1979年5月25日 |
市民のための医療制度の改革を
社民連 副代表・市民委員長 菅 直 人
医師会と健保連の論争
健康保険制度のあり方をめぐって、医師会と健保連の間でホットな論争が展開されている。しかし、両者の主張は、他方を意識する余り、一般市民にとって、医療の内容とそのための経済負担がどのようになるかは十分論じられていない。市民の立場から望まれる医療制度の改革の方向について述べてみたい。
医療制度の矛盾
今日の医療制度は、治療を受ける市民の側からすると、医師の指示で大量投与された薬を原因とするスモン病などの各種薬害の発生、人工透析の安易な使用、差額ベッドや付添婦の費用など、重病時にかかる過大な自己負担など、不安がいっぱいである。
同時に、今の医療制度は医師にとっても大きな矛盾をはらんでいる。つまり、現行の診療報酬制度では技術料評価が一般に低く、薬価差益をあてにせざるを得ないという問題や、また次々に開発される高価な新鋭医療機器を売り付けられ支払いに追われ、機械の償却のため検査などを行うといった現状などがその表れである。
この状態はちょうど、現行の食管制度で米の味が評価の対象とならず、そのため味がまずくても収穫量の多い品種の米ばかりが生産される問題や、農業機械を次々と売り付けられ、その支払いに追われる農民の現状に見事なほど類似している。
改革の方向
それでは市民にとって安心でき、しかも医師にとっても矛盾のない医療制度を作り上げるにはどうした改革が必要であろうか。
第一に、薬づけ医療を誘発している薬価差益を無くし、同時に技術料を適正な水準まで引き上げることである。この点については、現行の薬価調査の抜け穴をなくすこと、更には九〇%バルクライン方式という不合理な薬価の決め方を改めることが必要である。
第二に、重病患者の自己負担を無くし、財源上必要ならば軽症患者について一部負担を増加させることである。保険は本来、最も因っている人を相互に助け合うものであり、重病で働けない人に大きな自己負担を負わせる現行のあり方は、どうしても改めなくてはならない。
第三に、地域センター的病院と第一線の開業医との役割分担を有機的に形成し、保健所、自治体とも協力して地域医療の責任体制を確立することである。このことは医療全般に予防的機能を持たせる上で重要であり、また訪問看護やホームヘルパーなど、ねたきり老人などの問題を地域的責任で面倒を見てゆくことも十分可能とすることができるはずである。
これら三点が、市民が受ける医療内容を良質なものとする上で必要かつ実行可能な方向だと考える。
医療費の抑制と負担の公平化
医療制度の内容的矛盾に加えて、医療の費用とその負担が大きな問題となっており、医師会と健保連の論争も、主にこうした経済的側面が中心的課題となっている。
つまり、国民全体の医療費はここ十数年、賃金や物価上昇よりかなり高い率で増加を続け、五十三年度には約十兆円に達し、政管健保の赤字も増大している。
こうした現状に対し、健保連は無駄な医療費の削減を主張し、他方、医師会は現行の健保制度が階層別に構成されていることを問題として、健保の一本化による負担の公平化と、それに先立つ制度間の財政調整を主張している。
確かに現行健保制度は、大企業および官公庁を中心とした組合および共済健保と、政管および国保との間で、加入者の所得や平均年齢において格差があり、更に黒字の組合健保の加入者が定年で退職後、赤字の政管や国保に加入して、本人および国や自治体にかなりの負担をかけるといった矛盾もある。
しかしこうした矛盾を解消する方法として、医師会が主張するように、健保の一本化や制度間の財政調整が適切かと言えばそれは疑問である。
つまり、健保の一本化は、実質上、医療費の支払い窓口が国に一本化されることを意味する。その場合、医療費は米価と同様、政治的決定されることになるが、今日の医師会の巨大な政治力からすれば、医療費の高騰に歯止めをかけることは大変むずかしいと思われる。
つまり、医療サービスを供給する医師がイギリスの登録医制のように公務員的な形であるなら、健保の一本化も当然であろう。
しかし今日のように、医療サービスの供給が営利的に行われている中で支払いだけを一本化することは、食管や国鉄以上の財政負担を国民に負わせることになるであろう。
また健保の一本化により、これまで組合健保や共済健保が果たしてきた健康診断などの予防事業や不当請求のチェックなどの機能を肩がわりできるかと言えば、現行の政管や国保の実態かららしても困難であろう。
健保制度の改革
そこで健保制度の改革は、組合健保や共済健保の利点を生かしながら負担の公平化を図る道が考えられなくてはならない。その方法の一つとして、大企業や官公庁を退職した後も継続して加入できる退職後健保組合を、組合健保全体の共同事業として設立することを提案したい。
つまり、退職後のサラリーマンも、元の組合健保が共同して面倒を見ることにより、若年時のみ組合健保に属し、老後は政管や国保というこれまでの不公平が解消され、同時に、負担能力の異なる組合相互の調整にも役立つからである。
更に、現在、政管や国保に属している中小企業、自由業者を、できるだけ業種別または地域別にまとめて、健保組合の設立を促進することを提案したい。すでにこうして設立された“総合健保組合”は数多く、国庫補助もほとんどない中で自主的、自立的に運営され、中小企業に働く人々の健康管理等に大きな成果をあげている。
そのことを考えれば、こうした方向が現実的で、分権と自治という点からも望ましく、しかも予防などのレベル向上につながると考えられる。
以上述べたように、医療制度改革は国会においても本格的な議論の段階に入っており、社民連としても、国会の内外を通して、市民のための医療制度の実現をめざして活動を進めたい。(一九七九年五月二十五日)
1979年 |