1981/04/07

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94 参議院・建設委員会

 「何らかの理由で、未完成のまま放置きれている全国の工事中断現場において、純一ちゃん死亡事故のようないたましいことが、再び起こることのないよう」 政府をきびしく督励した。

 これに対して、政府は、早速、建設省を通じて通達を出し、未完成のまま工事を発注者に引き渡す際には発注者、業者とも万全の安全措置を講ずるよう指令するという具体的成果を引きだしました。人命事故に対する江田五月氏の鋭敏、迅速な反応と行動が高く評価されています。


○江田五月君 きょうは晴れ上がりまして、うららかな春の日差しが差しております。ちょうど全国で新学期が始まりました、それぞれ進級をして、新しい希望に燃えて学校が始まっている。きょう、あすあたりが恐らく学校でそれぞれ新入生を迎えて入学式をやっている、あるいはこれからやろうとするという時期じゃないかと思います。一年じゅうで一番いい季節でありますが、こういう季節を前に、非常に悲しい事故が起こりました。

 四月二日午前十一時半ごろでしょうか、岡山市、これは市のちょっと外れになるんでありますが、工場がたくさんある地域で、コンクリート製のパイルが打ち込まれたまま放置してあった、しかも少々の数じゃないんで、二百何本もが放置をしてあって、その穴の中に、きょう恐らく入学式を迎えるであろう子供、小野純一君、よしかず君と読むんだそうですが、落ち込んで、救出できずに亡くなるという事故が起こりました。この事故について救助の経過、相当長い時間救助にかかってしまったというようなことがあるようで、救助にもいろいろ反省しなきゃならぬ点があろうかと思いますが、そちらの方は別として、事故の原因についてできる限りで結構ですから調べてくださるように言っておいたんですが、お調べになったでしょうか。これは警察と建設省とダブらない範囲で、両方でお答え願いたいと思います。

○説明員(田中和夫君) 警察庁の外勤課長でございます。
 お答えいたします。
 ただいまお尋ねの事故は、昭和五十六年四月二日午前十一時三十分ごろのことでございます。岡山市築港元町にございます三井製糖株式会社の岡山工場の原糖野積み拡張工事跡、原糖というのは砂糖の原料のことでございます。同社の社員の子供、これ幼児でございますけれども、四人がその敷地内に入って遊んでおりましたところ、そのうちの一名が、土中二十メートルぐらいの深さに打ち込まれており、地上に約十センチほど頭を出しておりました内径二十五センチのコンクリート製の円筒形のパイルの中に過って転落いたし、死亡した事故でございます。

 もう少し詳細に申し上げますと、死亡された方は先ほど先生のお話のように小野純一ちゃん六歳でございます。純一ちゃんは三井製糖株式会社の岡山工場に勤務しております小野洋輝さんの長男でございます、この小野洋輝さんはこの工場の中の社宅に住んでおるのでございます。この工場及び先ほど申しました社員宿舎に隣接してフェンスや有刺鉄線で囲繞しておるその先ほど申しました原糖の野積み拡張工事跡があり、この工事跡はフェンスや有刺鉄線で囲繞されているところですけれども、三ヵ所ほどその囲繞されている個所が破られたままになっておりました。この工事跡に長さ十一メートルと長さ十メートルのパイルを電気溶接をして、それを接続したコンクリート製の円筒形のものを土中に深く打ち込んであるということでございます。そしてその円筒形の頭は地上約十センチから五十センチほど地上に出ておるわけでございます。そして、ふた等はしておるのもございますし、またしてないのもございます。これは私らの調べたところでは約四百三十七本このパイルがあるそうでございます。ここのところに死んだ純一ちゃんと妹、それからいとこの六歳と四歳になる四人の子供でもって遊戯中この中に、このパイルの頭の上に乗っかっておったようでございます。そこのところで足を踏み外して中にすとんと落っこったと、こういうことでございます。

 私どもといたしましては、当日の午後零時六分、すなわち十二時六分ごろ所轄の消防署から連絡を受けまして事故の発生を認知したわけでございます。直ちに所轄の岡山南警察署員及び県警本部の捜査一課員、それからレスキュー隊と申しまして、そういう救助に専門に当たる機動隊員がございますが、このレスキュー隊員が現場に急行いたしまして、消防関係者あるいは工場関係者とともにパイル内にホースを入れまして、とりあえず酸素注入などいたしておりながら落っこった子供を救助すべく、かぎ型になりました鉄のもので中から引き出そうと思って鉄の管で中をかき回したわけでございますけれども、どうしてもそれがうまくいきません。そのほかいろいろな措置を講じたわけでございますけれども、結局長い時間かかりまして、最終的にはそのパイルをクレーン草でつり上げるというふうなことでもって引っ張り出したわけでございますけれども、引っ張り出して中を割って見たところ、すでにその幼児は死亡しておった、こういうことでございます。

