1988/01 五月会だより No.38 | ホーム/主張目次/たより目次/前へ|次へ |
明けましておめでとうございます。
一九八八年の幕開けにあたり、謹んで新年のご挨拶を申し上げます。
今世紀もあと残すところ十二年になりました。新しい世紀に向っての諸課題に備えるための期間としては、決して長すぎる時間ではありません。構造的な円高不況、貿易摩擦と内需拡大、一六〇兆円を超える借金財政、未だ経験したことのない高齢化社会等々、二十一世紀に向って解決しておかなければならない難題は山積みしています。
又昨年暮には、レーガン、ゴルバチョフ会談で、画期的な軍縮の方向が決まりました。この平和への歩みを、より確かなものにするために、我が国が国際的に果すべき役割は沢山あります。
これらの課題を見すえて、私たちは、国民の皆様と一緒に、新しい世紀へ向って確かな歩みを、改めて、始めなければならない年だと心得ております。
我が岡山県に目を転じてみても、瀬戸大橋の開通、新空港の開港など、いよいよ大型プロジェクトの店開きの年、しかしこれとて、手離しで喜べる程、単純ではなく、今後の対応いかんでは莫大な投資が水泡に帰すことさえあるのです。やはり岡山県にとっても大変な年の幕明けといえるでしょう。
しかし私たち政治を担当するものは、大変だとばかりはいっておれません。干支に因んで、登り龍の如く、未来を誤らないよう、力一ぱい頑張ります。どうぞお力を今年もお貸し下さい。皆様に幸多かれと祈念しつつ。
第二回政治講座 “民社党とはどんな政党か”
第二回政治講座は「民社党とはどんな政党か」をテーマに、十一月八日、民社党県連の舛田書記長を講師に迎えて開催された。
今回は前回の社会党に続く政治講座の第二弾ということで、二回目の参加者も多く熱気でムンムン。質疑応答も真実味にあふれ、舛田書記長もタジタジになる場面も数多く見られるなど、終始激しい議論が展開された。
今後ともこのような一般市民も参加した形での政治勉強会を精力的に続けていきたいと思う。次回は公明党の山下書記長を招く予定。
大元中央公園に江田五月の書
“希望”と書いて欲しい。江田議員の所属するグリーンライオンズクラブから、認証五周年を記念して、大元中央公園に大理石を使用したモニュメントを作るので、ぜひその碑文を江田議員に、というわけ。
不特定多数の人々の目にふれ、半永久的のこる。これはえらいことだと、ねじり鉢巻で書く。人が生きていくには“希望”がないとダメ。自らに叱咤激励するためにも書いた文字。みなさんも一度、大元中央公園に出かけられては。
アジアの友人と連帯しよう。
アジアの友人と連帯しよう。この心意気で十二月四日フレテリン(東チモール独立革命戦線)の海外代表部ロック・ロドリゲス氏を迎えて、「東チモールを支援する会」が開かれました。昨年のロペス司教に続いての来岡でしたが強行日程にもかかわらず、氏は侵略国インドネシアから祖国を解放したいと熱弁をふるいました。「彼らの暴力に対して私たちは闘うのだ」という言葉が心に残りました。また、この問題について国連で演説し、多くの人に感動を与えた「岩村正八」さんも大阪から来てくださり、これからの運動にはずみをつけてくださいました。江田五月は、この会の司会と一部通訳も引き受け、問題の解決に向けて頑張りたいとはりきっています。
生活の質的向上が大切!
「国民生活を豊かにする’87国民運動岡山地方集合」が、岡山県同盟・岡山民労協の主催で、下石井公園に約三三〇〇名が参加して行なわれた。
江田議員は、「日本は現在、世界第一のお金持ちの国。しかし現実の生活は、砂をかむような味気なさ。働く者は今こそ手をつないで、生活の質を向上させよう。労働界の再編を契機に、政治戦線の統一も促進させよう」と挨拶。
参加者はつづいて岡山市内をデモ行進し解散した。
私の名字を継いで欲しい ― 夫婦別姓を認めよ ―
私どもの夫婦には娘が二人ありました。あととりとして婿養子に来てくれる人を探しましたが思うようにはいかず、娘は嫁に行き姓も相手の姓になってしまいました。娘達夫婦はそれぞれに幸せな結婚生活を営んでいるのでこれはこれで良かったのかもしれません。しかし、私の名前を継いでくれる人がいないというのは大変寂しいものです。御先祖様から戴いたこの名字を私の代で失ってしまうのは申し訳ない気もします。考えてみれば、親子には名字が伝わるのに、結婚でそれが失われると言うのは、おかしい気もします。
こんな私と同じ思いをした、またこれからする親は案外と多いように思います。私の調べでは、夫婦の18%には女の子しか生まれていません。その上、夫婦に子供が少なくなっている時代です。養子を探さない限り、家も姓も無くなってしまいます。
これというのも婚姻届を出すさいにどちらか一方の姓を夫婦の姓にすることになっているからです。これが間違いのもとです。一見男女平等のようですが、現実はそうではありません。夫の姓を名乗ることが圧倒的に多いのです。ということは、女性の側が改姓を強いられている訳です。法律が、人間の感情、特に先祖への尊敬の念や親子の情愛などを無視していることが、このような問題を引き起こして居るともいえます。
名字を変えることの不自然さ、変えられたものの不便さには大変な物があるということの理解が必要です。今にして思えば、娘の婿たちもそれが大きかったのでしょう。親御さんたちも私と同じ思いをされていただろうと思います。夫婦や家族で納得して名字を変えるのならいいでしょう。そうでないものにとっては、結婚するなと言うのに等しい制度ではないでしょうか。
そこで提案です。婚姻届を出す際に、希望者は夫婦別姓での届も出せれれば良いのではないでしょうか。外国では皆このようになっています。婚姻は両性の合意のみで成立するとする憲法の趣旨からしても、婚姻届だけでOKとして一向に差し支えないと思われます。ほとんどの国では夫婦別姓が認められています。日本の民法、戸籍法も見直して見てはいかがでしょう。山下 信夫(投書)
編集後記
“忙しい″という字は、「心を亡くす」と書きます。
昨年を写真で振り返った江田議員は、時間的・空間的には確かに“忙しい”かもしれなかったが、心は決して宙を浮いていなかった。政界再編という大きな舞台で、しっかりと台詞を述べ、大きな動作で聴衆を引きつけた。「新党を創ろう」という言葉に、人々は大きな拍手を送った。でもその舞台の幕はあいたばかりである。決して途中で幕を降ろしてはいけない。
ことしは、勢いよく、龍のように飛翔する江田議員を見て下さい。我々も、裏方として立派に舞台作りに励みます。
“もともと地上に道はないみんなが歩けば道になる”と言った、故江田三郎さんの言葉が、年の初めに、万感の思いでよみがえります。〈ノブ〉
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