どうも皆さん、こんにちは。きょうはこういう機会をお与えくださいまして、大変光栄に思っております。
いま司会者のお話のとおり、ちょうど30年前に私は国会に出てまいりました。私の父が亡くなってちょうど30年ということで、ちなみに生きていればことし100歳というので、この秋にも生誕100年、没30年、まあやっぱり一つの節目ですから、何かの企画をしなければいかんと思っております。まず宣伝をしておきますと、10月12日に江田三郎を記念する企画をやろうと思っております。ぜひ意味あるものにしてみたいと思っておりますが、ちょうどそういう節目に参議院の議長に就任するということになりました。
因縁話はどうでもいいのですが、考えてみますと、7月29日は参議院選挙の投票日だったわけです。その7月29日というのが実は私の父の誕生日でございまして……。そういえば私が裁判官をやめて政治の世界に出るぞと決断したのが5月22日の私の誕生日でした。誕生日に私の父が亡くなるというようなことで、そんなことばっかりで人生を決められてはたまらんなという感じもいたしますが、何かの因縁があるのかな、そういう感じもしております。
しかし、政治は因縁でやるわけではありませんので、そんなことは忘れてやっていきたいと思っております。
参議院の議長になったのがどれくらい重要なことかというのは、どうもまだ余り実感していないのですが、きょう、ジャパンタイムズの記事を書いた人が送ってくれたのです。びっくりするぐらい大きな記事で、私の上のところには安倍総理が出ているのですが、そのすぐ下の欄に私のインタビューの記事が載っていました。
そういえば、きのうイギリスから来た留学生と晩飯を食っていて、彼女が江田さんを見たといって、「BBCのウェブサイトにあなた、出ていたよ、これはすごいことだ、すごいことだ」と。イギリス人がBBCに出ているのをすごいことだというのは、若干割り引いて考えなければならないかもしれませんが、そんなようなニュースになる出来事なんだなと、改めて実感をしております。
参議院は戦後レジームの象徴
皆さん、これは私があれこれいうまでもないことですが、日本の二院制が本当にちゃんと機能するかどうかという、その大きな試練の前に私たちは立たされた。二院制は議会を通じて国民の意思を決定していくということに失敗することになるのか、それとも二院制が本当に薫り高い役割を果たして、すばらしい国民の意思決定に結びつくということになるのか、これがこれから問われてくる。
いうまでもなく、衆議院のほうが、いまの安倍内閣を支える与党が3分の2を超えている。したがって、衆議院は議長も与党から推薦をされた河野洋平さんがやっている。参議院はこれに対して、安倍内閣にくみしない野党が多数を取って、その野党のほうの第一会派である民主党から推薦をされた私が議長になった。
衆議院は満票じゃないかもしれませんが、いずれにしたって与野党皆こぞって河野さんに投票した。副議長は横路さんにですが。参議院のほうは240人が投票したのですが、私が満票で議長になった。青木幹雄さんも江田五月と書いていたよ、とテレビで写していたよと後でいわれて。そういわれればそのとおりなのですが、そうだなと、改めて思う。そんな議長選挙で、副議長になった山東さんも満票でございました。
これは議長の立場をちょっと外れるかもしれませんが、私はこの参議院選挙の最中に随分と一体参議院というのは何ですかと問いかけました。最近、「戦後レジーム」という言葉がはやっております。戦後レジームからの脱却とある人がいえば、別の人は、あの戦争の惨禍を経て、私たちは戦後レジームを選択した、という言い方もあったりします。
参議院は戦後レジームのある意味の象徴なのです。参議院が生まれて今年でちょうど60年で、選挙前に60周年を簡単に祝いました。参議院の議院食堂でいすを片づけて、先輩の皆さんもお呼びをして、軽いビュッフェのパーティーをやったのです。
戦前は、参議院はありません。それはなぜかというと、戦前は貴族院で、日本に貴族制度があった。しかし、戦後、私どもは貴族制度をなくした。それだけではなくて、財閥も解体をした、農地解放もやった。普通選挙で女性に対する選挙権も与えた。などなどいろんな改革をして戦後をスタートさせた。戦後の新しい憲法のもとで今日までやってきた。いわばその象徴が参議院です。
したがって、この参議院が、いまの戦後レジームを本当に発展させていくためには、非常に重要なんだ、と強調をいたしました。ちなみに、その裏を申しあげれば、戦後レジームからの脱却を何としても食いとめなければならない。戦前に戻すのではなくて、戦後レジームの――まあ「レジーム」という言葉がどうもあまりよくないですが――要するに戦後体制というのを、まずいところは直さなければなりませんが、脱却という話ではなくて、戦後体制をもっと前へ進める。
基本的人権にしても、平和主義にしても、民主主義にしても、もっと前へ進める。これをやっていかなければならないと思っておりまして、今回の参議院選挙で、私は、参議院を強力にすることによって、この戦後レジームをさらにもっと発展させようという、そういう選択を国民はしたのだと思っております。
そういう選択を受けて、その参議院の責任者に私がつくということになった。こう考えれば、これはかなり重要なことだと思っております。
さて、そこで、これからはどうなっていくのかですが、この間、毎日新聞の岩見さんがコラムを書いてくださいました。そこに、いまのお話ではありませんが、最後のところで、私の父の江田三郎もはらはらしながら見ているだろう、そんなことを書いてくださっておりました。
ちょっと古い話で余談なのですが、先日、宮澤喜一さんの葬儀がありました。そのときに、私は河野衆議院議長と隣り合わせで話をしておりました。「河野さん、河野さん、こんな話があるんですよ。昔々、私の父の江田三郎が参議院の演壇から――父は、スタートは参議院議員で、2期12年務めたのですが――参議院の本会議場の演壇で、すぐ目の前にいる宮澤さん――宮澤さんも参議院からスタートしたのですが――に対して、「そこにいる宮澤君なんかは、社会党のほうへ来るべきだ」といったという話があるんだ」といったら、河野さんが「それは調べてみたらどうだ」というので、調べてみましたら、ありました。
昭和31年(1956年)に、何か国会は大もめにもめたのです。おもしろいですね、私の父が事務総長の不信任案を提出しました。その不信任案の提案理由の説明を、議長から何度も何度も注意されながら延々とやった。