○政府委員(宮繁護君) 今回の事故はまことに痛ましい事故でございまして、亡くなられた坊やに心から冥福をお祈りしたいと思います。
 四月の二日に事故につきまして報道がございましたので、私どもは工事中に発生した事故ではないかということで調査をいたしました。その結果、ただいま警察当局からお話がございましたように、事故が発生しましたコンクリートパイルは、鹿島建設株式会社が三井製糖の岡山工場から原糖倉庫の基礎工事として昭和五十年の六月一日に請け負いまして、同年の九月十五日完成をいたしましてこれを三井製糖岡山工場に引き渡したものでございます。コンクリートパイルは内径が二十五センチメートル、厚さが八センチメートル、外径が四十一センチメートルのものでありまして、基礎工事完成当時にはその頭部に厚さ十二ミリメートル、幅四十センチメートルの正方形のベニヤ板製のふたがしてあったようでございます。

 以上の調査の結果から、当該事故は建設工事中に発生したものではなくて、工事の完成後受注者が工事目的物を引き渡しました後で発生した事故であることが判明したわけでございます。

○江田五月君 いま警察の方では原糖野積み場拡張工事の跡だというお話、建設省のお調べでは原糖倉庫の基礎工事の跡だというお話、これはどちらが正しいかこの場ではわからないんですが、恐らくわからないんだと思いますが、どうしてそういう違いが起こったんでしょうか。

○政府委員(宮繁護君) 私どもの調査では、工事名がこういう工事名になっておりましたので、実態もこうであろうと判断したわけでございます。

○江田五月君 建設省のお話ですと工事が終わっておるんだ、工事中ではないんだということなんですが、原糖倉庫の基礎工事だということならこれは倉庫を建てるために基礎工事をやるわけで、基礎工事なんだから基礎工事で、基礎工事が終わったらそれでおしまいなんだということでいいのかどうか。あるいは原糖野積み場の拡張工事だとしても、拡張はしました、コンクリートパイルは打ってあります、しかしそこは原糖を野積みする場所としては使っておらない。雑草が生い茂って、子供にとっては近くに遊園地もあったようではありますが、そうすると遊園地の方でももちろん多くの子供が遊んでおったようですが、たまにというわけではなく、かなり頻繁に子供がここの場所でも遊んだようです。また、有刺鉄線等の囲繞というのも相当にお粗末なものであったようで、こういう野草が、雑草が原野のごとく伸びほうだいになっている。そういう中でところどころは障害物もあるというようなところで子供が遊ぶということはもうこの子供のいわばかっこうの遊び場になるわけです、そういうところは。子供はきれいにでき上がった遊園地で遊ぶことよりもむしろ自然のいろいろな危険のあるところで遊ぶ方を好む場合も多いし、むしろそのことは好ましいことであるかもしれない。そういうような非常に危険な場所が放置をされておる。

 工事が終わって工事中ではないとおっしゃるけれども、普通の庶民の目から見るとこういうものはまあいわば工事中。工事が完成しているということは通常の状態の危険というものはもうどこにもないということになっているわけで、そういう状態じゃないわけですから工事中と見た方がいい、あるいは工事が途中でやまっている、途中やめになっている。もし工事中ではないんだということ、工事が終わっているからもういいんだというならば、たとえばマンション等にしたってコンクリートだけ打ちました、ベランダの鉄さくはまだはまっておりません、あるいははまっていてもぐらぐらでとまっておりません、その段階で何らかの事情で工事を続けることができませんでした、全部代金は精算をいたしました、工事はこれでそれ以上続けないことにいたしました、これは工事が終わっているから、それでいいんだと、そういうわけにもいかぬだろうと思うんです。こういった工事中であるか工事途中であるか、工事が終わっているかというような、いわば代金を払ってしまったか払ってないか、あるいは引き渡しが済んだか済んでないかということで決まる概念ではなくて、もう少し違った概念で建設省としては、工事というものに伴う危険のコントロールをやっていかなきゃいかぬという気がするんですが、いかがですか。

○政府委員(宮繁護君) 仰せのとおりでございまして、ただ、この未完成建築物の安全確保、いずれが責任を負うかということになりますと、やはりその建築物あるいは構造物の占有者であるとか、所有者が事故が発生しないように万全の措置をとりまして十分な注意をなすべきものと考えております。

 私ども建設業の監督の立場にある者からいたしますと、建設工事の工事中は大変重量物を高いところで扱うとかあるいは重車両が出入りするとか、あるいは地下へ深い穴を掘るとかいう大変な工事をやるわけでございまして、そういう意味で、ともしますと工事中に、公衆災害と呼んでおりますけれども、第三者の方々に危害を加えるようなことが間々あるわけでございます。この点につきましては、市街地土木工事公衆災害防止対策要綱というものを決定いたしております。これはかなり事細かく工法の選定の問題でございますとかあるいはまた付近の居住者との連絡方法でございますとか、現在問題になっておりますような作業場の区分、区分け、その場合に立ち入りを防止するためにどういう設備をすべきか、あるいはさく等の規格、設置方法というようなことも細かく決めてございますし、また夜間の交通安全のための保安灯の設備を置くというようないろいろな点を決めてあるわけでございまして、これにつきましては、公共団体とか公団あるいはまた業界団体を通じまして、各業者につきましても十分これが指導徹底を図ってまいっております。しかしながら、中にはこういった安全措置をないがしろにしまして事故が起こるような場合もございますので、そういう場合には建設業法の規定に基づきまして必要な指示をするとか、また情状が重い場合には営業の停止措置をするというような措置もやっておりまして、五十五年度におきましてもそういう措置をやった例もございます。

