね。例えば今、参院で問題になっている政府提案の「補給支援特別措置法」と野党提出の「イラク特措法廃止法案」は明らかに違う内容です。「国会法の条文があるからこうだ」とスパッと割り切れるものでもない。
―― もちろん、政治判断もあるでしょう。そうなると議長の役割が重要になってくるのではないですか?
江田 議長がどこまでリーダーシップを発揮すべきなのか。難しいですね。与野党が激突し、いろんなやりとりがあって最終的に議長のところにくるのが自然であって、早々と議長がリーダーシップをとってしまうことが「円滑な議会運営」なのか。議長といえども政治の中にいるわけですから、注意深く行動しないと。
―― 衆院の3分の2での再議決という規定も、参議院から見ればせっかく決めた自分たちの意思が無視されるわけで、納得できないのではないですか?
江田 確かに、参院にとって嬉しい規定ではないでしょうね。しかし、参院も二院制の一翼を担っているわけで、憲法の規定に従って法律が成立することについては、平静であるべきでしょう。
ただし、7月の参院選の意味を考える必要はあります。参院議長応接室には何枚か議会の儀式の絵が掛けられています。最初の3枚は今の議事堂が建てられる以前のもの、4枚目からが今の本会議場ですが、4枚目だけが、実は参院ではなく、戦前の貴族院のときの絵なのです。つまり参議院は、貴族制度などを廃止した戦後改革で出来たもので、戦後レジームそのものなのです。
先の参院選は、その戦後レジームから脱却するのか、それともこれを一段と進めるのかが問われ、国民は民主党に「参議院は頑張れ」という民意を委ねたわけです。そうであれば、いくら衆院で与党が3分の2を握っているからといって、直近の民意を簡単に覆していいのかは、よく考えるべきではないでしょうか。
―― 衆院で与党が再議決を行使した場合、参院野党は問責決議案を出すという話も出ています。しかし、再議決は議会の判断、行為です。その問責対象が首相や閣僚という政府のトップというのは、おかしくありませんか?
江田 これも案件が出る前に、議長として答えるのは難しい問題ですね。衆院としては制度設計に従ったまでで、衆院議長に対する問責はありえない。むしろ、直近の民意が反映されている参院が出した結論を、内閣=与党が二院制の仕組みを利用して覆すというのであれば、それは「民主主義に照らしておかしい」とは言える。
制度見直しには時間がかかる
―― 参院は「衆院のカーボンコピー」などと言われ続け、参院無用論すらあった。それだけ存在感がなかったのが、ここにきて強力な権力行使ができる環境が整いました。積年の恨みを晴らそうとしているようにもみえますね(笑い)。実際、チャンスではありますが。
江田 何が真理かは情勢によって変化します。いつの時代にも妥当する真理は、そうたくさんはありませんよ。この60年、衆参ともおおむね自民党が多数を占め、与党の決定が両院で通ってきたから「参院はカーボンコピーだ」と言われた。しかし、ねじれになればそうはいかない。確かに制度設計としては、参院は「一歩下がった存在」というイメージがあった。しかし今の参院は国民から「頑張れ」と言われたわけで、戦後改革の旗を高く掲げて前進すればいいと思いますよ。
それに、次の総選挙で自公が3分の2を取れなかったり、民主党が多数をとって政権交代したりすれば、もっと根本的な緊張関係が生じます。そうなれば民主主義は確実に前進しますよ。
―― しかし、今の二院制のもとでは衆参同日選で一気に両院で過半数勢力が代わらない限り、政権交代の前に必ずねじれ現象が生まれることになります。つまり、今起きていることは過渡的な現象ではなく構造的な問題と言える。政権交代を常態化しようというなら、それにあわせた制度設計の見直しも必要なのでは?