それに対して、質問があって、まず羽仁五郎さんが質問した。それから、木村禧八郎さんが質問した。その質問に対して、私の父がまた延々と答弁をしているわけです。答弁といいますか、要するにフィリバスターをやっているわけです。その中で宮澤さんの名前を3度ぐらい出して、宮澤君のような若い者が自由民主党に平然と籍を置いているというのは本当に信じられない、というようなことをいっています。
ちなみにその話はその後どうなるかというと、議長が最後に「江田君の降壇の執行を命じます」。こうなって、議場騒然、聴取不能、議長退場、となっているので、引っ張りおろされたんだな、と。昔、やっぱりそういうことがあって、その父にはらはらなんてしてもらいたくないなと思ったりもします。そういう事態はもう起きることはないと思いますが、緊張感でいうと、そういう緊張したことがこれから起きていくんだろうなと思っております。
この緊張した事態で何が重要なのかということなのですが、例えば、テロ特措法をおまえは賛成か、反対かなどといわれても、これは、私はいま答える立場にはいません。これは各会派で十分に議論して、いい結論を出してくださいね、としかいいようがないのです。
いい結論のために、私自身は“江田五月の民主主義の五原則”といっているものがあります。これは前からいっております。斎藤十朗さん、私の前にこちらのクラブに呼ばれた議長さんで、後にも先にも、その後は私で、2人しかいないということだそうです。これを大変光栄に思っておりますが、私は斎藤十朗議長不信任の、多分賛成演説ではないかと思いますが、賛成討論か何かをやったのです。
江田五月の民主主義五原則
そこで“江田五月の民主主義五原則”というのをいって、これも若干フィリバスター気味で、とにかく長くやろうというのでやったのです。
第一は、議論するのに両方の当事者が同じ情報を持って議論しないといけない。そうでないと、どっちかはいろんなことを全部知っている、どっちかは何も知らされていない状態に置かれている、これでは実りのある議論になりません。これは今回非常に重要なことになっていくと思います。つまり、野党に対して、議論の素材が完全に提供される、その状況をつくらなければいけない。情報の共有が1つめです。
2つ目は公開の討論ですね。テーブルの下で手を握ったのではどうにもならないので、やはり見えるところでちゃんと議論をして、国民の判断を仰ぐ。素材を提供しながら議論をする公開の討論。
3つ目が、もう棒を飲んだようにどっちもが動かないというのでは、これは討論したって意味がないわけです。これまで、小泉さんの時代は、議論したって、「もう何度も説明した」といって突っぱねるようなことが多かったけれども、やはりそうではなくて、お互いに相手がどういう考えでそういう主張をしているのかということを思いやってみる。
相互の浸透、相手がどういう考えでそういう主張をしているかに思いを致して、そして、いや、そこは違う、あ、そこはそうなのか、それじゃ同じなんだね、そこは。という、お互いに影響し合うということがなければ、議論の意味がないだろうと私は思っております。
ちなみに、4番目は、これは多数決原理で、5番目は、多数といえども、いつ変わるかわからないわけですから、少数意見の尊重です。情報の共有、それから議論の公開、相互の浸透、多数決原理、そして少数意見の尊重。この5つが民主主義の原則だと、こう思っておりますが、とりわけ今回、こういう事態になって、情報の共有というのが非常に重要になっていくと思います。これはいわずと知れた国政調査権です。
国政調査権の威力
これも皆さんご存じのことですが、国会に国政調査権が与えられている。これは立法の補完的な機能なのか、それとも国会が行政をチェックをしていく、行政監視という、そういう重要な独立した役目も持っているので、補完的な機能を超えて独立した機能なのか。
これは争いがあるところですが、いずれにしたって、国会が、これは立法上必要だといえば、なぜ必要かなんて、だれも尋ねるわけにはいかないのです。国会がここは国政調査権を発動するといえば、これは発動になる。
しかも、これは両院に個別に与えられている権能で、両院が一緒に行使をする必要はないので、それぞれの院で行使をすればいいわけです。よく、衆議院議員、参議院議員が国政調査権を持っていると誤解をされることもあるようですが、それはそうではない。院が持っているのです。
しかし、院はそれぞれの委員会にこの権能を委ねているわけで、委員会が議決をして、国政調査権の行使をすれば、行政はいろんな記録にしても、あるいは証人の喚問にも応じないわけにはいかないということになります。
大体、国政調査権、証人喚問などのときには、全会一致ということでこれまでやってきましたし、今回もその原則をそう変える必要はないと思います。それでも多数決で決めることはできないというわけではないし、また国民の見ている前でやるわけですから、反対派も、国民の皆さんが、とりわけ報道の皆さんが、これはやっぱり国民に明らかにすべきだという論陣をお張りになると、抵抗するのはなかなか簡単なことではないだろうと思います。
そうやって、国政調査権でいろんなことが出てまいります。国会議員をはじめ、いろんな人が役所にいろんな要請をして、有力者この人がこんなことをいってきたから、それによって予算が影響されたのか、されていないのかなどというようなことが出てくるわけですから、これはかなり大きいことになりますね。
ちなみに、私も知らないわけではなかったんですけれども、今回、よく調べてみたら、いまから10年ぐらい前でしょうか、国会法が改正になっていて、国政調査権の発動に対して、内閣がそれをストップさせることができる規定はあるのです。内閣が応じたくないときには、応じない理由を疎明する。
疎明とは何ですかとか、そういう議論はありますが、この辺になると、法律オタクの話になってしまうので、そこは省略をしたいと思います。いずれにしても、出さない理由を疎明しなければいけない。その疎明で国会のほうが「わかりました」といえば、それでおしまい。これはもう出てきません。
しかし、その疎明に納得できないという場合には、さらに内閣に対して、それは出せないという声明をしろということを求めることができる。内閣が、その声明をしないまま10日間たてば、内閣は国政調査権に応じなければいけない。その声明をすれば、それで国会は引っ込まなければいけない。こういう規定はありますが、いまだかつてこれは使われたことはないものです。
