2012年2月21日 | 特別インタビュー |
幼い頃に中国で生活したことのある江田五月氏は、中国に対して特別な感情を抱いている。これまで中国を何回も訪問し、国家指導者と会談して、中日の友好交流と協力関係を推し進めてきた。参議院に4回、衆議院に4回当選し、日本の政界では長老のひとりである。これまでに参議院議長、科学技術庁長官、法務大臣、環境大臣などの重職を歴任されている。どのような職務にあっても、江田氏は終始、中日友好を推進することを自分の重要な使命としてきた。2010年8月から、日中友好7団体の一つである日中友好会館の会長として、中日友好へのたゆまない努力をされている。2月21日にインタビューを行った。
(聞き手は本誌編集長 蒋豊)
中国は「母なる大地」
―― 2歳の時から、ご両親とともに中国で2年ほど過ごされたそうですね。奥様は北京生まれの「京子」さんというお名前で、中国と深い「縁」がありますね。2010年8月に、参議院議長を退任されてからは、日中友好7団体の一つである日中友好会館の会長をされていますが、江田先生の人生において、「中国」とは何でしょう。
江田 一言で表すならば「一番大切な友人」ですね。中国の広々とした大地は、私にとって「母なる大地」です。―― ご両親とともに中国にいらした頃、どんな思い出がありますか。
江田 中国にいた時は、まだ小さな子どもでしたからね。家の庭にニワトリ小屋があって、ある朝早く、小屋の傍にニワトリが横たわっていました。実は、その前の晩にイタチがやってきたなんてことをかすかに覚えています。幼い時の記憶ですよ。
―― 奥様は中国生まれですね。普段、中国での生活を二人で思い出されたりするのですか。
江田 小さかったから、記憶が曖昧ですね。二人とも中国が好きですから、現在の中国のことはよく話しますよ。妻は中国語を勉強して…、アッ秘密でした。夫婦でいつでも中国へ行きたいと思っています。
何回も会ってこそ 良い関係がつくられる
―― 今年は中日国交正常化40周年にあたります。全体的にみますと、中日関係の「蜜月」時代は過ぎて、両国は政治面での摩擦も多くなるばかりです。この問題をどのようにみていますか。
江田 まあ、中国と日本は隣国ですから、いってみればお隣さんのようなものです。ですから、小さな摩擦を避けることはできません。摩擦が起きること自体はそれほど驚くことでもないと思っています。問題は、それを悪化させずに、いかに上手に解決するかです。これは重要なことで、こうした仕事をする人が必要です。そして、我々の使命というのは摩擦が起きた時に、日中間で双方を理解する立場に立ち、誤解のもとを探して、それをうまく取り除くことです。―― 今年は「中日国民交流友好年」です。これも中日国交正常化後、初めての催しですが、どのような意義があると思われますか。
江田 今年はちょうど中日国交正常化40周年の節目にあたりますね。昨年の年末に、両国の指導者が会見して、中日国交正常化40周年を機に、さらに両国関係を深めようと合意に達しました。私はこう考えています。これは首脳間だけではなく、両国の上から下まで、つまり政府間でも民間同士でも、さらに関係を深めるために努力して、よりよい関係を築いていかなければならないと。では、仲良くするにはどうしたらよいのか。お互いに多く会うことだと思いますね。会わないで仲良くなることほど、難しいことはありません。
超党派で中日の交流を推し進める
―― 民主党の対中政策は自民党に比べて見劣りするし、人脈もないなどという世論があります。この問題について、どのようにみていらっしゃいますか。
江田 自民党と比べると、民主党は対中政策では経験が足りないと、確かに多くの人が感じているようです。 これは仕方のないことです。民主党は歴史も短いしずっと野党だったのですから。民主党は野党の時期に中国と交流はありましたが、政権党と比べると、外国の指導者との交流は少ないに決まってます。
