2011年11月11日 第9回「政治家の日常と民主党の課題(続き)」
江田:今日は9回目の講義です。前回はねじれ国会を機能させるために両院協議会を活用しなければならないという点についてお話ししました。また、両院協議会は運用面、制度面からもまだまだ改善の余地がありますので、その点についても私の意見をお話ししました。議案に関する直近の両院協議会は細川内閣における小選挙区比例代表並立制の導入を巡って開かれました。また、国会のことだけではなくて、私が裁判官をやめて政治家になるために地元に帰ってどのようなスタートをしたのかについてお話ししました。
さて、今日は議事法の細かい点について聞いてもらいたいと思いましたので、私が議長をしているときに事務秘書を務めてくれた大蔵誠さんにお話ししてもらいます。国会における審議や日程の決定、国会の終盤になると荒れるのはなぜなのか、時間制限や牛歩戦術についても、職員の立場から身近に見てきたでしょうから、色々お話ししてもらおうと思います。
前回も言いましたけれども、議長には参議院の職員から事務秘書と、政治任用で政務秘書の二人が議長秘書としてつくことになっています。今日お話しする大蔵さんは事務秘書、そして私の秘書の江田洋一が政務秘書としてやってくれていました。
それでは大蔵さん、よろしくおねがいします。
大蔵:大蔵と申します。事務秘書をやっていた頃は江田さんとお呼びすることはなくて、対外的には江田と呼び捨てしていたものですから、その癖がまだ残っていまして、やけになれなれしいと思われる事があります。私は3年間、議長の秘書をやりまして、今は憲法審査会の事務局総務課長をしております。江田さんもお話しになりましたけれども憲法審査会の会長が近頃決まりました。江田さんは残念ながら選ばれる事はありませんでしたが、会長選挙のときに投票箱を持っていたのが私でして、思うところはたくさんありました。私が投票箱を持っていても江田さんは会長に選ばれなかったのですから、参議院の事務局がいかに公平公正であるかをお解りいただけると思います。
江田さんから、今日は牛歩とかフィリバスターのお話をしてほしいと要望されました。国会において与野党が対決した時にどういった流れで話が決まっていくのか、みなさんもご存じではないこともあるかと思います。今日は参考資料としてつけた法規も見ながら進めていきます。
さて、日本の国会は会期制をとっています。この会期制を採用しているという問題は実は非常に大きいのです。外国を見てみますと、アメリカやイギリスは会期制が全くないというわけではなくて、数年ごとに選挙がありますから、その選挙で会期が終わるという認識になっています。日本の国会、特に通常国会は150日と決められていますが、欧米から見るとこのような会期制は珍しいといえます。ちなみに、法律用語では通常国会のことを常会、特別国会・臨時国会をそれぞれ特別会・臨時会と言います。
国会は誰が召集するのでしょうか。まず法規から確認すると、国会の召集権限は憲法7条に定められているとおり、天皇の国事行為となっています。しかし国事行為は内閣の助言と承認により行われることから、実際は内閣の判断となっています。召集の詔書の体裁なども定められていて、これは決裁されたものが残っています。皆さんに参考資料としてお渡しした衆議院公報に国会召集の知らせが載っています。ちなみにこの公報は国会の中の新聞のようなものです。
話を戻します。国会法2条には常会の規定があります。常会は1月中に行われる事になっていますが、昔は12月召集だったのですが、これは財政法に12月に予算を提出しなければならないと定められていたからです。しかし12月召集の時代も、予算が提出されたら一旦休んで、年明けから審議が始まるということでしたので、実質的な議論は1月スタートでした。
臨時国会に進みます。これはいつ開くのでしょうか。ちなみに国会自身には国会を召集する権限はありません。法規上は憲法53条に、総議員の4分の1の要求で内閣が国会を召集しなくてはならないと定められています。これは結構使われていて、国会閉会中に問題が起きた場合は政党の判断で国会の開会を求められることがあります。そこで、国会を開く要求を出した後の運用を見てみたいと思います。今言ったように、議員が国会を開くように求めることはできます。しかし、要求が認められているだけで、すぐに召集しなければならないということではありません。同じように、委員会の開催は委員長に権限があります。規則を見ると、参議院規則38条2項には、委員の3分の1以上の要求があった場合、委員長は委員会を開かなければならないとの規定がありますが、同条1項により、日程を決めるのは委員長の専権事項になります。
