2009年9月1日

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 「ますます若々しく」    江田五月

 中村紘子さんは、すごい。ピアノについては、言うまでもない。エッセイを書いて何冊も出版し、大宅賞まで受賞。しかし、私がすごいと思うのは、これらの業績を生み出す紘子さんの「人間力」だ。
 1963年、私は大学を退学になって東欧旅行に出掛けた。帰路、ナホトカから横浜への船で、素敵なお嬢さんがピアノを弾いていた。ショパンの幻想即興曲で、つい声をかけたら、ワルシャワのショパンコンクールの帰りだとのこと。それだけで、名前も聞かなかった。やがて大学に戻り、丸山真男先生のゼミに入った。大先輩に庄司薫さんがいて、紘子さんとも知り合うことになった。はじめ、船でであったお嬢さんは紘子さんだったかなと思ったが、違った。しかし、紘子さんは何だか懐かしい人だという感じは、ずっと残っている。

 1981年春、私は地元の岡山市に家を建て、披露の宴を持った。ちょうど紘子さんの岡山公演があったので、「ちょっと寄ってくれない」と声をかけたら、ウイスキーの差し入れを手に来てくれた。「天下の中村紘子だ」と誰もが身構えたが、地元の人たちとあっという間に打ち解け、おしゃべりに興じてくれた。ちなみに、庄司さんのアドバイスで、その家にはかなり長く、一年中昼夜、こいのぼりを掲げていた。

 庄司さんと紘子さんのマンションで、「真夏の世の夢」の饗宴が開かれる。天下の名士が集まり、お料理とおしゃべりを楽しむ。私は常連のつもりだが、最近はなかなか時間が取れない。壁には庄司さんの墨痕淋漓たる「夢」の額が掛かっており、もちろんグランドピアノがあって、音楽会も開かれる。前座があって、最後は紘子さん。前座の最初は、時々私が務める。バイオリンだが、音楽を奏でるのではなく、雑音を出しているだけなのは、よく分かっている。紘子さんが、「大丈夫、私が伴奏を大きく弾くから、あなたの音は聞こえない」というのだが、いつも騙される。先日、大賀さんの金婚を祝う会で、「金婚式」と「素晴らしき日々へ〜あぐりのテーマ」を弾いたときにも、また騙された。それが楽しい。

 紘子さんの演奏は、そんな紘子さんの人間力とピアノとが一体となって、聴衆を魅了する。だから、先日は日本芸術院賞恩賜賞を受賞し、私も参議院議長として、授賞式に立ち会った。受賞者が一人ひとり、天皇皇后両陛下にご説明するのだが、皆多少なりとも緊張するのに、紘子さんはまさに平常心。さすがだった。デビューから50年も、よくやって来たものだ。だんだん年をとってくるはずなのに、ますます若々しくなる。先日も、三善晃などというメチャ難しいのに挑戦し、すごい音を出した。これからどうなるのか、楽しみは増すばかりだ。

中村紘子「デビュー50周年記念全国ツアー」パンフレット掲載


2009年9月1日

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