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11月29日、広島へ、世良理事長お別れ会、加藤弁護士、帰岡、羽場市議ら

加藤弁護士と

何人かの若い人たちに「レコードレンタル」を知っているかどうか尋ねてみると、知っている人が皆無だったのに驚きました。1980年ころ、若者たちの間で、レコードレンタル店から好きな曲の入っているレコードを借りてカセットテープに録音し、それを自分流に編集してマイテープを作って聞くのが流行りました。曲を提供する側からすると、収入が無くなり困るのですが、聞く側からすると、提供する側が製造するレコードと録音機器を聞く側が連結すると怪しからんというのは、提供側の勝手な言い分で、聞く側の自由も認めろということになります。問題は、レコードの著作権料が製作時しか取れないので、これが取れるようにすれば両者の対立は緩和されると考え、レコードレンタル店の商業組合を作って著作権料の管理と支払いをすることにしました。この間の対立はなかなか厳しく、私は国会議員になりたてのころに、聞く側を応援しながら両者の調整に汗をかきました。その商業組合がその後に「日本コンパクトディスク・ビデオレンタル商業組合」となり、世良與志雄さんが15年間にわたり理事長を務めていましたが、この秋に享年62歳で急逝されました。13時から広島で「お別れの会」が開かれ、10時半ころに自宅を出て新幹線で駆け付けました。大きな会場が立錐の余地の無い参列者で埋まり、故人の人柄が偲ばれました。黙祷と関係者のご挨拶などの後、代表献花になり、私も指名されて恐縮しながら献花しました。配布された商業組合の追悼集には私との写真も載っており、専務理事の若松修さんとも暫時懇談しました。

お別れ会
世良さん遺影
追悼集に写真も

その後、ホテル内で待機し、15時半過ぎに加藤高明弁護士と落ち合って、共同受任している民事事件につき打合せをした後、16時半前から1時間ほど、一緒に事件関係者と協議をしました。

18時前の新幹線で帰岡し、18時半過ぎから21時前まで、羽場頼三郎市議や上田寿子さんらと一緒に夕食を食べながら来春の自治体選挙につき意見交換をしました。何としても新しい政治文化を持った立憲民主党の存在感を示さなければなりません。

新幹線で