江田 確かに今のままだと、政権交代の前に常に「ねじれ」という生みの苦しみを味わうことになる。いずれは制度もいじらないといけないでしょう。しかし、憲法改正問題は妙に思想的なものが絡んでしまい、両院に設けられた憲法審査会も身動きがとれない。解決には少し時間がかかるのではないでしょうか。
―― 江田さんは衆院議員も経験されています。一院制のほうがいいと思ったことはありませんか。
江田 私は3、4年前に、「統合一院制」という考え方を検討したことがあるんですよ。いわゆる両院の合併です。衛藤征士郎さんや鳩山由紀夫さんらで作った超党派の勉強会に参加した。しかし、参院議員は当然と言えば当然ですが与野党とも乗り気でなく、参加者は少なかったですね。今の制度には瑕疵があるとは言いませんが、検討してこなかったものがある。国会がこういう状況になった今、こうした憲法論の研究は必要でしょう。
―― 江田さんは参院選で示された民意を重視しています。直近の国政選挙で選ばれた院の勢力が発言力をもつということでしょうが、そうなると総選挙の後は参院より衆院が優位であっていいということになりませんか。
江田 「直近の民意」といっても、その選挙がどういうテーマで行われたかが問われます。今回の参院選は、まさに安倍首相が「安倍か小沢か」を問い、戦後レジームの脱却か前進かを問うたわけで、その結果が今の「民意」といっていいでしょう。次の総選挙が同じテーマで戦われて逆の結果が出たら、直近の民意が変わったということになるでしょうが。
―― 自公が次の総選挙で過半数をとり、「俺たちこそ民意」と言い出したら、それこそ国会の合意形成の道は生まれにくくなりますね。
江田 それは議長がどうこういう話ではありませんね。議長としてはその都度、円滑な議会運営に力を尽くすだけです。政治は状況が変わると対応も変わりますから、それぞれの政党が論理や手段を考えていくことになるでしょう。
―― 総選挙がどうなっても過半数の野党に支えられている江田議長は当分、「安泰」ですね。
江田 とんでもない。今でも焼けたフライパンの上でタコ踊りをしているようなものです。(笑い)
―― しかし、与野党はそれぞれ多数を盾に、ぶつかりあってばかりではいられません。
江田 ねじれのエネルギーを、蒸気を安全弁で外に逃がすように解消するやり方は、得策ではないと思います。どう活用するかが重要です。今のねじれは、国家を爆発させてしまうほど制御不能な巨大エネルギーではありませんよ。
競争意識支える「独自性」へのこだわり
―― 話を変えます。一口に国会と言っても参院と衆院は議院の体質も事務局の雰囲気もかなり違いますね。
江田 常在戦場の衆議院と違い、参議院は貴族院の「お公家」意識が残っているのでしょうか。しかし小選挙区になってからの衆院に何となく感じるのは、もうちょっと腰をすえて大きなことをやってほしいなということです。議長でなく一議員として感じることですが、最近の衆院議員は、目先ばかりキョロキョロ、バタバタしている感があります。
じゃあ、参院が腰を据えてやっているかというと忸怩たるものはありますが、例えば外国の議会との交流などは、衆院の場合、かなり薄くなってしまったとよく言われますね。もっと重層的な話し合いがあったほうがいいと思うのですが、いかんせん余裕がない。まあ、外国の国会議員と会っても1票にもならないですからね。小選挙区制になって衆院議員は一年中、自分の選挙区のことを考えないといけなくなったから、しかたないのかもしれませんが。
―― 衆参では国会審議のやり方も違いますか。
江田 一般的に参院は解散がないのでより専門的で深い議論ができるとか、衆院に対してチェック機能が働くとか言われますが、果たしてどうかな……。参議院改革で、成果も上がってはいるのですが。
――事務局の職員の人たちもお互いを意識しているというか、ライバル意識があるようにみえますね。
江田 参院の場合、「独自性」を出そうとする面はありますね。衆院と同じでは嫌だというわけです。だけど、同じ方が良いという理由もないのですよ。問題は、衆議院への対抗意識よりも、過去との継続性意識ではないでしょうか。