常会は1月中に開催され、会期は150日です。選挙を行う日との兼ね合いが非常に重要になってきます。参議院通常選挙の年は会期延長が行われることは少なく、自動的に選挙の日が決まるのです。だから国会の開会日をいつにするかは与野党の駆け引きの材料になるわけで、決めることは非常に大変です。
また、国会召集の日は月曜日か金曜日が多いことが特徴です。これも理由があって、施政方針演説と代表質問との兼ね合いがあります。また皇室の行事と重ならないようにしなくてはなりません。これは開会式があるためです。開会式は会期の始めに行い、天皇陛下に来ていただく必要があります。このようなことで、皇室日程を確保してもらわなければなりません。ちなみに今国会は10月20日の木曜日に始まっています。しかし20日には皇室の都合がつかないことがわかっていました。皇后陛下の誕生日だったからです。結局開会式は21日に行われましたが、今回は皇室日程が詰まっていることを承知の上で開会したと言えます。理由は様々にあったと思いますが、これは前の国会からの流れが関係していました。予算を提出する前にやらなければいけないことがあったからです。
【国会人事】
今、参議院には議長がいません。先日、西岡武夫さんがお亡くなりになりました。今週の月曜日、本会議で議長を選び直すことになっています。議長の任期はどこにも規定がないのですが、通例3年ごと、つまり参議院の通常選挙が行われるときに決めることになっています。
江田さんの場合は選挙が終わった後、議員の任期が満了となったので、議長を退任なさいました。ということは、議員の任期が議長の任期ともいえます。
議長の選出方法について見ていくと、現在では第一会派から議長を、第二会派から副議長を選出することになっています。この仕組みは昔からあるように思われるのですが、実はこの慣行は近年定着してきたのです。その理由は参議院の特殊性にあります。参議院は無所属議員の集合体である緑風会が一大勢力を持っていました。江田さんからも少しお話がありましたが、参議院で政党政治が活発になってきたのは最近のことです。昔は緑風会が大きかったものですから、第一会派というだけで議長が選ばれてきたわけではないのです。自民党政権の一時期は、正副議長が自民党出身ということもありました。ちなみに議長・副議長に選ばれると会派から離脱するのが慣行になっています。
議長のほかにも、常任委員会の委員長も国会役員として扱われています。この委員長ポストは政党間の駆け引きに使われます。先例を見ますと、全部の議員の数を委員長ポストの数で割ります。つまり、今だと242人(議員数)÷17(常任委員会の数)=14と小数点以下が続きます。これでいくと、15人以上の議員がいる会派には委員長ポストが与えられることになり、現勢力で見ると自民党、民主党、公明党に与えられます。この3党には議員数に比例してポストが与えられます。つまり、常任委員長は純粋に数字の世界で決められるものなのです。衆議院にはそのような先例はありません。ある程度、野党にも委員長ポストが与えられます。この意味で、参議院はかなり明確な基準で国会人事を決めていることがわかります。
さて、会派に割り振られる委員長ポストの数は、今言ったように明確な数字があるのですが、具体的にどの委員長ポストを得るのかということについては基準がありません。与党はこのポストが欲しいと言い、野党もこのポストが欲しいと言って、話し合って決めていくのです。特に予算委員長とか議院運営委員長などは重要なポストと考えられていますので、それらを巡る駆け引きは厳しくなります。ちなみに今の議運委員長は自民党、予算委員長は民主党がとっています。
委員長の次は委員の割当に進みましょう。委員数も会派所属議員の人数に比例します。しかし、人数が少ない会派はすべての委員会には委員はもらえません。例えば、社民党は沖縄の問題を一所懸命やりたい。しかし沖縄関連の委員会に委員を出すほどの所属議員がいない、その場合は議院運営委員会で話し合いをします。社民党と民主党が委員ポストを融通していくということになるわけです。
【審議をめぐる駆け引き】
召集日冒頭の日程を巡る駆け引きに話を進めましょう。ここではまず首相が所信表明演説を行います。その後代表質問を行う事になっています。所信表明を聞いて1日おいて、2日間の代表質問をするという日程が基本になります。もし所信表明の翌々日が祝日の場合はどうなるのかというと、これも駆け引きの材料になります。与党側は所信表明の翌日に代表質問をしてくれと言い、野党は拒否することになるのです。
国会の花形といえば予算委員会ですが、ここでの攻防は他と比べても激しいものになります。直近の話をすると、昨日、衆議院の予算委員会で補正予算が成立し、参議院に送付されました。参議院としては、今日補正予算案の審議をやってもいいわけですが、今日はTPP問題についての集中審議をしました。本会議における代表演説はしゃべるだけ、政府側もそれに対して答えるだけです。一応制度的には再質問もできますが、基本的に本会議では議論はできません。だから委員会審議をしろというのが野党の要求です。
