江田五月活動日誌 2014年8月 | >>日程表 | ホーム/総目次/8月目次/前へ|次へ |
今日は、重慶の朝は快晴。8時に朝食を取り、8時半に出て、世界文化遺産の大足遺跡に向かいます。
重慶の朝
中国も今や高速道が張り巡らされ、全国の道路地図が販売されています。高速道を含めて都市部の渋滞は酷く、運転マナーも「4わ」、つまりわが道、われ先き、わがまま、わり込みと言われるほど悪く、歩行者もひたすら度胸で横断しますが、これに耐える覚悟があれば、全国ドライブ旅行も快適かも知れません。すぐにそういう時代が来るでしょう。ただ今10時過ぎで、間もなく大足区に着きます。
高速道路
10時半から、1999年12月に世界文化遺産に登録された大足石刻を見て歩きました。宋から明の時代に岩壁に掘られた仏像と仏教の教えの数々で、親孝行など儒教の教えも混ざっています。北宋時代のものが多く、観光客が溢れていました。遺跡の外には広く新しい観光施設が建設中で、さらに大きな観光地となりそうです。
大足石刻 - 入口 同 - 寶頂山 同 - 仏像1 同 - 仏像2 同 - 輪廻転生 同 - 千手観音 同 - 涅槃像 同 - 記念撮影入口から石刻までの移動は、小型の電気自動車で、後部に「緑色動力・・・」と掲げていました。中国政府が力を入れていることを示しているのでしょう。
同 - 緑色動力移動して、近くで昼食。 この辺りは揚子江とその支流の流域で魚が多く、 やはり魚が出ました。あっさりした白身の川魚でした。 女性2人は諸般の事情で午前の日程は外れ、 参加者は少なくなりました。
昼食 - 川魚
約2時間で重慶中心部に戻り、16時から30分ほど、「八路軍重慶弁事処旧址」を見学しました。「周公館」とも呼ばれ、周恩来が1930年代から40年代にかけてここに事務所を置いて指揮を執っていた場所です。国民党の拠点とも近く、日本軍の空爆もあり、危険と隣り合わせの中を、質素な構えで頑張り抜きました。住所のまま「曾家岩50号」とも呼ばれます。
周公館 - 看板 同 - 周恩来像と16時半から20分ほど、「桂園」を見学しました。やはり30年代終わりから40年代にかけて行われた国民党と中国共産党との合従連衡の結果、第2次世界大戦終了後の1945年10月10日に、中華民国を代表する蒋介石と延安から来た共産党代表の毛沢東とが、正式には「政府與中京代表会談紀要」ですが、10が二つ重なるなので「雙十協定」とも呼ばれる協定を結んだ場所です。結果的には協定通りにはいかず、中国革命から新中国誕生へとなります。
桂園 - 看板 同 - 入り口で
19時前からホテルの近くで、地元料理で夕食。雲南省の緬もありました。20時半ころ、繁華街を散歩。今夜は旧暦の7月7日で、若者たちで溢れていました。スーパーに入ってみると、食材は確かに安く種類も豊富で、豚の鼻先や太った蛙もありました。
雲南の緬 抗戦勝利等記念碑 スーパー - ブタの鼻 同 - 蛙