これを使うというようなところまで行くのか行かないのか。行かないほうがいいので、それこそ報道の皆さんが、こういうことがあるのに、内閣が声明で国会に開示するのをとめるのはいけないといえば、そう簡単に声明でストップをすることができない話だと思います。
ちなみに、声明でストップすれば、その判断がいいか、悪いか、これは国民の審判を仰ぐことになるわけです。審判を仰ぐというのは、当然その次の国政選挙で審判を仰ぐことになる。
似たようなケースというのはいろいろありまして、例えば、法務大臣の指揮権発動も同じことで、法務大臣は法務行政のすべてを指揮していくわけです。こと検察庁に関する限りは、たしか一般的指示権と、一般的指揮権、それと個別の指揮権というのがあって、個別の事件の指揮は検事総長を通じてのみ行使できる。
検事総長を通じて個別の指揮をしたということになれば、これは検察庁としてはその検事総長が個別の検察官の指揮をしますから、それでお手上げになるわけですけれども、その結果は、国民が審判をする。かつて、もう随分古い話ですが、そういうこともありました。、造船疑獄ですね。
もう一つ、行政事件訴訟法で、裁判所が行政処分に対して執行停止をする。これに対して内閣が異議を申し立てれば、この執行停止は失効する。そういうことをやって、裁判所の判断を内閣が覆せば、当然それは政治責任ということになるわけです。
国政調査権でいろんな事案を解明しながら、与野党が同じ資料で議論をする。自民党の皆さんからいわせると、きょうもテレビでだれかがいっていましたけれども、野党はしょっちゅう、資料を与党にしか出さないから、野党は十分な議論ができないといわれるけど、そんなことはないんだというんですね。
しかし、国政調査権があれば、野党のほうも、政府から十分な資料が出てこないから、我々はこれ以上突っ込んだ議論ができない、ということはいえなくなるわけです。そのため、野党の側も、相手がグウの音も出せないような資料に基づいた議論を組み立てていかなければならないので、そういう意味では、野党の議論も随分責任を負ったものになっていくと思っております。
両院協議会をオープンにする
そのほかにも、いろんな参議院の権能というのが出てまいります。法律については、これはもう皆さんご存じのとおり、衆議院が可決をする、参議院が否決をするか、あるいは60日以内に答えを出さなければ、衆議院が引き取って、再議決を3分の2でやって、これで法律案になるという方法がございます。しかし、これは衆議院から始まる場合ですから、参議院から始まる場合にはそういうルールはありません。
そこで、恐らく参議院先議というのは多くなっていくのだろう。とりわけ議員立法の参議院先議というのは多くなっていくのだろうと思います。これは別に、私が以前所属していた会派のことは多少わかるという意味で申しあげるのではなくて、議長としていまの状況をみていると、確かにそういうことは多くなっていくだろうと思うわけです。
そして、参議院での多数派、つまりいまの野党が政権をとれば、こういう法律が実際にできていくんだということを国民にみせていく。その中身をよくみて、参議院で通った状態をよくみて、国民の皆さんが、これはやっぱり法律にしなければいけないのではないか、という声を挙げていただければと思います。
それで衆議院でも、たとえそれをプロモートした野党が衆議院で少数だといえども、やはり与党のほうも、これはやっぱり法律にしようよ、ということになっていくことも十分あり得るわけです。年金の保険料の流用禁止法案などというのは、そういうことで、成立する可能性は十分あるだろうと私は思っております。そういう参議院先議の議員立法が多くなっていきます。
衆議院から来て、参議院で否決をした。あるいは60日たっても答えを出せない、そこで衆議院が引き取って、3分の2で再議決する。そういう定めにはなっていますが、それをどんどん使って何でもやることが、本当に出来るのか。
やっぱり例外中の例外の規定ですから、そういう規定を使って、直近の参議院選挙で国民の多数の信任を得た野党が反対をしているものを、2年前の総選挙で多数を得た与党が無理やりに通していくということがそうできるものではないだろう。
国民がみている前での国会運営ということになって、その国民の目というものを十分に意識をすれば、そういう最後の逃げ場に逃げ込んで法律をつくるのではなくて、途中経過でいろんな合意を得るとか、いろんな知恵が出てくるということがあり得るだろう。それを私どもはやっていかなければいけないだろうと思っております。
さらに、よくわからないのが、両院協議会です。両院協議会は、恐らく私の経験している限りではあまり例はないのですが、秘密会議でずーっとやっていると思うのです。両院協議会の議論が秘密会議であるほうがいいのか。
会議録は作られ、公開されますから、秘密会議というと正確ではなく、傍聴が許されていないというのが正確です。国会法の規定でそうなっています。そのうえ、正式の協議会でなく、協議会メンバーの懇談会になると、通常の委員会の理事懇談会のようなもので、傍聴を許されませんから、秘密会となってしまいます。
これは衆参の議決が違って、それぞれの議決を主導した勢力から協議の委員が出てくるわけですから、賛成が10人、反対が10人で、普通ならまとまりっこないのです。しかし、非公開でやったら、いろんな妥協の道もあるだろうから、非公開でやろうということなのでしょうが、本当にそうなのかな、と。
これはやっぱり国民にみてもらう。いま、いろいろな審議会などで結構うまくいっているものもあります。例えば、刑務所を一体どういうふうに運営していくか、というので行刑改革会議というのを法務省がやりましたが、なかなかいい結論を出してきたと思います。
これはリアルタイム公開が大きいのです。議論をそのまますぐに、そのときに全部国民にオープンにしながらすすめていく方法をとったのです。
両院協議会は議長が強いリーダーシップを発揮すべき場かどうかわかりませんが、秘密会にしたほうがいいとは必ずしもいえないのではないのでしょうか。国民に議論の中身を十分に知っていただくことで、国民からのいろんな意見も寄せられて、ではここはちょっと変えていこうというようなことが起きるのではないか、という感じを持っております。