 それからもう一つ、私どもは建設行政を預かる立場と同時に建設省はかなりの土木工事、建築工事の発注者の立場でございますので、建設省におきましては、地方支分部局所掌の工事請負契約に係る指名停止等の措置要領というものを定めておりまして、建設業者が請負工事の施工に当たりまして、安全管理の措置を粗雑にしたために公衆に死亡とかあるいは負傷というようなことを生じさせましたような場合には指名停止といったような措置をとるようにもいたしておりまして、公衆災害の防止には努めておるわけでございますけれども、今後におきましてもこういう点のさらに徹底を図りまして、いつも事故のないように努めてまいりたいと考えておるところでございます。

○江田五月君 大臣、いまお聞きのようないろいろ安全確保についての措置というものはあるわけですが、しかしいまのお話は、これはすべて工事が進んでいるときのことですね。工事中の工事に伴う危険をどうやったら防止できるかということはもういろいろとやられておるんです。ところが先ほども言ったようなことで、たとえばマンションが途中やめになった、もう途中やめとして代金の決済も済んじゃった、引き渡しも済んじゃった、ところが危険なものはそこにそのまま放置されておると。本件のような場合でも、これは何の工事にしたって、とにかくパイルを打ち込んで、そして私どもの調査によると、これは先ほど三井製糖が注文したとおっしゃったけれども、その前に横浜精糖という会社があってそれがこの注文をした。しかし日本における砂糖の消費動向の変化によって、これ以上野積み用の場所も必要なくなっちゃった、倉庫も必要なくなっちゃった。そこでここはそのままに放置して、草が生えるままになっちゃった。一方、横浜精糖というのは三井製糖の方に合併をされた。そういうように世の中の状況の変化、これは経済上の変化もありましょう、あるいは会社の経営の問題もありましょう、あるいは場合によっては周辺の人たちの賛成を得られないというようなことも起こってくるかもしれない。環境上の問題などで、たとえば尾瀬の道路のように途中でやむというようなことがあるかもしれない。

 こういうふうにして工事に伴う危険じゃなくて、工事が途中で終わってしまって、途中やめになってしまって危険がそのまま放置されているというようなことがあって、これについてどうやってその危険を除去していくかというような制度がいまないんじゃないか。一つの法の落とし穴、たまたまパイルの落とし穴の事故でひっかけて言うんじゃありませんが、法の落とし穴がここにあるんじゃないかというような気がいたしますが、大臣、ひとつどういうお考えか聞かしていただけますか。

○国務大臣(斉藤滋与史君) このたびの事故でかわいい子供が亡くなったことについて本当に痛ましい限りでありまして、御冥福を祈るわけであります。

 こうした事故が重なるというようなことがあってはならない。そのために、私たちは大人としても社会人としても政治家としても、防止することは、万全な措置をとるということは当然であろうかと思います。

 建設省所管にかかわる問題につきましては、先ほど局長から話しましたように、これは役所的といいますか、法律の番人として法律に基づく建築法あるいは災害防止要綱ということで指導いたしておるわけでありますが、これは一つの形の問題であって、現実にこうした危険が起きたものに対する対応ということについて先生御心配くだすったわけでありまして、大変ありがたい限りであります。これを契機に、やはり所管のみならず業界にも申し上げて事業経過の間はもとより、これは当然のことながら終わった後のアフターケアをどうするかという問題について検討しなきゃならぬ時期じゃなかろうかと思います。

 特に、こうした中途で業界が不振で、恐らく基礎打ちでその後お話しのような野積みが要らなくなった、できなかった、そのまま五年放置されておったことであって、まさか二十五センチのところへ子供が入って落ちるなんということは想像もできなかったことが実際に起きたわけであります。こうしたことにつきましては、所管省の直轄事業あるいは補助事業だけで十万件以上あるようでございますけれども、それはそれとして、全国の業者がみんなでこうした問題について一つの指針として継承する、また発注者の方においても自分の周辺を一度、もう一度見直して危険のことについては改めて防止対策をするように、これは建設省だけじゃないと思います。労働省もありましょう、環境庁もありましょう、関係省庁と相談して何らかの方法なりを検討さしていただきたいと思います。

○江田五月君 この事故自体については会社の方でも管理者としての責任があるんだということをお認めのようですし、社員ですからどうもなかなか損害賠償ということも本人からは言いにくいんじゃないかと思いますが、十分なお見舞いということぐらいではなくて、十分な賠償をしてあげるように指導いただきたいと思いますし、あるいはまたこの事故自体については、コンクリートパイルというものがこういう構造でいいのかどうかということもこれから検討していただかなきゃならぬ。たとえば途中でちょっと鉄棒を真ん中に五メートル置きにでも入れておくぐらいなことさえすれば、恐らくこうまでならずに済んだわけです。五メートルじゃちょっと何といいますか、酸欠の問題やなんかが回避されるかどうかわかりませんが、そうしたようなことも検討しなきゃいけない。

