2002年9月 |
チャリティーで舞台に 音楽少年の夢、再び
政治家として、多忙極まりない日々を過ごしている江田五月さん。自ら立ち上げたHPにも東奔西走の毎日が「活動日誌」として克明に綴られている。ハンセン病訴訟問題や東ティモール独立への支援など、地道で信念あふれる活動を展開。その傍ら、国会の有志によるコーラス大会で司会を務めたり、地元岡山で支持者らとの交流会にバイオリンを披露するなど、政界きっての音楽好きとしても知られる。そんな江田さんの音楽歴は小学校時代にまで遡る
「クラシックが大好きな小学生だったんです。メンデルスゾーンのバイオリンコンチェルトを擦り切れるまで聴くような。その当時、親はバイオリンなんて、と思ったんでしょうね。それでも親を再三説得し、小学校時代、二年ほど習わせてもらいました」
音楽好きはそれからもとどまることを知らない。高校時代には歌声喫茶でロシア民謡を歌ったり、大学時代には友人宅に通ってまで、ピアノを独学で練習した。しかし最後はやはりバイオリンに戻った。その魅力は、弦から奏でられるやさしい音色。バイオリンから流れ出す美しい旋律に何度も心を癒されたという。
10年前に、音楽家の三枝成彰氏が提案した「エイズ・チャリティコンサート」に出演することになり、ずっと押し入れに眠っていたバイオリンを引っ張り出して大特訓。三カ月後、ビバルディの曲をフルオーケストラをバックに披露した。
「大勢の前で弾くのは子供の時の発表会以来でしたが、その爽快感は最高でした。それ以降、バイオリンを持ち出しては、議員宿舎で夜こっそり一人で練習することもあります」
音楽によって人と人が結びつく、その素晴らしさを実感している江田さんにはいくつかの武勇伝も残っている。
「衆議院に最初に立候補した1983年かな、岡山駅前でトラックの荷台の上で若者が演奏しているところに、選挙カーをつけて、一緒に『昴』をワーッと歌ったこともありました」
その勢い、情熱が伝わって、江田さんは衆議院に初当選する。
現在も、音楽を通じたネットワークは広がりつつある。最近も、岡山で開かれたアフガンの子供たちのためのチャリティコンサートに地元のロックバンドと一緒にステージに上がった。
「政治家という仕事がもう少し時間に余裕が持てれば、もっと音楽を楽しめるんですが」と昨今の厳しい世情を愁いながら、音楽好きの本音を垣間見せる。「日経Masters」2002/09創刊3号掲載
学生時代にアルバイトをして買った無量塔蔵六(むらたぞうろく)作の貴重なバイオリンは今も江田さんの大切な宝物となっている |
2002/09 |