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9月10日、新党代表選

やっと少し涼しくなってきましたが、まだまだ暑く、終日自宅にいて、法律事務所と最小限の電話連絡をしたほかはテレビを見るなどして過ごしました。

合流新党に結集した149人の国会議員が集まって、代表選出選挙と党名投票を行い、枝野さんを代表に選び、党名を「立憲民主党」と決めました。枝野さんは107票を集めましたが、枝野さんが掲げた党名は13票も少ない94票でした。いずれもなかなか味のある結果で、泉さんの健闘振りも良かったと思います。自民党総裁選と新総裁による政権交代と重なって、国民の関心はそちらに大きく削がれると思いますが、これまでの面目を一新し、地に足をつけ腰を落として、新しい時代を担う政党として前進することを強く期待します。

新党代表選
枝野代表決定
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9月9日、所用、代表選、死刑講演

10時半前に妻とともに出て岡山市中心部に行き、所用に取り組みました。道中で田を眺めると、元気な稲穂が伸びていました。所用は意外と時間がかかり、13時半ころに終わり一旦帰宅して昼食としました。

元気な稲穂

合流新党の代表選立候補者による討論会がテレビ中継されました。泉、枝野両候補とも、頑張ってほしいと思います。

代表選討論会

暫時休憩し、16時に妻の送りで出て法律事務所に行き、17時半から1時間半ほど、広島弁護士会主催の死刑問題勉強会にオンライン参加しました。広島から弁護士2人が来てくれ、時刻通りに開会し、私が「死刑と法相」という演題で50分ほど話し、さらに30分近く質問を受けました。修習時代、団藤教授のこと、死刑廃止議連、法相時代などにつき、昨夜大急ぎで簡単なレジュメは作ったのですが、急ごしらえになってしまったと反省しています。帰宅はタクシーにしました。

「死刑と法相」講演
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9月8日、自民党総裁選

9月とは思えない暑さが続いており、終日自宅でゆっくりしました。

自民党の方も総裁選が告示され、テレビはその報道一色でした。石破さんも岸田さんも大きな時代の変わり目を主張され、その点は同感ですが、新しい時代だからこそ、自民党に代わる新しい政治的リーダーショップが必要なのだと思います。

自民党総裁選
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9月7日、娘、新党代表選

九州の西部を通って北上した台風10号の影響で降り出した雨は朝方には上がりましたが、強風が夕方まで吹き荒れ定ました。しかし、さすが「晴れの国」で、県南はそれだけで収まったようです。家の片付けを大車輪でしてくれた娘が、昼過ぎに帰っていきました。仕事は法律事務所との電話連絡で最小限で済ませ、自宅でゆっくりしました。

野党の合流新党の代表選が始まり、枝野幸男さんと泉健太さんが立候補し、テレビで流されました。しかし、時間的には自民党総裁選の方が圧倒的に長く、歯ぎしりする思いですが已むをえません。立憲民主党岡山県連は常任幹事会で決定した通り党員とパートナーの「投票」をし、その用紙が届きました。

新党代表選
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9月6日、生君、仏前、薫君、代表選

9時過ぎに起こされ、孫の生君が出ていくので朝食を共にしました。鳥取県に居住しており、10時過ぎに出て3時間かけて帰ります。

生君と朝食

昼前に娘の真理子がきれいに片付けてくれた仏間に行き、一緒に両親の仏前に線香を手向けて手を合わせました。

娘と仏前へ

一休みして16時過ぎから1時間弱、孫で二男の薫君とオンラインで会話をしました。高校2年生で政治に関心を持ち、ルソーの社会契約論を勉強していろいろ質問を考え、ぶつけてきました。将来が楽しみです。

薫君とオンライン勉強

今日のテレビは台風10号のニュースで溢れていましたが、それでも自民党総裁選と野党新党の代表選の各候補の様子が流れました。首相が病気で潔く辞任を表明し、その後継を選ぶということの影響からか、内閣支持率が跳ね上がり、自民党支持率も上がっています。野党新党はその中での出発ですから、勢いを削がれて苦しい出発となります。しかし、ポストコロナという全く新しい時代の幕開けを受けて、全く新しいミッションを背負って出発するので、当面の困難を嘆くことなく着実に地歩を固めて進めばよいと思います。