私自身の経験でいうと、1993年の総選挙で、宮澤さん率いる自民党が過半数を割った。さあどうする。依然として第一党は自民党です。第二党の社会党は議席が140から70にまで半減した。そして、その他の政党はそれ以下という状況でどうするかというときに、本当にあのときはすごかったと思うのですが、毎晩テレビ討論があったのです。
テレビでいろんな討論をする、それを有権者の皆さんが聞いていて、その場ですぐに各党にいろんな有権者の意見が寄せられる。そして次の晩の討論のときには、前夜の意見が国民に批判されて主張が変わって、だんだん非自民がみんなで腕を組まなければならんなということになって、細川内閣成立まで行き着いたわけです。
こういう経過をみていますと、国民との対話が生きて行われるようになれば、国民の願う結論というものが導き出されるということは十分あり得ます。両院協議会もそういうあり方があったらいいなあという感じでおりますが、これは各会派の相談でやっていただくことになります。
ちなみに、両院協議会で、結局議決が何もなくて、もう一度衆議院がそれを引き取ってやる。しかし、両院協議会がいつまでも結論を出さなかったらどうなるのかとか。あるいは衆議院から送られてきた法案、それは送られたというけれども、衆議院のあの採決の方法をみていると、とても参議院としては受け取るわけにはいかないといって、受け取らなくて60日過ぎた場合はどうなるのか。
受け取って60日過ぎた場合と、何か違うことはないのかとか。重箱の隅をほじくるような議論をし出すと、いっぱいいろんなテーマがありますが、これは私もまだ別に結論を持っているわけではありません。そんなことが議事の進め方のうえでは、これからいろいろ出てきます。
さらにまた、人事の点、これがなかなか大変で、国会同意人事は、ご承知のように立法に関する規定のような衆議院の優越はありませんから、衆議院と参議院がどちらも同意をしなければ国会の同意ということにならない。そこで、内閣が出してくる人事案件について、参議院はノーということは十分あり得る話です。
それがあり得るから、それだけ一層内閣として国会両院での合意がとれるような、そういう人事をしていかなければならないというので、これがよくなるのか悪くなるのか、やってみなければなりませんが、よくなるようにしていかなければならない。その点でも、参議院で多数を持った野党の責任は重要になってくるので、人をみる目というものを相当磨いていかなければいけなくなるだろう。
ちなみに、その際に同意人事で挙げられた人に、参議院のほうに来ていただいて、議委員からの直接の質問に答えていただくというようなことも、一つのあり方としてテーマになってくるのではないかと思っております。
参議院改革のさまざまな懸案
それから、参議院改革というのがあります。これも随分長い議論で、どこの国もそうなのでしょうが、日本の二院制もほかの国に負けず劣らず、結構独自のシステムでありまして、憲法で予算とか条約とか、あるいは法律の再議決とかというのを除いて、衆参同じ権限です。
しかも、両方とも選挙で選ばれる。選挙の制度もかなり似通っている。それでなぜ二院制なのか。参議院はどういう点で独自性を発揮するのか。これも随分長い議論で、私が30年前に参議院議員に当選した当時から参議院改革というのはいわれております。
そして、一定のことはこれまで仕上げました。押しボタン採決の導入とか、調査会をつくったとか、決算重視であるとか、ODAを特に重要視していこうとか、いろんなことをやってきました。調査会の発案で、例えばDV法をつくっております。
それから、決算重視でいえば、衆議院は決算行政監視委員会という委員会があります。参議院は決算委員会と行政監視委員会と二つの委員会があります。行政監視委員会のほうには、苦情請願というのがありまして、個別の国民の苦情についても参議院は審査をするという体制がある。
けれども、残念ながら、十分PRが行き届いていないのか、いまだかつて1件しか行使された例はないのです。こうしたこともさらにもっと進めていく必要があります。そして参議院改革では、やはり選挙制度の問題というのは避けて通れなくなっていくだろうと思います。
最高裁判所に選挙制度のことなんかいわれたくないという主張もあります。しかし、そうはいっても、憲法に適合しているかどうかは、最高裁のいうことがラストワードですよというのは、この国の大原則の一つです。最高裁に憲法違反だといわれたくない、というわけにはいかない。
最高裁は、参議院の定数配分について、ちょっと前の配分についてですが、「これを漫然と放置したら憲法違反になりますよ」という警告が滲み出るような判断も示しているわけですので、私たちは憲法適合性というのを本当に真剣に考えていかなければならない。
いまの参議院の選挙制度をどうするのか。どこをどう変えるかはなかなか難しいのです。今の各都道府県を選挙区とする制度を前提として、単なる選挙区への定数配分だけで、1票等価の原則を実現するというのはなかなか困難だろうと思っております。こうした議論を関係する皆さんに、ひとつ大いにこれからやってもらわなければならないと思っております。
ねじれを活かすのが知恵の出しどころ
そのほかにもいろいろテーマがあると思います。それぞれのテーマにしっかり取り組みながら、衆参で数のバランスが逆になった、“ねじれ”といわれるわけですが、ねじれになってよかったといわれるような二院制にしていかなければならないと思っております。
ねじれというのは、言葉の意味合いがどうも、ねじれてしまってどうしようもないというマイナスのイメージがついて回るのですが、それはそうではないので、ねじれにエネルギーがあるのだと思っております。
ねじだって、ねじってぐっと入れるから力が出てくる。縄だって、ねじるから縄が強くなるわけですから、ねじれというもの自体が悪いわけではない。そのねじれをどういうふうに生かして、そこからいいエネルギーを引き出すかというのがこれからの知恵の出し所で、もともと二院制を採用していて、ねじれちゃいけないなんて、それでは二院制をやっている意味がない。
二院制でどっちもが選挙で選ぶという制度ですから、ねじれることは当然あるのだ。いままでなかったのがむしろ不思議なくらいで、ここでねじれというものができたことによって、ねじれを使いこなす知恵を私ども国民が、そしてその全国民を代表する国会議員がここで習得をしていかなければいけない。