 この事故を契機にひとつ十分な検討していただきたいと思いますが、こういう事故を見ておりますと、全体に建設行政というものに対する国民のニーズといいますか、建設行政に何を求めるかというようなことについて変化が起こっているんじゃないかという気がいたします。

 従来、高度成長時代には、縦割りの行政の中でそれぞれの分野が行けよ進めよ、どんどん開発をしていく、工事を進捗さしていく、その能率が高いほど成績がよろしいというようなことだったろうと思います。そしてまだまだ開発をしなければならない分野が残されていることを否定はしませんが、もうそろそろどんどん開発だけやっていくというのではどうしようもない、高度成長時代の考え方ではいけない、転換をしなきゃいけないところに来ているんじゃないか。この事故を見てみましても、あるいは私どもが日常生活の中でもときどき見かける、先ほどからも言っているようなマンションが工事途中で放置されてそのままになっているというようなこと、そのほかにもいろいろありましょう。そうしたことを見ると、開発一本やりではなくて、安全とか快適とか、あるいは環境との調和とか全体としての調整が十分とれているとか、そうしたことがかなり大事になってきている。

 たとえば、本土と四国との間に三本橋をかけるというわけでありますが、三本かけることが本当に必要かどうかということになると、なかなかいろんな疑問もあるんではないかと思います。しかしいままでの惰性でいくと、たとえば私などにしても、これはみずから顧みて反省をするわけですが、岡山の出身でありますと、三本要らないじゃないかと、うちが削られたら困るということでありましてなかなかそういうことが言えないということになってくる。やはりこの辺で皆それぞれに頭を切りかえて、開発と良好な環境との併存というものが大切なんだという、そういう時代に来ている。行政ニーズの大きな変化があるんじゃないかという気がいたしますが、御所見を伺わしてください。

○国務大臣(斉藤滋与史君) 全く御指摘のとおり、同感でございます。近代社会が余りにも便利正義に走り過ぎて、どん欲なまでに自分たちの環現整備について要望がございます。これは要望というのはどちらかというと要求のような形で出てまいっておるわけです。ただ、それをいたずらに私たちは受けて、開発という名前でうまずたゆまずやってきたことは事実であります。これは敗戦後何とか日本の社会環境を欧米の先進国並みに追いつけ追い越せという国民の志向の問題もありましょう。しかしもう戦後三十有余年、そろそろこれまで進んできた日本社会のあり方というものは一度間を置いて静かに思考して、考え方、発想次元というものを洗い直すといいますか、反省する時期じゃなかろうかと思います。まさしく二十一世紀へ向かってあとわずかな二十年の時期でありますだけに、二十一世紀にある日本のあり方というものは先生の御指摘をまつまでもなく考えられる問題であろうと思います。

 したがって、このごろは道路一つをつくりましても単につくるということでなく、道路の環境をも考えてやるという形の御要望も出てまいっております。あるいは高速道路でも単に遮音遮蔽につきましても防音装置につきましても美的感覚が要求されるとか、いろいろと私たちは人間の住む社会をどのような形に持っていくかといういい意味の環境、快適、安全性という問題が出てきたと思います。したがって、建設省といたしましてもそうしたことを総合的に考えながらバランスのとれたといいますか、整合性のある社会環境づくりを国民のニーズにこたえながらなおかつ慎重に進めてまいる時期であろう、このように考えるものでありますし、先生の御指摘のような考え方でこれからは進めていく、私はそのように考えていきたいと考えておるところでございます。

○江田五月君 そうしたような見地からも、ただいまいささか流行になり過ぎているような感もある行革、こうしたことも考えていかなければいけないと思います。国民のニーズが大きく変わってきている、社会経済環境というものが大きく変化をしてきている、そういう中で日本の行政のシステムというものはいろいろな手直しはもちろんありますが、基本的には明治以来変わっていないんではなかろうか。こういう時代の変化の中で肥大化する一方の行政をスリムにもし、あるいは行政の機能も大きく変えていくというような必要がいまある。第二次臨時行政調査会の発足はそうしたことを課題にしなければいけないと思います。

 鈴木総理は、三月十八日に日本商工会議所総会のあいさつで、国民的に盛り上がっている期待にこたえるために、内閣の最重要課題として行革を政治生命をかけて達成していくんだというごあいさつをされた。あるいは中曽根行管庁長官は、三月二十六日に都内のホテルで開かれた臨時行政調査会専門委員との昼食会で、実行のための手段も考えるんだ、官僚の悪質な行革反対運動には配置がえや降格人事で臨むというようなことまでおっしゃった。そういう内閣を挙げての行革推進というものがこのまま途中で竜頭蛇尾に終わるのではなく、大きな成果を上げられるようにひとつ見守りたいと思いますし、応援もしたいと思いますし、後ろからしりもひっぱたきたいと思いますが、行革について両大臣、こうした鈴木総理あるいは中曽根長官のおっしゃっているようなことと御決意を共通にされておるかどうかという点を伺いたいと思います。

○国務大臣(原健三郎君) いま江田さんの御意見を拝聴しまして、私どもも全く同感であります。鈴木内閣の閣僚の一人としてぜひ鈴木総理や中曽根行政管理庁長官の意を体してこれを実現いたしたい。

