1997/4/26 江田五月 再出発宣言 | 戻る/ホーム/主張目次/前へ|次へ |
必ず朝は来ます
本日は皆さま、最高の陽気のなか、又何かとご多忙のなか、私の再出発宣言の企画にこんなに大勢の方がお集まりくださり、まことに有難うございました。心からお礼申し上げます。昨年は、本当にお世話になりました。絶頂期の自民党との対決、それも総理大臣を相手にするということになりましたが、皆さまのお力添えのおかげで互角の戦いをさせていただき、ただただお礼を申し上げるばかりです。競り負けたのはわたしの力量不足としか言いようがなく、本当に申し訳ありませんでした。
その後、わたしの職業人、生活者としての原点は、やはり法律家ですから、妻を事務員にして弁護士事務所を開きました。在野法曹の経験がない上、永い間実務を離れていたので、不安もありましたが、同僚の皆さんのご指導をいただきながら精一杯努めています。
政治家のほうは、冬のあいだ冬眠していました。しかしやはり、県政も国政も、まだまだ私たちの願っていたものとは遠い存在です。政治家をやめるなんてとんでもない、今こそ十分に充電し、地域にしっかりと根を張って、再出発しなければならない、そんな声も多く寄せられ、私自身もその思いを強く抱くに至りました。(中略)
国政をはなれた岡山県だけの改革もないし、岡山県のことを忘れた国政の改革もありません。国政も県政同様、あるいはそれ以上に、混迷と沈滞の極みにあります。国政も県政も大改革が求められています。
あきらめてはいけません。市民ひとりひとりの手で明日をめざさなければなりません。今こそ「市民パワー」の底力を発揮して、質の高い市場システムと市民政治の貫かれた議会を通じて、より良い自由な市民社会を作っていくときだと確信します。私は再び皆さまがひとりひとりの努力の先頭に立ちたいと思います。(中略)
政治は、最近の沖縄の特措法をめぐる動くに象徴されるように、本来政治こそが果たさなければならない、国民との共同作業である大討論を放てきして、政権との距離をいかに縮めるかの政党間の思惑とかけひきの作業に終始してしまいました。その政権は、上手に各勢力のバランスをとることにのみ腐心し、官僚の上に乗っているだけ。沖縄の人々の心も、歴史の進歩への洞察も忘れ、基地の安定的使用ということにのみ心を砕くのでは、動きのある真実は見えてきません。(中略)
「保保連合」が取り沙汰されています。あるいはそれもひとつの自然の流れかもしれません。しかし今必要なのは、やはり改革であって、これまで歩いてきた道の踏襲基本とする保保路線は、新しい時代の扉を開くものとは異なります。保保連合ができてもできなくても、そんなものに負けない「リベラル改革連合」の構築が急がれているのです。その意味で私は、政界再々編成は不可欠であり、不可避だと思います。また、そこにこそお前の大き使命がある、「江田五月、国政で頑張れ!」という声も、多くの方から寄せられています。
今の国政を動かしている政党は、まだまだ苦労するでしょう。すべて潰れてしまうかもしれません。その後に、必ず新しい市民政党を誕生させなければなりません。
高村光太郎の詩に、次のような一節があります。
「朝は来る、眼を洗うばかり鮮やかに、一切心機まき直しの、朝がくるのだ。」 知事選敗北の翌朝、小野桂華先生がこの詩を色紙に書いて、私の届けてくれました。この詩の時代の背景を考え、これを本日のテーマとすることは控えましたが、必ず朝は来ます。県民党の立場を堅持し、次期知事選を見すえながら、その間の行なわれる国政選挙をしっかりと視野にいれ、政治家として再出発します。そして、市民政治と構造改革のために、あきらめずへこたれず、すべての力をだしつくすことを宣言します。
皆さんの一層のご指導ご支援をお願いして、ご挨拶とします。
(1997年4月26日のパーティでの江田五月の挨拶を要約したものです )
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