そういう大事な役目の参議院の議長という立場をさせてもらう。参議院は衆議院のカーボンコピーとはいわせないし、またいわれるようなことはもうないだろうと思っております。
ぜひ皆さんの忌憚のないご意見を、局面局面、節目節目で聞かせていただいて、この国の議会政治を実りのあるものにしていきたいと思っております。
どうぞご指導をまたよろしくお願いいたします。ありがとうございました。(拍手)
《質疑応答》
司会=宇治敏彦・日本記者クラブ副理事長(中日新聞相談役・論説担当) どうも江田議長、ありがとうございました。
国会の問題点、参議院のあり方について、いろいろと示唆ある内容の発言でございました。それでは、田崎さんのほうから代表質問をお願いします。
代表質問=田崎史郎・日本記者クラブ企画委員(時事通信解説委員長) それでは何点か、代表して質問したいと思います。
いまお話を聞きながら、議長のスタンスとして、非常に積極的な感じがしました。昔、衆議院議長に推された人が、「自分は神棚のダルマにはならない」といって断られたことがあったんですけれども、江田議長は、いろんなことに積極的に議長としてかかわっていくんだ、というお気持ちでいらっしゃいますか。
ねじれのプラスマイナスを長期的に見る
江田 これは半分半分ですね。いまのねじれ国会という重要なときに、衆議院と違うバランスの参議院の議長になったわけですから、逃げてばかりいたのでは、これは意味がない。ですから、やはり積極的にそういうねじれのエネルギーを使いこなせるようにかかわっていきたいと思います。
しかし、やはり議長がオールマイティーでやる話ではないわけですから、みんなの議論がどこまでマチュアーになっていくか。成熟していくかを脇からみて、もっと議論を続けしてくださいねとか、もっとこういう知恵もあるのではないでしょうとか、いってみればそんな触媒的な役割を果たすのが議長なのだと思います。
議長がどんどん旗を振って、さあ、みんなこっちへ行こうというような、昔、学生運動のときにやったデモ指揮みたいなことをやるつもりは全くありません。
田崎 先ほど、国政調査権について、非常に強力な権限で、これからかなり影響を与えるだろうと、おっしゃいました。国政調査権は院委員から各委員会に付託されているわけですね。
いま委員会の委員長ポストをどちらがとるかということで、この数日やっていらっしゃるんですけれども、いままでは、吐き出し方式ということで、もとのポストを吐き出して、それをほかの党が取るという形。
きのうの議論では、民主党のほうは、白紙から始めているようですけれども、そこのバランスのとり合い、つまりあまり民主党が強引なことをやると、自民党以上に強引じゃないかという印象を与えるのではないかということもあるんですけれども、それについてはどうお考えになりますか。
江田 いまの吐き出し方式か、ドント方式か、どっちがいいかなどという議論に私が口を差し挟むつもりはないのです。ただ、考えていただきたいのは、この二院制でねじれが起きたことがプラスになるのかマイナスになるのかというのは、あまり短期的にみないほうがいいだろうと思います。
そらみろ、きのうああなったら、きょうはもうこうなっちゃって動かなくなってしまったんじゃないかなどということではなくて、やっぱり1年、3年、5年、ちょっと時間をかけてみていただく必要があるだろうと思いますね。
いままでの続きでやるというときには吐き出し方式ですが、今回はガラッと数のバランスが変わってしまったわけですから、民主党がいう、吐き出し方式ではなくて白紙からという議論には、一定の根拠はあるだろうと思うのですね。
そのときに、白紙からだったら、委員長ポストは、特別委員会は別ですが本会議で決めるわけですから、本会議で全部数で決めましょう。
これは白紙の一番最たるものですよね。かつて自民党の皆さんもそれをやったことがありますよね。議長も副議長も各委員長も全部多数で取るというようなことをやったことは、これまで何度もあるわけですから。それでやりましょうと民主党がいえば、それができないわけではない。
これは民主党だけではできないかもしれませんが、できないわけではない。それをやったら、今度はおそらく衆議院のほうでは全部与党が取りましょうということになるんでしょうね。
そうすると、もう完全なねじれで、このねじれは大激突ですから、ある意味では非常におもしろい。おもしろいけれども、そこから今度次のところへ向かうまでには相当エネルギーもかかるし、時間もかかる。
そうやって数の力で全委員長を取ろうというのは、いままで数の横暴を非難していた民主党にあるまじきという国民の批判もあるかもしれないし……。
ということで、またちょっと戻って、それではこうしようとかいう、その辺の行きつ戻りつの議論があるのだろうと思っております。私としては衆議院のリアクションもあるし、国民の判断もあるし、そういうことをすべてみながら、いい結論に持っていってほしいと思います。
田崎 議長は冒頭に、二院制が機能するかどうかの試練に立たされているというお話をされました。今度の臨時国会に当てはめるならば、テロ特措法の扱いがどうなるかというのが、まさに試練だろうと思うんですね。
そういうときに、60日規定を目いっぱい使って、なかなか採決しないというのは、参院としていかがなものかと思うんですけれども、議長ご自身はどのようにお考えですか。
江田 これは、それこそ各会派で、それぞれ責任を持って考えていただく。この場合ですと、民主党・新緑風会という会派が60日を目一杯審議に使うんだというのか。それとも、そうではなくてもう少し早目に結論を出すということにするのか。
あるいはいろんな話し合いをやっていくことにするのか、それは民主党・新緑風会が考えていただくことで、議長がどうしろというわけにはいきません。
ただ、これもさっきちょっと申しあげた、時間軸という問題があります。ここで民主党が、例えば60日でとてもできないという選択をして、このテロ特措法の改定が宙に浮いてしまった、インド洋から引き上げることになった、さあ、えらいことだと。
えらいことだといっても、いまはえらいことでも、3年、5年たったら、なるほど、あそこで舵かじを切りかえたのがいいことになったな、ということだってあるかもしれないのです。
だからその辺は、ある意味で長期的な視野を持って、腰を落ちつけて判断をするところだと思います。議長というのは、そのときにどっちへ行けということをいう立場ではないと思うのですね。
