2007年5月28日 |
参議院議員 江田五月
1. 憲法に関する議論の経過
一昨年5月、日本で議員会議が開かれた際、私たちは日本の政治情勢のセッションにおいて、日本国憲法に関する国会の議論の状況をテーマに取り上げました。そのときの議長も今日と同じ中山団長で、私もお許しをいただいて、中山団長のご発言の後に、重複を避け、中山団長とは異なる野党の立場から、若干のコメントを申し上げました。その際の発言を簡単に要約すると、次のとおりです。
まず、衆参の憲法調査会の議論が報告書としてまとまりました。その内容は、現行憲法が立脚している国民主権、基本的人権の尊重、平和主義という3原則は国民の間に定着しており、今後とも堅持し、さらに発展させていくべきだということです。
次に、憲法改正の議論が始まっているということを申し上げました。すなわち、憲法の条文表現自体は、制定時の歴史的制約を受けていることは言うまでもありませんが、その後今日までの変化は著しく、同じ思想を表現するにも、現在の内外情勢に即した別の表現が必要となっているところがあります。また、戦後改革が不十分だった点もいくつかあり、これらを徹底し、現代化すべきところもあります。日本人が有史以来一度も本格的な市民革命を経験しておらず、国民総参加により自らの手で憲法を作る必要も高まっているといえます。もちろん新憲法の枠組みは現行憲法の原則を踏まえるので、新しい憲法を作るという作業は、国際社会の理解と共感を得られるものと、私たちは確信しています。
前回の発言の最後に私は、国会の発議した憲法改正案に対する国民投票が、例えば投票率50%を切るようになっては、国民が自らの手で憲法を作ったとは到底言えなくなり、その瞬間に日本の民主主義は死滅するので、そうならないように、国民が目を輝かせ心を躍らせて投票に駆けつけることができる状況をどう作るかが、これからの政治家の英知だと思っていると申し上げました。そして、この問題は与野党の共同作業であり、焦らず怠けず、着実に新しい憲法を作るために努力すると申し上げて、発言を締めくくりました。
2. この2年間の変化
私たちはその後、憲法96条に規定する国民投票の制定作業に取りかかりました。超党派の有志議員による草案の提案もありましたが、これは議会の議員を選ぶ公職選挙法をモデルとしていました。しかし、議員の選挙は代表者の選任で、そこに委任関係の成立に疑問を抱かせるようないささかの汚点もあってはなりませんが、憲法改正国民投票は性格を異にします。すなわち憲法改正は、憲法制定の権限を有する国民が共同してこの権限を行使しようというものであって、可能な限り幅広い国民の参加で、自由で闊達な議論を行い、投票行動に赴くことを最大限奨励するものでなければなりません。
しかも、憲法改正発議が衆参の総議員の3分の2以上によらなければ出来ないことを考えれば、その前段階としての国民投票法案も、衆参両院で可能な限り大きな合意で作るべきものであり、この段階で既に与野党の垣根を越えておく必要があります。そこで私たち民主党は、憲法自体についても、あえて党独自の改正草案は作らずに「憲法提言」に留め、一応国民投票法案も私たちの考え方をまとめましたが、これを法案にして提出することを控えていました。
ところが自由民主党は昨年、結党60年を記念して、自民党の憲法草案を起草して発表してしまいました。私たちは、憲法改正作業は一政党の記念事業にすべきものではないと、これに強く反発しましたが、その後、昨秋に安倍政権が誕生し、ますます憲法関係の作業を自民党の独自ペースで進める傾向が強まってきました。それでも昨年末までは、民主党の衆議院段階での実務担当者は、自民党の現場の皆さんとともに、誠実に意見交換を重ねてきました。民主党の国民投票法案の考え方は、前述のとおり規制を最大限緩めようとするもので、自民党の皆さんもこの考え方に大きく影響されたと思っています。
今年になってすぐに、事態の変化が起きてしまいました。安倍首相が、憲法改正を夏の参議院選挙の争点にすると表明したのです。衆参の国政選挙は、政党が雌雄を決するものです。しかし憲法改正は、政党間の垣根を乗り越えなければ出来ません。この両場面の違いをしっかりと認識し、区別して扱うところにこそ、政治家が英知を発揮しなければなりません。目前に選挙が迫っている今、安倍首相により、憲法が政治的パフォーマンスに使われ、国民投票法も憲法改正の前段階のものと位置付けられて、ゴングが鳴らされた以上、そのゴングが間違ったものであっても、私たち民主党もリングに上がって戦わなければなりません。国民投票法案は、このようにして不幸な出発をしてしまいました。
3. 今後の見通し
安倍首相は自らの政治家としての使命を、「戦後レジームからの脱却」と言っています。私たち民主党は、安倍首相の歴史観や手法で日本の戦後の歩みが塗り替えられることを、認めることは出来ません。国民の大多数もまた、私たちと同じ考えだと思います。そこで私たち民主党は、夏の参院選では是非勝たなければならないと決意しています。もちろん、今から選挙結果を予測することは、誰にも出来ません。
さてそこで、憲法改正はどうなるのでしょうか。私たちは、安倍首相の「戦後レジームからの脱却」は、先に述べた衆参の憲法調査会の議論と報告書の結論とは相容れないと思います。安倍首相のリーダーシップで憲法改正をすることは、これまでの議論を踏み外すことになり、国際社会の理解や共感も得られにくいのではないかと思います。安倍首相が、ご自身の傘の下に衆参の総議員の3分の2の勢力を作ろうとしても、私たち民主党は、これに加わることはありません。安倍首相の下では、憲法改正は出来ません。
しかし先に述べたとおり、自民党が憲法草案を発表するまでの憲法の議論は、大きな合意を目指した誠実で真剣なものであったことは疑いなく、中山団長は自民党内でのそうした動きを主導されるお一人であったこともまた、私たちはよく知っています。
このような外国からのお客様を前にした席で、日本国内での政治的対立をさらけ出す議論をすることは、いささか礼儀を失するのを恐れながら、あえて日本の政治状況を正確に知っていただくために、私たち民主党から見た憲法改正を取り巻く状況を申し上げました。ご理解いただけると思いますが、今の状況は一時的なものだと思います。この事態を早く抜け出し、憲法を巡る議論を正常な軌道に乗せるためにも、今夏の参院選はきわめて重要だと思っていることを付け加えて、私の発言を終わります。
2007年5月28日 |