―― 予算委での質問時間の設定も違います。
江田 質問時間の設定は、片道カウントか往復かという違いがあります。参院は片道、つまり質問者が質問している時間だけをカウントする方式で、答弁する閣僚らがいくら長くしゃべっても割り振られた時間が削られることはない。政府を追及する側にとっては、この方式のほうがいい。質問技術が生きます。衆院のように質問と答弁の両方がカウントされる方式だと、のらりくらりとした答弁で時間を稼がれてしまう。時の権力を厳しくチェックする側としては、片道方式は捨てがたいんですよ。
―― 国会内の委員会を開く部屋の看板も衆院は「○○委員室」ですが参院は「○○委員会室」です。なぜ、そんなに競争意識が強いんですか。
江田 別に衆議院との違いにこだわってはいません。逆に、参院なりの自制心のような意識もあったんですよ。例えば、衆院から送付された法案は、参院では衆院の7割ほどの時間で審議するというようなことですね。これなどは、今のように「ねじれ状態」になって、衆院で議論していない論点が参院でどんどん出ることになれば、まったく違ってくるでしょう。
―― 参院は草食動物、衆院は肉食動物、という人もいます。
江田 うーん、そういう面がないとはいいませんが……。私の経験で言えば、衆院では本会議が開かれると議場内で多くの議員が右往左往していますね。本会議場こそが交渉の場という感じで、「ここで会ったが百年目」とばかりに議員が席を立って動きまわっている。ところが、参院はみんなじっと座っていますよ。ヤジだって全然違う。衆院は本当に激しいですね。僕の父(江田三郎)は1963年に参院から衆院に移った際、すでに社会党の幹部でしたけれど、議事運営のときに「『参院はお公家だから困る。衆院は血で血を洗うところだ』と批判された」と聞きました。
今が変革の好機
―― 参院も衆院と同じように党派性が強まり、個々の議員が党議拘束に縛られています。
江田 確かに、参議院議員は独自性にこだわり党議拘束に縛られたくないという思いはありますね。民主党の中でよく言われる言葉に、「参院は衆院に対し、野党精神で臨むべきだ」というのがあります。それも大切ですが、行き過ぎて、同じ党内で「衆院は腰抜けだから、参院こそが戦おう」となると、党内が割れる。政権交代にはマイナスに働くこともあります。これは自民党も同じでしょう。
―― 参院は変革期、過渡期にあるようです。これを好機ととらえますか?
江田 ええ、もちろん。いつまでもお高くとまっているわけにはいきません。日本を動かすために、大いにエネルギーを発揮すべき時にきている。「お公家から、行動派になろう」ということです。
―― 河野洋平・衆院議長とも遠からず話し合う機会が増えそうですね。
江田 議長対議長というような「かみしも」を着た堅苦しい接触ではありませんが、河野さんとは副議長もまじえて一緒に食事もしていますし、突然電話がかかってくることもあります。一緒になれば話もする。日頃の意思疎通はありますから、出番がくれば頑張りますよ。(笑い)
えだ・さつき 1941年、岡山県生まれ。東京大学法学部卒。1977年、参院選(全国区)で初当選。83年、衆院に鞍替えし、細川内閣で科学技術庁長官。96年、岡山県知事選に立候補。98年、参院議員に再選される。民主党副代表、同参院議員会長を経て2007年8月から現職。
朝日新聞社発行 論座 2008年1月号(2007年12月1日発売)掲載
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2007年11月13日取材
編集手帳
●江田参議院議長インタビューに同席したインターン学生が感想を求められて曰く「昨日、塾で子どもたちに国会について教えたんですが、教科書と現実とが大きくずれているのがよくわかりました」。全国の社会科の先生、今度の期末試験で「あなたは参議院が必要だと思いますか」なんてムツカシイ一問を出してみてはいかがでしょう。(高橋万見子)
2007年12月1日 | [特集]参議院の逆襲 |