田崎 河野参議院議長だったと思うんですけれども、七三の構えで、議長たるもの、野党に7割配慮して、与党のほうは3割と。いま、参院では与野党が逆転して、数はもっと接近していますけれども、民主党出身の議長であるがゆえに、少数の党である自民党のほうへ配慮するという発想はいかがですか。
江田 ある程度はあると思うんです。多数会派から選ばれた議長が多数会派のいうとおり動いていたのでは、これはさっきの少数意見の尊重とか、あるいは十分な議論の熟成とかということになりません。
例えば少数会派も十分にいろんな意見がいえるように配慮した委員会運営をしてくださいねと、それなりにお願いをするような、ダイレクトにお願いということができるかは別として、それはあり得る。
ただ、河野謙三さんの場合は、衆参ともに自民党多数のときに、自民党から出てきた重宗雄三さんに対して、自民党の一部と野党とが一緒になって、河野議長が生まれた。
その河野さんは七三、三は自民党、七は野党、そういうスタンスでやられた。これは衆参がそのような数のバランスのときにはそういうことが意味があった。
けれども、いまは衆議院が3分の2以上が与党で、それが参議院でたまたま少数になっているということですから、その参議院の与党に七も心を向けると、これは衆議院の圧倒的多数を参議院でも重視することになり、おかしなことになってしまいます。七三というのは違うだろうと思います。
田崎 先ほど、参院改革の中で選挙制度の話に触れられました。選挙区への定数配分だけでは解消は難しいとおっしゃったのは、要するに合区とかも検討しなきゃいけないのではないかというご趣旨ですか。
選挙制度改革は喫緊の課題
江田 私は議長になる前に、参議院の民主党の会派の議員会長を務めたことがありていました。最後までではありませんが、一定の会派の中の役職もやっていました。
そのときに、私が主張して、参議院の改革協議会の中で民主党会派として主張したのは、合区です。これはなかなか大変なんですが、やっぱりいまの都道府県に必ず最低2名――これは1名ずつ改選ですが――割り当てるということをやったのでは、もうどうにもならないという現実があって、そこまではみんなの認識は共通しているのです。
だから、どこかを合区をすれば、それでかなり解決しますから、ちなみにその場合は分区というのもあってもいいんですけどね。で、合区、分区というのは、実際は大変でも、それをやることによって、いまの県境というものが絶対というものじゃないんだということになれば、その後の県境の引き直し、道州制ですか、そっちの方向への議論を触発することにもなるので、やったほうがいいという主張をしました。しかし、それができなくて、緊急避難で、この間の2増2減をやったわけです。
ですから、今度はもう緊急避難とはいっていられないので、そういうことも含めて、各派が改革協議会で議論していただくということになると思います。私自身はいま、議長という立場でこうだということをいうべきときではないだろうと思っております。
田崎 参院の改革というのは、どの改革が行われたか、よく覚えていなくて、改革の議論はたくさんあったという記憶しかないんです。けれども、少なくとも3年の任期、長ければ6年、もっと続くんですけれども、その間に参院の改革でどうしてもこれだけはやりたいんだ、という思いをされている点はありますか。
江田 そういう意味でいえば、特にこれだけはというのはありません。しかし、嫌でも次々と出てくると思いますね。それは国政調査権を実際に運用、院として正式に決定をして政府に迫っていくというようなことだって現実に起きると思います。
人事の点でも、政府が立ち往生というようなことも、これは政府の出し方にもよるんですけれども、起きると思いますし、参議院が参議院としての役割を発揮するということは、これからいっぱい出てくるのだろうと思います。
だから、参議院改革というのは、ある意味では、もう逃げようのない局面に来ているともいえるんだろうと思うのです。
選挙制度の問題は、これは本当はやらなければいけないんですよね。ただ、これは難しい課題ではあります。
田崎 政府与党も、今回初めての経験をするようになるわけですね。それに当たって、議長として、政府与党の皆様方、ここは気をつけたほうがいいよとか、甘くみるなよみたいな、そういう要望は何かありますか。
江田 いやいや、いま、もう十分おわかりになっていると思うので、特にいうことはありません。
田崎 参院の審議時間が衆院の7割というふうな慣例がありますね。あれはいつできたかよく覚えていないんですけれども、なぜかそうなっている。参院の審議時間をもっと確保しろというふうにお考えなのか。これまでの慣例だから、それはいいやとお考えになるのか。
江田 これまでの慣例といったって、それこそいまおっしゃるように、別に大昔からというわけではないのです。冒頭申しあげた父がフィリバスターをやったころは、そういう慣例はないはずです。参議院が邪魔でしようがないからというので、こういう慣例をつくったのだろうと思うんですけれどもね。
7割、8割でやる法案があってはいけないといっているのではないんですよ。場合によってはもっと短くたって、それはいいのです。いいんだけれども、衆議院がこれだけだったから、参議院はこれだけでという、それはないでしょう。
現にこの間、衆議院での議論に加えて、あまりダイレクトにいう話ではないかもしれないけれども、参議院に来て、随分いろんな問題点が新たに出てきたね、というようなことは、これまで何度もありました。
参議院の議論というのは、6年あって、専門家が結構そろっているから、なかなか深い議論をするんですね。それで、参議院であれだけ議論が起きているのに、7割時間が来ましたから終わりです、というやり方でやられたケースが何度もありますから、それはもうないでしょう、ということをいっているのです。
田崎 会場からいただいている質問がありまして、2つとも小沢さん絡みのことなんですけれども、小沢さんは、いつか勝負に出るんでしょう。そのときには国会が動かない状況になるのではないですか、という質問が一つ。
もう一つは、小沢党首の人物評を一言お願いしますという質問をいただいています。
民主党はお試し期間
江田 はあー。どちらもなかなか答えにくいですが、小沢さんが勝負に出れば国会が動かなくなる、それはそういうことはあるかもしれませんが、そうではないのではないだろうか。つまり、小沢さんがというよりも、議長の立場をちょっと離れていうことになりますが、民主党はいま国民の皆さんにとっては、まだお試し期間ということなんだと思うのです。