 御承知のように、もうずっと前からですが、ことに高度経済成長の波に乗って行政部門も非常に肥大化をいたしておりますので、この際一応考え直してみる、調査し直してみる、それが非常に必要であると思います。それで今度第二臨調ができましたので、その答申を踏まえましてそれが完全実施をやるようにわれわれも尽力いたしたい。またいま江田さんが大いに応援もしようということで、ぜひ御声援をいただいて相ともにこの大事業を完成したい。いままでずいぶんやるやるといって行政改革のかけ声だけはあったが、いまだかつて本当にやったためしがない。だから心配なんです。なかなかそう簡単にいかないことはわれわれもよく存じておりますが、それだけまたやりがいがあると思っております。よろしく御声援のほどお願い申し上げます。

○国務大臣(斉藤滋与史君) 言葉を重ねることもないわけで、原国土庁長官と全く同じ考え方で対処してまいりたいと思います。

○江田五月君 ある新聞によると、お二人ともおんぶ型という分類になっておるようでありますが、いまお聞きしますとおんぶ型どころかどんどん推進型のような感じでありますが、これはしかし言葉だけじゃいけないんで、本当に自分のところの血も多少は流れるかもしれないということを覚悟してやっていただかなきゃいかぬと思うんです。

 しかし、一体行政改革で何をやるかというのは、これはまだこれからみんなで検討していくことでありまして、何をやるかということ自体が非常にまたむずかしいことだろうと思いますが、先ほどから申し上げておりますように建設行政あるいは国土行政ということになりますと、どうも私は高度成長時代の開発一本やりから大きく変わってくる、そして全体としては実施官庁よりも、よりもといいますか、実施官庁がこれまで力が強くて、どちらかと言えば調整官庁にどうも権限が弱い、金も余りつかない、片隅に追いやられるきみがあるというようなことがあったような気がしますが、これからは調整官庁というものがもっともっと権力、権限を持っていく、調整官庁が力をどんどん持ってくるということになってこなきゃいけないんじゃないだろうか。実施官庁に比べて調整官庁が弱いんですというようなことを学者先生方から言われてしまうというようなあり方では困るんだろうと。もっと調整的な機能が行政としては重要になってくる。その意味で、国土庁というのは通常調整官庁と分類をされておるわけですが、国土庁の機能というのはこれから重要になってくると思います。長官の決意をちょっと伺っておきたいと思います。

○国務大臣(原健三郎君) 御承知のように、国土庁が各省庁の調整官庁であるということは御説のとおりであります。それを国土庁は調整官庁であるから大いにその機能を発揮して調整をやってもらいたいという意見をきょうあなたから初めて聞いたわけです。まことにありがたいきわみであります。御承知のように、これはもう三全総におきましてもわれわれは各種公共事業の五ヵ年計画など策定するに当たっても調整を行うとともに、国土総合開発事業調整費というのをわれわれは持っております。予算的措置もしておりまして、これを活用して各省庁が実施する事業の間の調整を図っていきたいと思っておるところであります。

 また、三全総の核をなしておるものは定住圏構想、この推進に当たっても、関係十七省ありますが、十七省から成る定住圏構想推進連絡会議というのを設けておりまして、地域調整を計画的、総合的に進めてそしてその調整を図っていきたい、こう思っておるところであります。今後ともこの調整機能を十分活用していくことがいまあなたがおっしゃったいろいろ潤いのある国土のバランスをとった開発もできると思います。それで新しい時代に即応できるものであると思っておるところであります。二十一世紀に向かっても、こういう方面をもっとやっていきたい。はなはだ微力で思うようにいきませんが、それを推進していく決意てございます。

○江田五月君 国土庁ですが、きのうの新聞に、国土庁の計画・調整局長の私的諮問機関として定住構想基本問題研究会というものが設けられておって、それが提言をまとめたということが報道されております。提言の中身が新聞によって要約が多少違うようですが、社会的なサービスの現在の公、民――公、民というのは公明党、民社党じゃなくて公と民間と、その間の分担の仕方の現在の実態、それと国民のニーズとの間にかなりの開きがあるんではないか。こういうところからも行政のあり方が基本的に考え直さなければならないことになっているんではないか。そういう問題意識でこういう研究会が研究をして提言をまとめられたというようなことでありますが、この研究会の研究というものはこれからどういうふうにして行政の中に生かされていくのか。大まかなことで結構ですが、お教え願いたいと思います。

○政府委員(福島量一君) 私どもが一昨年の秋から実は勉強をしてまいりました社会的サービスの供給についての考え方を整理したものが先週研究会の方から報告ありまして、それを新聞発表したのが昨日の記事となって載せられたわけでございます。

 先生御承知のように、いわゆる社会的サービスというものが国民生活の高度化に伴いまして、非常にその方面に対する国民の志向が高まってきておるということは事実でございまして、福祉、厚生あるいは健康、体育、文化といったような各般の分野でその傾向が強まっておるわけでございます。

