終日自宅でゆっくりし、デスクワークと電話連絡に取り組みました。デスクワークは簡単な原稿書き、電話連絡は取材打ち合わせと弁護士仲間との協議です。
月: 2020年12月
12月10日、懇談
所用のため日帰りで上京する予定でしたが、新型コロナの蔓延状況を考えて、中止しました。そこで妻は午前中コーラス練習に出掛け、私はゆっくり過ごしました。15時から1時間ほど、立憲民主党岡山2区総支部内の活動家の来訪があり、四方山話をしました。コロナ禍で会合も思うようにできませんが、苛々しても仕方ありません。
12月9日、「希望」、オンライン
終日自宅でゆっくりしました。あっという間に時間が経ち、17時50分過ぎに玄関先に出て西南西の空を見上げると、薄曇りの向こうに透けて赤い点が左から右に飛んでいるのが見えました。国際宇宙ステーション「希望」で、手を振って若田さんにエールを送りました。
20時から中断を挟んで22時過ぎまで、オンラインで原田謙介さんを応援する小人数の会合を開きました。冒頭に原田さんも参加して、中座して街に飛び出して行きました。
12月8日、所用、事務所
妻は午前中、コーラス練習に行き、私はゆっくりして妻を待ち、12時過ぎに一緒に出て岡山市内の中心部に行き、13時前から昼食も入れて3時間ほど、所用に取り組みました。大過なく終わりました。
その後、さらに15時半過ぎから16時過ぎまで、法律事務所に入ってデスクワークをしました。結構草臥れました。
12月7日、書作品、ドウダン
ゆっくり起きて新聞を見ると、全国紙の岡山ページに、昨日の講演会が私の大きな写真と一緒に掲載されていました。
さて今日はどうやって過ごそうかと思っているところに連絡が入り、14時から1時間半ほど、知人の来訪を迎えました。彼女の経営するお店に小さな展示スペースがあり、私の書の作品の展示会をしたいというので、いくつか見て貰いました。私はこれまでどんな作品を書いても、いつも後悔が残って満足出来た試しがないのですが、捨てるわけにもいかず、表装して残している全紙作品が10点ほどあり、見ていただいたのちに懇談しました。
庭に出てみると、ドウダンがきれいに紅葉しており、クモが丸々と太っていました。
12月6日、学術会議講演
13時過ぎに妻とともに出て労金ビルに行き、14時から2時間強、岡山県内の地方議員とその経験者の有志で作る「立憲主義と地方自治を守る議員の会」の主催による「市民と議員のための公開講座」に出席しました。今回のサブタイトルは「日本学術会議 任命拒否の本質~自治体議員として… 市民として…」というもので、弁護士の立田久義さん、岡山大の吉田浩准教授と私が講師となりました。
津山市の黒見節子元議員の司会で、まず共同代表で赤磐市の原田そよ議員が冒頭挨拶をし、立田さんが法律家として、吉田さんが教育者として、それぞれパワーポイントを使って憲法23条の学問の自由の観点から問題点をわかりやすく整理して話し、私が学生運動で関わった大学の自治の具体的経験から話を始めて「総合的で俯瞰的な」話をしました。
60年安保当時に大きな役割を果たしていた大学の教員や学生の動きを忌避した権力者が大学の統制を試み始め、さらにゆっくりと着実に国民の「内心の自由」を限りなく希薄化させて、現在の同調圧力の極大化を進め、遂に研究者の自治組織に手を出したものだと指摘し、最後のカマラ・ハリスさんの民主主義についての発言を引いて締めくくりました。さらに会場からの発言があり、最後に岡山市の下市このみ市議が閉会の言葉を述べて締めくくりました。会場の皆さんの心に届いたと思います。
12月5日、死刑シンポ、国会報告
早めに昼食を食べ、妻に送って貰って13時過ぎに法律事務所に入りました。13時から、神戸弁護士会主催の死刑に関する企画が始まっており、私もパネリストとしてオンラインで参加することになっています。既にパソコンは接続されていたので、直ちに所定の位置に座り、死刑事件の被害者の親族である原田庄司さんの講演を聞きました。
10分ほどの休憩をはさんで、14時半過ぎからパネルディスカッションとなり、会場には司会の弁護士のほか原田さんと青木里さんが着席し、後景には私のパソコンの映像が大写しにされて、まず原田さん、次に青木さん、最後に私の順で問題提起に応えていきました。法務大臣当時の死刑とのかかわりにつき質問され、司法修習生時代の死刑判決起案、団藤重光さんの「死刑廃止論」とその書評、議員時代の議連の活動など、何回かに分けて話しました。私の方からは会場の雰囲気や聴衆の反応は全く分かりませんが、一応いうべきことは言えたと思います。会場からの発言もあり、終了は16時10分頃になりました。やはり疲れました。
17時ころに帰宅してテレビのスイッチを入れると、ちょうど地元テレビの国会報告で津村啓介さんが発言していました。こちらもオンラインでした。
12月4日、竹馬の友、受任事件、国会閉会
12時半ころ、竹馬の友が自宅菜園で収穫した野菜を持って訪ねてくれました。白仁田ネギもジャガイモも、見事でした。本当に長い付き合いですが、これほど農業に才があるとは、知りませんでした。
14時半に妻に送って貰って出て、法律事務所に入り、15時から30分強、民事受任事件につき依頼者と打ち合わせをしました。不動産の相続と競売関係ですが、なかなか複雑で、長い時間を掛けてやっと終着駅に着きました。その後、1時間ほど、デスクワークをしました。
臨時国会は事実上今日で閉会ですが、懸案は何一つ解決せず、逆に政治と金に掛かる新たな案件が出てきたりしました。野党が延長を求めるのは、当然だと思います。
週刊現代「なぜ小選挙区制なんかに賛成してしまったか」を掲載しました
週刊現代 12月5日号
12月3日、自宅、水泳
民事受任事件につき、法律事務所と電話連絡を取りデスクワークをして、あとはテレビを見たりしながらゆっくり過ごしました。
久し振りに競泳の日本選手権をのんびり見ました。私の場合は、日本泳法の神伝流で、現在は10段で日本水泳連盟の範士になっていますが、高校生時代には競泳にも挑み、高2の時に岡山県新人戦で平泳ぎで2着になりました。懐かしい思い出です。