自民党は中国の各階層や様々な人物との交流があり、多くの人脈を持っています。これは争えませんね。この方面の人材を育てることは、民主党の今後の重要課題の一つです。実は、民主党の中にもこの方面の人材はたくさんいるのです。
たとえば、中国語の非常に上手な近藤昭一議員などは、中国に留学したこともあり、「心を通わせる交流」ができます。これは、我々民主党にとって大切な財産です。自民党の議員は今では「師匠」になってしまいましたが、民主党はまだ若く、未来は若者のものです。ですから、民主党の未来は希望に満ちています。
交流と言っても、結局は人と人との付き合いです。自民党であろうと、民主党、公明党であろうと、中国との理解ある交流を深める努力をすべきで、交流する人が多ければ多いほどいいことです。今回の中日国交正常化40周年祝典の催しについていえば、加藤紘一氏、高村正彦氏、野田毅さんらは自民党ですが、中日友好を深めるために、我々はいっしょに協力してやっています。政党の違いによる支障はなく超党派で活動しています。
立場に相応しい仕事を
―― 昨年9月、野田佳彦著の『民主の敵』が再版されました。中国関係者の多くはこの本を読んで、野田氏の対中政策に疑問を持ったそうですが、どういう感想を持たれましたか。
江田 現在、野田さんの身分は、その本を書いた頃と違います。その時は一人の若手政治家でしたが、今は首相ですよ。立場に相応しい仕事をしなければなりません。言動も立場に合わせなければなりません。もし、両国に摩擦が生じたら、日中友好を大切にして問題をなんとか解決しようとするでしょう。
交流を強めるには友好団体が必要
―― 日中友好会館は日中友好7団体の一つですが、これまで日中関係の発展にどのような役割を果たし、今後さらに、どのような役割を果たしていくのでしょうか。また、「日中友好」はもう存在する必要がないのだから「日中友好団体」も必要がないと指摘するメディアもあります。どう思われますか。
江田 日中友好7団体はそれぞれの特徴を持っていて、独自の使命があります。文化交流に力を尽くす団体もあれば、経済交流に尽くす団体もあります。日中友好会館の使命は、人と人との交流の場を提供することです。
我々は特に、中日両国の青少年交流を促進させてきました。数千人規模になるものです。日中友好会館の後楽寮は学生の宿舎ですが、部屋は238室あり、過去30年間に4000人余りの中国からの留学生が飛び立って行きました。日中学院では2万人以上の中国語を学習する日本人を育ててきました。こうした活動は今後も続けていかなければなりません。
中日友好は当然のことだから、このような団体は必要ないと考える人もいるようですが、私は賛成できませんね。両国が隣国だからこそ、摩擦が生じるのです。そのため交流を深めなくてはならないのです。中日の交流をうまく進めていくために、友好団体はなくてはならないのです。
こんな話しを聞いたことがあります。ドイツとフランスでは、戦争が終わってから、毎年、数万人規模の青少年の交流があったそうです。中国と日本はわずか年に数千人規模ですよ。こう比べると、友好交流について日中はまだまだです。もっと交流を深めていかなくてはいけません。
最近は、中国と日本の大学間での交流が盛んになってきました。一時期、中国人学生の多くが日本に留学し、日本語を学んで、日本の大学に入って勉強しました。しかし、この頃はアメリカへ行くことが多いようです。
そこで、我々日中友好会館は、日本の大学生をたくさん中国へ留学させ、中国の大学生に日本に留学に来てもらうように努力しなければなりません。現在は、中日間で履修単位を共通にできる大学も多くなってきています。こうしたカリキュラムはとても良いもので、もっと広めるべきです。大学間だけでなく、企業、文化、芸術などの分野にも交流が一層広がってほしいと思います。こうした面で、日中友好会館にはやるべき仕事がまだまだたくさんあるのです。人民日報海外版「日本月刊」 2012年4月号(3月25日発行)掲載
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