 一方、それに対します対応の仕方としては、その種のサービスを提供します財と申しますか施設と申しますか、それが通常社会資本と称せられるところに分類されるものが多いということもございまして、それがしかも社会資本というのは従来公共部門が主としてそれを担当して賄ってきたという経緯もありまして、国民の欲求の変化に基づきますいろんな要望、そういったものが公共部門でこれを受けとめて対処するというような傾向ができつつあるわけでございます。

 これからの将来を展望いたしますと、そのレベルアップというものはますます進んでいくわけですから、一体公共部門でどこまでそれが対応できるかどうかという問題、あるいはそれが適当かどうかという問題があるだろうという実は問題意識で始めたわけでございまして、そういう過程で民間部門の活力を活用した方がより弾力的かつ機動的に対応できるということもあるし、それがまた高度化した、あるいは所得水準の上がった国民のニーズに適確に対応するゆえんでもあるというふうな考え方もあるわけでございまして、そういった意味で、一つのこれからの論議の素材として公、民の役割り分担というものについての一つの考え方を提起して批判を仰ぐということが今回の試みにあったわけでございます。

 これの取り扱いでございますが、関係の各省庁においてもひとつこれを受けとめていただいて御検討願うということと、特に地方公共団体にこの関係資料をまとめてお送りいたしまして、現実の一線の行政の中にこの考え方を生かしてもらえば大変ありがたい。その中でまたいろいろと議論が巻き起こってくるであろうし、それらを通じてこういった新たな、あるいは高度の社会的サービスに対する対応の考え方がまとまれば非常に結構であるというふうに考えておるわけでございます。

○江田五月君 いまの定住構想基本問題研究会の方向なども大いに行政改革の際の参考にしていただかなきゃならぬ、考え方の一つの素材にしていただかなきゃならぬと思います。公共部門と民間との役割り分担というようなことは、非常にこれから大切になるわけでありまして、たとえば先ほどの冒頭申し上げたコンクリートパイルの事故にしても、これは全然こういうものが危険だというふうにだれも思っていなかったというんです。そしてまた、きょうはお尋ねをしませんが、恐らく日本全国どのくらい工事途中で放置されてある危険物のようなものがあるのか、そういうことは建設省でもあるいは警察でも把握を完全にしてはおられないだろうというような気がします。

 ところが、実際に庶民といいますか市民といいますか、生活をしている者は、わりに危険というものは自分の毎日の生活の中でわかっているものでありまして、そういう中で、たとえばあるPTAでは交通の危険な場所を毎月一回でしょうか点検活動する。地域住民が自分たちの住んでいる地域を点検をして歩いて、ここの道路標識が悪いとか、ここの曲がり角は危ないとかいうようなことを点検をする、そういうような活動がある。危険を探し出していくというような、まことにお役所がやればいいような仕事でさえ、民間がやればずいぶん行き届いた目が光っていくというようなことがあるわけでありまして、物の考え方の転換というものがこれからこうして研究されていかなきゃいかぬと思うわけであります。

 ところで、いろんな点で行政が大きく変わらなきゃならぬということがあるわけでありますが、たとえばもう一つ要綱行政というものがあります。これは、いままでの開発一本やりの中で地方自治体がお手上げになってきた。学校をつくろうと思っても上下水道を完備しようと思っても、こんな開発のテンポじゃたまらぬということになって、しかし国の方はそういうものの対応がまことにテンポが遅い。しようがないので自治体が宅地開発に関する指導要綱とかあるいはマンション建設の指導要綱とか、要綱をつくって業者を指導していく。法的根拠がないんですからいろいろな無理があるんですが、しかしそれにもかかわらず要綱で何とかやりくりしてきている。こういう自治体の要綱による指導、これを合理的なものにもし、行き過ぎもないようにし、しかし法的にきちんと後ろ盾も与えていくということが必要な時期が来ておりますが、要綱行政というものをどうお考えになっていらっしゃるでしょうか。

○政府委員(宮繁護君) 宅地開発に伴います指導要綱、人口急増関係の市町村におきましては、ほとんどの市町村がこの指導要綱を持っておるわけでございます。

 それで、この指導要綱につきましてはいろいろな評価ができるわけでございますけれども、やはり宅地、住宅団地が開発されまして、たくさんの人口がそこに入り込むというようなことで公共事業の整備が追いつかないというようなことで、市町村がその開発テンポをチェックしておる。これはやむを得ない面もあろうかと思います。

 なお、この指導要綱によりまして、一方では良好な住環境の整備が図られたとか、あるいは非常に敷地面積の小さな宅地の開発が抑制されるというメリットもあろうかと考えます。それで、現在のところ私どもは、基本的にはこの市町村の財政負担をできるだけ軽減するような措置をとっていきたいということを考えておりまして、住宅、宅地の関連公共施設の整備促進事業費の枠の拡大を行うとか、あるいは公共施設等につきまして立てかえで施工いたしまして長期、低利で市町村にお引き渡しして割賦で返していただくとかいろいろな措置も講じておるわけでございます。なおまた、関係のございます、特に市町村は学校の問題が大変のようでもございますので文部省あるいはまた上水道については厚生省、その他消防施設につきましては自治省等にも私どもは、何とかこういった市町村に対しまして財政の軽減の措置をとっていただくようにもお願いもいたしております。