国民からみると、本当に民主党は一つにまとまっていけるの? 本当にこの国の政権を担当する、そういう安定感はあるの? 政策能力はあるの? そんなことがまだいま試されている時期だろうと思うのです。試されているときに、「さあ勝負だ、矢でも鉄砲でもかかってこい」ということよりも、むしろ民主党が国民に安心感を与えるとか、安定感を与えるとか、そっちのほうが重要なのではないかという気がしております。
参議院の運営でも、これはものわかりがよくなれといっているわけじゃないのですが、責任ある議会運営を民主党がやっていくことになると思っております。だから、例えば、数にものをいわせて、議長の意向をねじ伏せても、強引な議事運営をやるというようなことにはならないと私は思っております。
それから、小沢さんの人物評というのは、これも難しいですが、ご存じの方がおられるかと思いますが、1993年に、当時の自民党の小沢さんと、社民連の私とで、ある新聞社の雑誌で6時間対談したことがあるのです。司会者が3人交代しまして、これはもう森羅万象、国際問題から男女共同参画に至るまで議論して、本当に政策的にはいろんな意味で一致をしています。
ですから、私はいま民主党の会派を離れていますが、小沢さんが民主党の代表で、民主党をリードしていかれることに不安を持っておりません。むしろ、この間、ぶれないという点では本当にぶれない人です。
それから、政策的な細かな議論は当然できる人なんですが、そういう政策的な細かな切れ味のよさよりも、むしろ存在でもって勝負をするというような感じでいろんなことをやっておられるのは正解だと思っております。
中島勝(NHK出身) 江田さんに直接関係することではないんですけれども、2年前に小泉さんは、参議院がある法案を否決したということで衆議院を解散しました。私からみると、これは全く憲法の禁じ手だと思うんですけれども、それについて、どういうふうにお考えですか。
江田 内閣総理大臣の解散権というのは、これはもうオールマイティーです。7条解散、69条解散というのがあって、69条でなければ解散はできないという説はもちろんありますけれども、これは現実にはそうではなくて、7条解散でやるわけですから。
現実に動いている憲法の姿でいえば、7条解散に理由は要らない。何でもよろしい。解散すればよろしい。
郵政法案の否決を参議院がした。だから解散という、郵政法案否決が解散権が発生する根拠になるということはないだろうと思います。そんなことはできるわけがないので。だけども、どういうきっかけであれ、解散することはいいわけですから、禁じられているわけではない。解散するのは、総理大臣の権限。これはまあ……何といいますか、しようがない。
しようがないけれども、問題は、そこで郵政のことをテーマに、ああいう形の選挙をやったことが民主主義ということで本当にいいのか。あるいは郵政のことだけで国民が投票行動を決めたことは、本当に成熟した民主主義を動かしていく主権者としてどうなのか、という問題は残るだろう。
さらにもっと問題なのは、そういうことでできあがった民意をみて、参議院のほうで何人かの方が本会議での投票行動を変えましたね。これはちょっと説明しにくい話ではないかなと。あれをやったら、いまの再議決規制とか、そういうものが意味がなくなってしまうので、これはまずい。
むしろそうではなくて、それは国民の答えはそうだったかもしれないけれども、6年の任期を持って解散なしでやっていく参議院議員としては、ここはやはり前と同じ判断だよ、というのが普通のことだと思います。
そういうことで参議院でもう一度否決されて、衆議院が3分の2で再議決するというのが普通のルールではないか、と思いますね。
あの解散総選挙で得た民意、郵政だけで得た民意を使って、憲法のことでも何でも全部やってしまうというあたりになると、またいろんなことをいわなければいけないのですが、これは議長としていう話ではない。
村岡博人(共同通信出身) 先ほど議長もいっておられた河野謙三さんのことを思い出すんです。あのときは、自民党が多数を取っているのに野党と組んで河野議長が誕生しました。
その河野さんが一番最初に、当時、僕も社会部の記者として国会担当をしていたんですが、社会部の記者クラブを集めて、「知恵を貸してくれ」といわれた。それで、衆議院と参議院と、例えば議員面会所の中に広報室みたいなものをつくったり、いろいろな改革をされたんです。
特にあのとき、一番力を入れておられたのは、国民にもうちょっと国会を近づけるための努力。それを謙三さんは何度もいっておられて、そのために、いままでの政治部報道とは違う、社会面へのアプローチというのを考えられたわけです。
今度、それよりももっと江田さんはやりやすくなったなという感じはするんですけれども、あのときの河野さんの努力というのをちょっと思い返してみていただきたい。
つまりいま、例えば議会の中継なんかにしても、断られたりなんかしていますね。それをオープンにすることについて、ぜひ積極的にやっていただきたいなと。だから、これは質問より意見みたいなんだけれども、決意のほどをちょっと聞かせていただきたいと思います。
わかりやすく、とっつきやすい参議院に
江田 これは別に参議院だからというのではなくて、衆議院も参議院も同じですが、国民が近づきやすい、そういうハウスにしていかなきゃならないのは当然だと思います。
国会のほうから国民に対する発信も、もっとわかりやすい発信にしていかなきゃいけない。これはおっしゃるとおりで、いまの傍聴のやり方とか、参議院はたしか、中にミニ本会議場をつくって、この間、聞いたら、子供国会というのを参議院はやったんですね。
ところが、やったのは大分前で、それから今日まで全然やっていないという話なのです。こんなことも、独断専行というわけにいきませんが、ひとつやってみたらいいなと思ってみたりもしています。
それから、おそらくお気づきの方はおられないと思いますけれども、例えば参議院のウェブサイトに議長のあいさつというのがあるのです。参議院のスタッフが起案し書いてきたのがありまして、スタッフに申しわけないけれども、暴露しますと、全部書きかえたんですよ。こんな難しい漢字ばかり並んでいるのはやめろといって、もっと易しく書こうやといって書きかえました。
