2004年11月6日 | RSK-TVの国会報告 |
国会報告です。今日は民主党の江田五月さん、聞き手は山内記者です。
○江田さんこんばんは。(こんばんは、どうぞよろしく)。江田さん、表彰をお受けになられたということですけれども、どんな表彰…。
27日に、先日のね、国会議員25年勤続ということで、参議院の本会議場で、表彰をいただきました。自民党の青木議員会長に祝辞を言っていただいて、私が謝辞を申し上げるという機会があったんです。表彰状をお見せしましょうか。
○25年ですか。
はい、1977年ですよね。昭和52年に、私の父が、もうそれこそ命がけで新しい政治を求めて、しかしすぐに亡くなった。私の誕生日だったんですよ。父の状態を見ていて、もう日本の政治はだめだからと、一番政治から遠い司法の世界にいたのですが、命がけでそれでも政治を変えようという、その姿を見てやっぱりこれは後を引き継がなきゃ、ということで参議院の全国区に出て…。以来25年ずっと議員バッチを付けてきましてね。これは本当に、ご支援くださったみなさんのおかげなんで、心からお礼を申し上げなきゃならんと思います。
○ある意味では今、最もまた厳しいというか…。
そうですね。結局親子で、父も25年表彰ですから、50年。何をやってきたかというと、やっぱり有権者が自分の手で政権交代をやる、政権を選べる、そういう政治を作ろうと。それには自民党とは別のもうひとつの政党がいるんだ、というね。
最初はとにかく小さな一歩から始めようと。最初の選挙は社会市民連合という、当選したのは私一人ですからね。で、今日まできて、やっと民主党が今、政権を担えるかどうかのギリギリだから。だからまだ本当は表彰を受けちゃいけないんでね。本当はまだまだ、そこまでの仕事はできてないという事なんですが、まあこれも皆さんがくれるというものですから素直にいただいて。
だけど、これから2年です。というのは、小泉さんがこの9月に再任されて、あと2年の任期で、もう先はないんです。私どもの岡田さんも9月で、これが2年です。私も7月に参議院の議員会長になって、これもだいたい2年だと思います。ですからこの2年の間に、日本の政治を大きく変えることができるかどうかというところなんですね。
○あらためて気を引き締められた表彰だったという…。
はい、これは、うれしさよりもむしろ、これから、さあやらなきゃならんという表彰です。いっぱいやらなきゃいかんことはあるんですが、イラクのこともあります、あるいは年金のこともあります。それから政治と金の事もあるし…、いろいろあるんですが、ひとつ申し上げておきたいのは、この秋は特に台風とか地震とか、大変でしたよね、もちろん新潟の地震も大変だし、それから県南の高潮にしても大変なんですが、ぜひ申し上げておきたいのが、県北の森林です。
これはすごいですね、あの広戸風は。倒木。もうねえ、あの戦後の乱伐で、後は杉檜。ところがこれがもうダーッとやられていますね。あれは使い物にならないのですよ、あの倒れた木は。それを何とかして引きずりおろしたとしても、その後、今度は一体植林なんかできるのか。
森林がどんどん壊れていく。そうすると県南も、これは本当にもう川が汚れる、日本の国土が崩壊していく。何とかここで、大きな哲学とか理念とか、これを変えなきゃいけないと思いますね。今までの戦後50年の歩みを大きく変える時だと思います。
○わかりました。ありがとうございました。
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