 なお、建設大臣と自治大臣が相談もいたしまして、一方でいま申し上げましたように、財政措置をとる一方、同時に開発業者に対します負担その他につきましてやや行き過ぎ、不合理な点も認められるところもあります。それからまた、その負担金の使途の明確化等を図る必要もございますので、そういう点では自治省からも関係方面にも指導をお願いいたしておるような状況でございます。

 ところで、この要綱そのものの性格は、御承知のように地方公共団体におきまして地域地域の特性なり実情に対応いたしましてその自主的な判断によりまして制定されたものでございまして、いま仰せのとおり、その対象項目あるいは内容につきましてもかなり千差万別でございます。そういう意味では画一的でなくて地域の実態に即応しておるということも言えるかと思いますけれども、いずれにしましてもそういった内容でございまして、しかもそれが法律的な裏づけあるいは条例の裏づけというようなものを持たないで、相手方の協力を得ながらその目的を達成して、話し合いを前提にした指導を行う、こういうことでございまして、これはいわゆる行政指導ということでございますけれども、そういうことで、これを一律に法的に裏づけをするということがいいのか悪いのかというような大きな問題も一つございます。

 そこで、当面は地方公共団体のこの負担の軽減を図るための措置をとりながら、先ほども申し上げましたように要綱の行き過ぎがあります点は直していただく。しかしながら、同時に地方公共団体がこれらの指導を行う際の基準が必ずしも明確化いたしておりませんので、開発者の負担はどこまで負担さすべきか、公共団体等はどこまで経費を負担すべきか、こういう点につきましてはいま関係省庁とも御相談をしましてできるだけ基準的なものを早くつくってまいりたい、こんなふうに考えておるわけでございます。

○江田五月君 私は、各地方団体の行政指導の中身を統一をしていくというようなことはむしろ逆じゃないか、それぞれの地方自治体がそれぞれ自分のところはこういう町をつくっていきたいんだ、村をつくっていきたいんだ、市をつくっていきたいんだ、こういう地域住民の合意に基づいて個性あるものをつくっていけばいいわけで、そうすべきのものでありまして、ただそれが法的根拠なく要綱行政ということになってしまっておって、それが無用の摩擦を起こしたりしているようなのが現状じゃないのか。要綱をつくって各自治体が業者を指導していく、業者と合意を得て自分たちの町づくりの中に業者もまた協力させていくというようなことをオーソライズする必要があるんじゃないか。いまは、とにかくいやだと言われたらどうしようもないんです。いやだと言われたら、あとは両方の力の衝突になってどっちが勝つかということを決せざるを得ないようなことになっている。力の衝突で物事を決めていくということはもう一番愚かなことなんで、地方自治体がいま要綱行政というようなことで自分たちの町づくりをやっていくことを、適法なものにする必要があるんじゃないかというようなことを申し上げたいわけです。どうですか。

○政府委員(宮繁護君) 現在の要綱、これも制定の内容も手続のやり方もいろいろございますけれども、私どもはこれは違法だとは考えておりませんで、ただ行き過ぎのあるものについては何とか見直しをお願いしているような状況でございます。

 それともう一つ、建設省におきましても、先般の国会で都市計画法の改正をお願いいたしまして、そこでは従来要綱において規制いたしておりましたような事項につきましても、条例におきましていろんな宅地の一番最低基準を決めていただくとか、そういう制度でございますこの地区計画制度等もやっと実現を見たような状況でございます。こういう点を核にいたしまして、それぞれの市町村におきましてもよい町づくりを進めていただく、これも一つの方法だと考えておりますけれども、なお、先ほども御答弁いたしましたように、要綱自体につきましても、私どもで、たとえばこれを規則でつくっているところとか、あるいは条例的な議会の協議会にかけてつくっておるところとか、あるいはつくるまでにいろんな人々の意見を徴しておるところとかいろいろなつくり方等もございます。それから、先ほど言いましたように費用負担の内容等もございますから、そういう点につきましては一応の基準といいますか、これがまさに行政指導になろうかと思いますけれども、こういったものが一つの妥当な線であろうというようなものをお示しできればいいと思って、いま鋭意検討いたしておるような状況でございます。

○江田五月君 さて、私は先ほど開発一本やりから大分国民のニーズが変わってきているんじゃないかという話をしました。これは開発によって達成される豊かさといいますか、その価値の位置が相対的に下がって、豊かさだけじゃなくて、安全とか快適とか、あるいは環境とか、そういうような価値が次第に国民にとって重要になってきているんではないかということではないかと思いますが、同時にこの国民の求める価値というものについて政治は多少先見性もある程度持って、ある程度国民の皆さんに、こういう価値も大切にしなきゃならないというようなことを示していく必要もあろうかと思います。