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9月5日、立憲県連常幹、生君、全員集合夕食

9時半に妻の送りで出て、10時から2時間強、立憲民主党岡山県連合の常任幹事会に出席しました。党本部段階では、解散して新党に結集することが決まっており、県連と総支部でも当然にその流れになるのですが、構成員の合流の仕方はまちまちで、国会議員の手続きは3日に終わりました。国政の公認候補は総支部長を務めており、8日までの手続きを行います。その他の地方議員や党員・パートナーは自動的に移行します。なお急遽で非公式ですが、県連としては代表と党名につきメンバー全員による投票を行うことにしました。

立憲県連常幹

手続きの確認に加えて、会計処理や個別の事情による検討事項もあり、詰めた意見交換や協議をし、私も何度か発言しました。それでも、国民民主党側の事情など分からないことも多く、これからも具体的な協議が必要です。12時半に孫の松浦生君の迎えで出て帰宅し、みんなで昼食としました。21時からみんなで、ラジオ番組の「それなラジオ、ハラケンと社会の冒険者たち」を聞きました。

発言

その後は若干の電話連絡のほかは休憩としました。18時過ぎにももちゃんと一生君とパパとママが来て、まず一生君とももちゃんのピアノ演奏を聴きました。上手になりました。19時過ぎから賑やかに家族全員で鍋を囲んで夕食を食べました。

孫たちのピアノ演奏
盛大な夕食会
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9月4日、電話連絡、長女来訪

特別警報級の台風10号の影響か、雲の動きも何となく不気味です。夕方まで自宅で、結構忙しく、電話連絡などをしました。17時半前に妻とともに出て所用を済ませ、18時半過ぎに長女の松浦真理子を岡山駅に迎えて帰宅しました。私が使い物にならないので、週末わが家の片付けを手伝ってくれるそうです。

長女来訪
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9月3日、上京、所用、日鳥連、鼎談、帰宅

7時半過ぎに妻と出て、渋滞を掻い潜って岡山駅に急ぎ、8時半過ぎの新幹線で久しぶりに上京しました。台風襲来ですが涼しくならず、備前平野の稲は青々とし吉井川の水も淀んだままでした。

青々とした稲

12時過ぎに到着し、早速タクシーで移動して12時半過ぎから所用に取り掛かり、結構長引いて16時ころまで掛かりました。そこから移動して参議院議員会館に入ると、私が会長を務めている公益財団法人日本鳥類保護連盟の名執専務理事が待っており、16時半前から短時間で同連盟の所用を済ませました。ハンコは無用になったのですが、署名は必要なのです。

名執専務理事と

次いで16時半過ぎから18時過ぎまで、難波奨二参議院議員を囲む鼎談を行いました。難波さんの出身のJP労組の取り組みで、コロナ後の政治や生活につき自由に意見を言い合う企画で、有益なひと時だったと思います。その後、東京駅に急ぎ、妻と落ち合って18時半から夕食を食べ、19時半の新幹線で帰岡しました。自宅着は23時半前になりました。

難波さんらと鼎談
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9月2日、菅長官、買い物

ちょっと涼しくなったようですが、まだ盛夏の暑さでした。台風の影響で雲と風が出てきましたが、その分鬱陶しく、秋の爽やかさはありません。夕方まで自宅でゆっくりし、法律事務所とのテレワークは最小限としました。

17時から自民党総裁選の本命菅義偉官房長官が出馬会見をしましたが、面白くもおかしくもなく、何の訴えるものもありませんでした。安倍内閣での菅長官の役割を、菅内閣ではだれが果たすのかが問題と言われていますが、菅さんが首相と官房長官を兼務でしょうか。

菅長官出馬会見

18時に妻とともに出て、JR西大寺駅で切符を買い、さらに若干の買い物をしました。雨が降り出しきましたが、直ぐに止んだようです。

JR西大寺駅で
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9月1日、酷暑、国のかたち、自民党

9月に入っても酷暑は変わらず、今日も一日自宅でゆっくりし、テレワークも電話連絡も最小限にしました。12時から1時間強、国のかたち研究会のオンライン定例会に出席しました。

国のかたち研究会オンライン

菅直人代表の挨拶に続いて、軌道に乗って来た野党の新党への結集につき、最新の情勢報告や意見交換があり、私も発言しました。6単産の議員が加わらないことになりそうで、最後までのご努力を期待します。

政府与党の方も、自民党の後継総裁選びが方法も顔ぶれも固まってきました。菅官房長官への流れがこれほど大きくなるには、自民党ならではの裏の事情がありそうだと思います。いずれ明らかになってくるのではないでしょうか。