江田五月活動日誌 2015年8月 >>日程表 ホーム総目次8月目次前へ次へ

8月9日(日) 長崎式典、黙祷、能「唐船」観劇、親族会食

 今日は、70年前に長崎に原爆が投下された日です。2007年8月7日に参議院議長に就任して、最初に行った公務が、長崎平和祈念式典への参列でした。因みに最後の公務は、2010年6月23日の沖縄戦終結の式典参加でした。議員宿舎のテレビで、式典の様子を見ながら、11時2分の投下時刻に、テレビに向かって長崎の会場の皆さんとともに黙祷しました。

長崎平和祈念式典 - 黙祷

 12時過ぎにカリユシ・ウェアで妻とともに議員宿舎を出て、13時から17時前まで矢来能楽堂で、観世九皐会の8月定例会を鑑賞しました。能と狂言の公演で、まず世阿弥の弟子による「唐船」が演じられ、私たちの長女の二男の薫と三男の航がシテの祖慶官人の日本での息子たちを演じました。

矢来能楽堂

 明代に、中国と日本は諍いが日常のことで、お互いに船を奪い取り合っていました。中国船の祖慶が九州の領主・箱崎に捕えられて13年が経ち、その中国に残した2人の息子たちが数多くの宝と引き換えに父を迎えに来ました。箱崎はこれを許しますが、祖慶が日本でもうけた2人の息子たちを置いていくように命じます。しかし、彼ら親子5人の深い情を見て、「唐土は心なき夷の国と聞きつるに、かほどの孝子ありけるよ」と感じ入り、「もののあわれを知らざるは、ただ木石に異ならず」と心を改め、親子5人揃っての渡航を許すのでした。その後、休憩をはさんで、狂言「内沙汰」と仕舞、最後に能「鵜飼」が演じられました。二人の子方の母方祖父母の私たち、父方祖父母の松浦基之さんご夫妻、二人の父の妹とその子など、関係者一同で激励しました。

子方2人と応援団
曾祖父4人ら

 17時半から1時間半ほど、能楽堂近くのアジア料理店で、私たちと娘夫婦と2人の息子たちで、夕食会を開きました。若い小学生たちは、面白いほど食べました。

娘一家と夕食

2015年8月9日(日)

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