 特に、今年は国際障害者年、障害者の「完全参加と平等」ということをメーンテーマにしてキャンペーンを広げなきゃいけない年であります。障害者に対する社会的な偏見というものを破っていかなきゃならない。障害者にとって「完全参加と平等」が果たされることは健常者にとってもこれは必要なことでありまして、私たちの社会というのは健全な者だけで成り立っている社会じゃこれはもとよりないわけでありまして、障害者も含んだ社会が普通の社会、障害者というものは社会からおっぽり出す対象じゃない、社会の中に障害者もいて初めてノーマルな普通の社会というものができていくわけでありまして、障害者の「完全参加と平等」というのは、社会をいわば健常者だけの社会をモデルに考えるというゆがんだ、その意味では非健全なアイデアから健全な社会、障害者も含んだ社会であるという健全な社会のイメージに引き戻すことではないかと思います。そういう国際障害者年を迎えて建設省もいろいろな施策の中でこのことを考えていかなきゃいけない。いろんなところでもう質問もあり、大臣もいろいろとお答えを下さっております。積極的な御姿勢を評価したいと思いますが、一つこの国際障害者年ということで伺っておきたいのがハンセン氏病の関係のことであります。

 現在ハンセン氏病は、もう菌を排出する、菌を出す患者というものは非常に少なくなっておりまして、らい予防法上「患者」という言葉があり、「治ゆ」という言葉がありますが、らい予防法の「治ゆ」は菌を排出しなくなっているということでは、もうこの行政がうまくいかない。というのは、大部分のこの施設に入っておる患者の方々は菌を出していないわけですから、治癒になっている。そうするとそういう施設から出ていかなきゃならないことになる。しかしその人たちは、出ていったらとても社会生活ができないほどに精神的にももう痛手を受けておりますし、あるいは肉体にもいろいろな障害が残っておる。障害というのは、醜い外貌の醜状が残っておる。らい予防法上の「患者」とか「治ゆ」とかいう概念は、社会生活が普通に、もうすぐに出ていってもできるように心身ともに普通の人と変わらなくなっている場合はこれは「治ゆ」でいいでしょうが、そうでない場合は、やはりらい予防法上は「患者」と言い、「治ゆ」でないと言わなきゃいけない。しかし、われわれの普通の社会の常識から言うと、大部分の施設に入っていらっしゃる患者さんたちはらい後遺症に悩む障害者なんですね。そういう障害者の皆さんが、しかし場合によっては隔離されてしまっているという状態にあるんです。

 いま岡山県に長島という島がありますが、その中に長島愛生園、邑久光明園、二つの国立のらい療養所があります。この島は本土との間が最短距離わずか三十メートル。橋をつけて何とか本土との間が自由に行き来ができるようにしてほしいという運動がもう十年来続いております。いまいろいろなところで、ここに橋をつくる必要があるんじゃないか、国際障害者年を迎えて、障害者の「完全参加と平等」ということのあかし、そしてハンセン氏病というものがもうそういう唾棄すべき、社会から隔離をして、アンタッチャブルで、触れてはならない病気なんだということではない。社会がそういう障害者の人に対して大きく門を開くというそのあかしとして長島に橋をつけてほしいという声が非常に高くなってきておるんですが、建設大臣、ひとつ長島に橋をつけてくれませんか。

○国務大臣(斉藤滋与史君) この問題につきましては、さきに厚生大臣からも早く橋をつけるようにという御要請がございました。御案内のように邑久光明園、長島愛生園、ともに島全体が厚生省の所管の医療施設になっております。したがいまして、それから本土への橋ということになりますと、事務的なことではあろうかと思いますけれども、周辺の方々の御理解、そのためには邑久町の方々、町長さん、それから知事さん、こういう関係の方がいま協議はしておられるようであります。早く協議されて路線認定になりますれば、当然所管でございますので早くかけて差し上げたい。――差し上げるということは語弊があるかもしれません、かけるのがあたりまえのことかもしれません、そういうことを考えながらいませっかく、進めると言いますか、現地の協議会の早く話し合いによって路線認定といいますか、を決めていただくように、待っているというか、または早くするようにまた声もかけますけれども、早くしてあげたいと思います。とにもかくにも、私の選挙区にもございますが、自由に出入りしているんです。ただこの関係、私は具体的に知りませんけれども、よほど周辺の方の御理解ないと、せっかく橋をつくってもまたいろんな問題が起きる可能性もありますので、これは町ぐるみでひとつ温かく、じゃ道路づけようかという、その環境づくりが大切じゃないかと思いますが、それやあれこれを配慮しながら早くひとつ結論を出して、橋をできれば早くつくっていきたい、このように考えておるものであります。

○栗林卓司君 この委員会でもかねて何遍となく話があったことでありますが、住宅基本法について、従来建設大臣の方からこの国会に提出ができるように鋭意努力をいたしますというお答えが何遍もございましたし、事実、この国会で政府の提出予定法案の中に刷り込まれもいたしました。これが見送りになったという話を聞いているんですが、それが事実でございましょうか。また、提出をすることに思い切りながらなかなかそこに至らない原因というのは特に何かあったのかどうか、まずお尋ねをしたいと思います。

○国務大臣(斉藤滋与史君) その事実は全くございません。本会議場でもお答えいたしましたように、長期的な基本計画でありますので、それぞれの各党の方々にも御意見がございますので、皆さん方の御意見がすっかりでき上がってそうして成案を得て、とにもかくにもこの国会に提出したいという考え方にはいささかも変わりがないということを申し上げておきます、


1981/04/07

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