参議院の傍聴をする人が最初集まるところに参議院の説明書きがあるのですが、その文章も自分で書きかえたりとか、そんなことをやって、小さなことですが、そういうところから始めて、わかりやすい、とっつきやすい参議院にしていきたい。その思いは十分に持っております。
宇田信一郎(NHK出身) 私が大学を出たころは、ちょうど安保騒動の2年前で、そのころは、全く反対のための反対とか、対立のための対立という、イデオロギー性が非常に強かったんですね。何十年かたって、だんだんと共通の底辺ができてきて、今度の参院選の結果は、ある意味では日本の民主主義を本当に前進させるための非常に試練だと思う。
せっかく議長になられたので、参議院の独自性というのをもう少し出していただくようにならないか。というのは、参議院の任期は6年間あるわけですね。そうすると、全く衆議院と同じようなことではいけないのではないかと思うんですけれども。
日本の安全保障とか、世界に対する日本の立場とか、そういうものをきちんと議論するような場に参議院はなってもらいたい。江田議長には、自民党とも協議して、大いに参議院の独自性を高めていただきたい、これは要望であります。
江田 ありがとうございます。憲法にかかわる部分もあるんですよね。これはいまの憲法の規定でできあがっている二院制のもとでしかやりようがない。憲法改正をどうするんですかというテーマは、今回は選挙のテーマではありませんが、政治のテーマとしてはあるので、そのときに、二院制をどういう制度設計をするんですか。
この話はずーっとありまして、それもにらみながら、参議院でいまの制度のもとで、ここまで参議院はやれますよというぎりぎりのところまでは、やっぱりやらなきゃいけないだろうと思っています。
そのために、例えば決算のことであるとか、同意人事の関係なんかも、参議院がもっと役割を果たすとか考えられます。私はさっきいいませんでしたが、例えば請願の処理があります。衆議院、参議院ともに請願というのは最後の会期末処理で、理事会でパッパッとやっておしまいとなっているのですが、そうではなくて、請願というのをもっと大切に参議院は処理していこうとか、いろんなことがあると思います。
和田正光(テレビ東京出身) 五月さんの描いていらっしゃる二大政党制というのはどんなものかなというのを聞こうと思うんです。なぜか。お父さんがアメリカの何とか、スイスの何とかというのを持ち出して、あれはあの当時としては非常に先進的な構造改革、それに我々は夢を描いたことを思い出します。
宮澤喜一さんのニューライトにも興味を持っていた。その中で、実は五月さんが議長になられたことは、反面、寂しいんですね。争いの場から身を引かれた、大成ではなくて、老成なさったというふうに思うんですね。
本当は鳩山、菅、小沢なんていうものを吹っ飛ばして、戦場の中に五月さんを見たいと実は思っていたのに、きょうのお話は、最高裁長官のお話をうかがっているような感じさえする。
そこで、寂しさを込めながら、江田さんは結局二大政党というものを目指していらっしゃるんだろうか。いまの日本に描く二大政党の姿はどんなものかをおうかがいいたします。
二大政党:裾野は重なり、頂上に違い
江田 大先輩から厳しいお言葉をいただきまして、ありがとうございます。
そうですねえ、どういうお答えをすればいいのかよくわからないのですが、実はことしの春に参議院の副議長人事というのがありました。このときには、本当に本当に幸いなことに、副議長にはならなかったのです。
けれども、そのときというか、それ以前からですか、「おまえ、次は参議院の副議長だ」といわれたことがありました。「嫌だ、副議長なんてとんでもない、議長ならやってもいいよ」と、本当になると思っていったのではないのですが、そんなことをいっていたこともあります。
今回、確かにこういう重要な局面で政党を動かしていく最先端でいろんなことをやってみるのがおもしろいということもようくわかっています。だけども、議長として参議院の運営に責任を持つ人間がだれか必要で、それをだれがやるかということになると、もし、そういうお話があるなら、これは逃げるわけにいかんなということは思いました。
二大政党とはどういうものかを言い出すとなかなか大変な話ですが、国民が政権を選ぶ。そういう政治のシステムをつくりたい。それはやっぱり二大政党だろうと思うのですね。
だけど、国民の価値観は多様でして、それはとても2つだけではあらわせない。それは当たり前で、そのときに、それぞれの政党のあり方の問題があるでしょう。政党というのは、一枚岩でどこを切っても皆同じ、それが政党の姿だということでいいのか。
そんな政党に国民はそれほど安心感を持たないので、やはり一つの政党の中に、いろんな価値観があって、それが政党の中でもいろいろ動いている。
政党と政党を比べると、ちょうど富士山が2つ重なっているようなもので、裾野の部分で重なる部分はいっぱいあるけれども、頂上のところをみると、ちょっと違いがあって、そこを国民が選択する、そんな感じだろう。
さらに、もっと重要なことは、それぞれの政党がともに官僚の政治ではなく、利権の政治ではなく、しがらみの政治ではなくて、地方ボスの政治じゃなく、やっぱり市民の政治を行う政党になっていかなきゃいけないだろう。
これはそう思っていますし、そういうことが直接議長の仕事というわけではないけれども、何かそういう仕事の中で、議長として節目節目でものをいう機会はあるのではないかと思っております。
あまり失望させては申しわけないんですけれども、頑張ります。
三浦(テレビ朝日、スーパーモーニング) 今週発売の週刊誌に、民主党の新人議員の姫井議員の不倫報道がありましたけれども、江田議長は後見人をなされているということで、このことについてはどのようにお考えでしょうか。
江田 私は、姫井由美子候補者の選対本部長をやりました。後見人といっても、先日、総括会議をやって、選対本部を解散しましたので、もう選対本部長というものは解かれております。
あの週刊誌の報道が事実であるのかどうかという確認は全くしておりません。また、この種のことはなかなかタッチーな話でして、どういうふうにすればいいかというのは難しいところです。
まだどんな展開になるかわかりませんが、プライベートな話ですので、プライベートな話を他人がいろいろコメントするのは難しいので、本人に任せるしかないな、そう思っております。
文責・日本記者クラブ 編集部