江田五月 活動日誌 2001年12月 (22〜23) | >>日程表 | ホーム/総目次/12月目次/ 前へ|次へ |
今日は冬至。3連休の初日です。10時前の新幹線で、帰岡。
14時半から、地元のテレビ、RSKの国会報告の録画撮りです。地元出身国会議員が、毎週土曜日に順次登場し、国政報告をします。3分半ですが、貴重な機会です。
今年1年の回顧で、国際的にはやはり同時多発テロ以来の出来事。世界には、中東問題をはじめ、悩み深い問題が一杯あります。国際社会が共同で解決に当たらないと、どこか一つの国だけでは解決不可能。ピンチのときがチャンス。今こそ21世紀にふさわしい国際社会の秩序作りに取り組むときです。
国内では景気です。地域経済は、本当に大変。世界で活動する金融機関のBIS規制は当然ですが、地域経済を支える信金や信組まで、同じように引き当てさせることがどこまで必要でしょうか。民主党は「地域金融円滑化法案」を提出しました。
この国のかたちをどうするかと言う議論も、これから大切。私は民主党憲法調査会の事務局長として、先日、中間報告をまとめました。来年は大いに論憲します。
その後、お見舞いや弔問。年末のご挨拶。
今日は、10時から県自動車学校労組の定期大会で挨拶。県下の自動車学校従業員の組合で、組織率5割。全国のリーダー格です。昼、私たちが仲人をした佐藤君ご夫妻が、男の子3人連れで来てくれました。記念写真のついでに、庭の花もパチリ。
13時、知人の葬儀。13時半から、草苅幹事長と打ち合わせ。その後、たまった揮毫を仕上げて、デスクワークや合唱の準備など。16時前、岡山市労協の結成50年の記念行事に出席して挨拶。出し物は、吉本新喜劇の公演でした。
18時から、番町文庫五月会の忘年パーティー。100名限定です。はたともこさんの、「番町文庫がお好み焼屋さんとは、今の今まで知りませんでした。てっきり、古本屋さんか貸本屋さんと思っていました。」との挨拶に、一同爆笑。大いに盛り上がりました。
私だけが途中退席で、最終新幹線で上京。明朝、加藤シヅエさんにお別れしに行きます。
不審船事件発生。一連の経過には、問題点はなさそうですが、自沈かどうかなど、解明すべきことが多そうです。ただ、一点の非の打ち所もないのは、あくまで完璧な官僚的手法だということだけであって、全体として見れば、歓迎すべき事態ではありません。時代の雰囲気を示していることは確かです。
江田五月 活動日誌 2001年12月 (22〜23) | >>日程表 | ホーム/総目次/12月目次/ 前へ|次へ |