前回の国会は非常に厳しい条件でした。会期は4日間、政府与党は代表質問だけやって終わろうとしましたが、予算委員会を開くよう、野党は要求しました。野田さんは国連に行ったり他の用事もあったので日程延長は非常に厳しいスケジュールでしたが、ぎりぎり延長が決まったのです。ひとつ裏話をすると、国会には請願という制度があります。請願は対応する委員会で審査し、それを本会議に上げますが、もともと4日間国会を開くと云う事になっていたため、今回は請願を受け付けないことにしていました。しかしギリギリで延長が決まったため、急遽、会期が延長されてから請願を受け付けました。
議案の審議を巡る駆け引きについて。国会が始まるとすぐに審議が始まりますが、提出する段階で審議がしやすい方法を考えます。つまり、ある法案は内閣から提出するよりも議員提出をする方が審議しやすい、もしくは委員長提出の方がもっとやりやすいわけです。委員長提出は基本的に全会派が合意しているので、このように考えられるのです。
こうして提出されるのですが、国会法56条2項には本会議で趣旨説明を要求することができる旨の規定があります。この要求が出ている間は「つるし」といって、議案はすぐには委員会に付託されないことになってしまいます。もともとこの制度は、大事な法案は委員会だけで話し合うのではなくて、本会議で議員が聞いた方がいいという趣旨でしたが、その説明を本会議では参議院では、月・水・金しか開かれず、これも駆け引きの材料になっています。
江田:少し補足説明をします。今の話で、日本の国会には会期があるために、日程を巡る与野党の攻防が生まれてくることが分かったと思います。野党はとにかく法案審議を遅くしようとします。そうすると、審議されない法案が会期の最後に詰まってくる。そうすると政府与党からお願いがあるわけです。しかし、ただちには法案が委員会付託とはならない、しかも野党は本会議で趣旨説明を求めます。そうすると法案は塩漬けになってしまうのです。このような駆け引きは会期制度のなせるわざであると言えます。
大蔵:テクニカルな話になるのですが、実際にそうなっているのです。
委員会審査の過程を見てみると、重要な法案は今までの例でいくと質問者一人当たり2時間とみて、何時間の質疑が必要ということになります。委員会審議は一日中ずっとやっているわけではなくて、だいたい6時間から7時間です。また常任委員会は週2日しかありませんから、これをやっていくと重要法案は何週間もかかることになります。
予算委員会では少し異なって、毎日審議を行っています。また、予算委員会にはNHKのテレビ中継がありますが、この中継が入るかどうかが野党側からの審議条件とされることが結構あるのです。議員さんですから、国民のみなさんにアピールしたいと思いますし、やはりNHKが入る審議は各党ともに気合いが入っています。国会中継を見た方は分かるかも知れませんが、今は大きなパネルを持ってそれを示して質問する議員さんが増えました。昔は自分で持ったり、手伝いの人が支えていたのですが、今ではパネルを支える台まであります。NHKの中継は当日すぐにやってくれるわけではなくて、新聞のラテ欄1刷りの締め切りである前日の17時が一応の締め切りとなっており、委員会の詳細をNHKに報せないといけません。それより遅くなると、1刷りの新聞には載らないのです。これはどういうことかというと、2刷り以降は大都市圏の分だからです。私も担当の職員をしていた時は、17時が締め切りですよ、17時までには出さないといけないですよ、とずいぶん議員さんに申しあげたものです。また、体裁の話をしますと、国会中継を行うよう、国会が一報道機関であるNHKに対して要求する事はおかしいので、最終的には、NHKが国会中継をやらせてくれという形で放映されることになっています。
委員会審議では、資料要求が出される事があります。野党側からこのような資料がなければ審議できないといって、本当にもめた場合に野党の委員が委員会に出てこないこともあります。この場合、大臣はずっと大臣席に座ってなければいけません。江田さんが大臣をしていた時もこういうことがあり、一日中座っていたことがありました。
予算案を決めるときは、公聴会の開催が義務づけられています。公聴会の日程を決めるということは、予算案の採決の条件が整ったといえますので、これも駆け引きの対象になります。それでもまとまらないときもあります。この場合、審議が終わりません。理事会でも野党が納得しません。質疑を終局し、採決に持ち込むのですが、そうすると肉弾戦に入ります。野党側は委員長不信任を出します。先決の動議といって、この場合は議案よりも委員長不信任案の方を先に審議する事になっています。
委員会が本当にもめてくると、本当に採決できたのかわからないこともあります。委員が委員長席に駆け寄ってマイクを奪う、委員長がしゃべれないように邪魔をします。そうすると会議録上は「委員長…(聴取不能)」と書かれるだけになります。それでも採決されたことになってしまいます。野党は更に反発して委員会に差し戻せと主張する。しかしこの要求に基づいて差し戻された例はありません。
与党側にも手はあります。中間報告といって、審査中の案件について、必要がある時は本会議で報告を求めることができます。法案審議は、議長が付託して委員会が審議するという制度になっています。つまり委員会は本会議の下の審査機関という位置づけなので、これを取り上げてしまうのです。いつも使えるわけではなくて、最後の手です。
フィリバスターの話をしろということでしたので、そちらに進みます。直近の例では、追加資料にある通り、2004年6月の国民年金法の際の審議です。ここでは厚生委員長の解任決議案が出されました。この審議時間はすごく長くて、13時から20時まで続いたのです。趣旨説明と討論がずっと続きます。ここで牛歩でもされて採決中に日をまたいでしまうと、もう一度最初からやり直さなければいけません。議長はここで延会にします。その後0時11分から採決、野党側は牛歩戦術をとり、1時44分に終了しました。議事録を見ると非常に面白いので、後で見てみてください。
この後、議長不信任案が出たために議長は登壇できなくなります。代わりに副議長が登壇するのですが、そのとたんに本会議を散会しました。しかしここから混乱が始まります。副議長が退席したあと、議長が登壇し、散会宣言をなしにして休憩を宣告します。再開後に事務総長が議長席について、仮議長の選挙を行います。投票を行いますが、午前7時以降は民主党の席には誰もいません。野党では共産党が審議に参加していました。議長不信任の審議に入りましたが、動議によって趣旨説明は10分とすることが決められ、動議は可決。国会法61条によって、質疑などの発言を制限できる規定が存在しているため、日本でフィリバスターを行うことは難しいのです。
さらに1999年8月の組織犯罪対策法でも面白いやりとりがありました。前日17時から23時までフィリバスターが行われ、次の日に牛歩戦術がとられました。また、1992年6月のPKO法案では5日間連続で本会議が行われ、13時間6分の牛歩も行われました。採決の時は議場閉鎖になりますので、やはりトイレの心配があります。そこで、トイレなどで議場の外に出ても良いが、再び入れないということにしました。なお、参議院への押しボタン投票の導入は1998年1月の142回国会からですので調べてみてください。
国会の会期末になると、会期延長をどうするのかが問題になります。昔は、延長を与党がやりたがったものですが、最近では議論を尽くすべきと言って野党から要求されることが多いのです。現状では参議院は野党が多数派です。自民党政権時代にも参議院で当時の野党が多数派になって問責決議案を成立させたことがあります。江田さんも述べていたとおり、衆議院の不信任決議案とは違って法的な効力はありませんが、政治的な影響は必ず出てくるのです。私は問責決議にはそのような重大な影響力があると思っていますので、軽々に出すものではないと考えます。
江田:今日は大蔵さんから議事法をあらってもらいました。最後のフィリバスターのところで触れましたが、ここで使った資料は私のホームページにありますので、ぜひご覧になってください。
弁解ではありませんが、2004年当時、私は民主党の議員であって議長ではありませんでした。議長だったらこのようには書きません。今、見ますと野党議員の主張として書かれています。この直後に参議院選挙があって私も改選でした。選挙制度が変更になって、岡山県は二人区(裏表で4人)から一人区(裏表で2人)になりました。それまでは民主党と自民党で議席を分けていましたが、私も自民党と対決することになったことを思い出します。
さて、先ほどの国民年金法の話に戻りましょう。先ほど副議長が登壇し、閉会を宣するところで、私はうまくいかないのではないかと思い、国対委員長に大丈夫なのかと聞きました。議長の不信任案を審議するということで副議長が議長席に座っているのだから、非常にナイーブな問題になります。だからそれはちょっとまずいのではないかと思ったのです。後で、この事例は与野党ともに先例にしないということで決着しました。
日本の国会には会期制があるということが分かったと思います。悪い面もありますが、良い面もみておく必要があります。これは議案をどのように審議するのかということに関わります。日本は審議の順番が攻防になります。皆さんもぜひ、両面から日本の会期制について調べてみて下さい。
本日の講義はこれで終わります。大蔵さんもお疲れ様でした。